はじめに――災害時、車は「移動」「一時避難」「電源拠点」「情報収集基地」として機能します。公共交通が麻痺しても自力で安全圏へ移動でき、停電下でもスマホや小型家電に電力を供給し、避難所が混み合う局面では短期の車中泊で“密”や寒暑を回避できます。
一方で、給油難・渋滞・冠水路進入・一酸化炭素中毒・長時間同姿勢による血栓リスクなど、誤った使い方は命取り。この記事では、平時の仕込みから非常時の判断、車中泊の安全設計、季節別の快適化、復旧までを体系化。今日からあなたの車を**“走る防災拠点”**へアップグレードしましょう。
1. なぜ「車の防災」なのか——役割・リスク・使わない判断
車が担える4つの役割
- 移動:道路状況が許せば、被災地外や指定避難所へ安全に移動可能。
- 一時避難:満床の避難所での密回避・過度な騒音/光ストレス回避に有効。
- 電源拠点:シガー/AC出力・ポータブル電源で通信・照明・医療機器の補助。
- 情報基地:カーラジオ、スマホ受電、紙地図併用で多元的に情報取得。
見落としがちな主要リスク
- 道路リスク:冠水・土砂・落下物・強風による横転/漂流。
- 健康リスク:CO中毒、エコノミークラス症候群、温熱環境の過酷化。
- 運用リスク:給油難、長蛇の列、夜間駐車での防犯、通信断。
- 判断リスク:車に固執して徒歩より遅れる、津波/土砂の進行方向へ進入。
「使う/使わない」を即断する基準(クイック表)
| 状況 | 車を使う | 車を使わない/徒歩・高所優先 |
|---|---|---|
| 津波警報・河川氾濫危険 | ×(高所徒歩最優先) | 徒歩・垂直避難 |
| 強風・橋/高架・海岸線 | △(風下ルートで短距離のみ) | 避ける:横風で転覆危険 |
| 市街地火災拡大 | △(退避に限定) | 徒歩で防火帯方向へ |
| 夜間停電・道路不明 | △(紙地図+徐行) | 夜明け待避も選択肢 |
| 乳幼児/高齢者/ペット同伴 | ○(環境調整が可能) | 状況悪化時は徒歩に即切替 |
要点: 車は“選択肢”を増やすツール。徒歩リュック+車装備の二刀流で、その場の最善手を選べるよう平時から基準を紙1枚に可視化しておきましょう。
2. 車に常備する防災グッズ——“72時間”自力継続の設計図
ベースキット(1人×3日=72時間)
下表は人数×日数でスケールできる基準値です。家族構成・季節で係数調整を。
| カテゴリ | 必須アイテム | 目安量(1人あたり) | 実践ポイント |
|---|---|---|---|
| 水・食 | 飲料水500ml/2L・経口補水粉・非常食(アルファ米/レトルト/栄養バー) | 水3L/日×3日 / 食9食 | 水は小分け+予備。火無しを主軸、温食は固形燃料で加点。 |
| 電源 | モバイルバッテリー・シガーUSB・カーチャージャー・ポータブル電源 | 10,000mAh以上1台 / 世帯で電源1台 | 全ケーブル規格を常設(USB-C/Lightning/microUSB)。 |
| 照明 | LEDランタン・ヘッドライト | 各1 | ヘッドライトで両手自由。赤色モードは夜間視力保持。 |
| トイレ | 簡易トイレ・凝固剤・防臭袋・トイペ | 1人1日3~5回×日数 | 目隠し・手指消毒まで導線設計。臭気対策は二重袋で。 |
| 衛生 | アルコール・ウェット・マスク・速乾タオル | 適量 | 水なし清拭ルーティンを設定。 |
| 寝具・温熱 | 寝袋/ブランケット・断熱サンシェード・メッシュ網戸 | 各1 | 夏=換気+虫対策/冬=断熱+3首保温。 |
| 医薬 | 救急セット・常備薬・鎮痛解熱・整腸・経口補水液 | 各1 | 服薬表を同封。小児用も別袋で明記。 |
| 安全・工具 | 三角停止板・緊急脱出ハンマー(ベルトカッター付)・牽引ロープ・軍手・ダクトテープ | 各1 | 運転席ドアポケットにハンマー固定。 |
| 情報 | 紙地図・防水メモ・油性ペン・家族連絡カード | 1式 | 通信断でも動ける紙の備え。 |
季節・家族別の追加装備
| シーン | 追加装備 | ねらい |
|---|---|---|
| 夏(猛暑) | 電池式ファン/クールタオル/保冷剤/遮光ネット/塩飴 | 体感温度↓・熱中症予防 |
| 冬(寒波) | 使い捨てカイロ/電気毛布(電源駆動)/湯たんぽ/断熱マット | 低体温症リスク↓ |
| 乳幼児 | 液体ミルク/ベビー食/替オムツ/おしり拭き/お気に入り玩具 | ぐずり・拒食を抑え行動力確保 |
| 高齢者 | 服薬セット/補助食品/使い捨て下着/貼るカイロ | 体力・体温維持 |
| ペット | フード/水/トイレ砂/キャリー/迷子札 | 同行避難の現実解 |
積載とゾーニング(出す順に積む)
- 運転席回り:脱出ハンマー、ライト、連絡カード。
- 後席足元:ベースキット(頻出品)。
- 荷室手前:簡易トイレ、ランタン、救急、寝具(夜間すぐ使う)。
- 荷室奥:予備水・食、工具、季節物。
コツ: 透明コンテナ+ラベル、上から“今夜必要→後で必要”の順で積むと取り出しが最短になります。
3. 災害時に車を使う判断と運転術——“進まない勇気”が命を守る
出発判断の三点監視
- 気象(台風進路・降雨量・風) 2) 道路(通行止/冠水) 3) 避難情報(警戒レベル)。この三点が1つでも赤なら“待避/代替案”を第一に。紙地図に安全ルートを書き込み、通信断でも迷わない設計に。
ルートと走行の実践原則
- 冠水路は進入しない:水深10cmでも制御低下、マンホール浮上で落下危険。
- 土砂・落石帯は撤退優先:山あい・沢筋は早めに通過 or 近寄らない。
- 強風日は橋・海岸線回避:風下ルートを選び低速安定走行。
- 夜間は“止まる勇気”:視程不良×倒木リスク。明るく開けた場所で待避。
燃料・電力マネジメント
- ガソリン車:平時から**“半分で満タン”ルール。渋滞時はエアコン送風+窓2~3cm開け**で燃費節約。
- ハイブリッド/EV:出力口(V2L/AC)を把握し、電気毛布・扇風機・小型IHなどの上限W数をメモ。残量30%を下限に計画運転。
駐車・停車の安全管理
- 高台・堅牢な建物風下に駐車。河川・海・崖・樹下を避ける。
- 車内換気:対角窓2~3cm+メッシュ網戸。屋内駐車場でのアイドリング厳禁。
- 防犯:見通しの良い場所、貴重品は身につける、必要ならハンドルロック。
4. 車中泊を安全・快適に——温熱・換気・睡眠・衛生の設計
換気とCO中毒対策(最優先)
- アイドリング最小、一酸化炭素警報器を設置。
- 雪/枯葉で排気口が塞がれないよう定期点検。
- 30分ごとに換気タイマーで過信を回避。
温熱・睡眠の質を底上げ
- 夏:遮光サンシェード+電池式ファン+冷感タオル。北向き日陰へ駐車、直射回避。
- 冬:3首(首・手首・足首)重点保温、寝袋+アルミブランケットの二層構造。背面の段差はエアマットで均し、腰肩の負担を軽減。
- 就寝前の**“10分ルーティン”**:通気→寝具展開→水分→トイレ→端末充電→ドア/窓/電源の最終確認。
衛生・トイレ導線の最短化
- 夜間アクセス用に簡易トイレ、消臭袋、ウェット、ヘッドライトを手の届く位置へ。
- 汚物は二重袋→防臭袋→密閉で即封緘。朝の廃棄計画を確認。
- 着替えはカーテン内で完結。結露は朝一で拭き取り、カビを防止。
からだを守る小ワザ
- 2時間おきに足首回し・かかと上下で血流促進(血栓予防)。
- 温かい飲み物を1杯常備(体温・安心感の維持)。
- 眠気運転の兆候(瞬き増加/ふらつき)を感じたら即仮眠。
5. もしものトラブル対応——故障・雪・水没に備える
事故・故障時の初動
- 安全な路肩へ停車→ハザード→三角停止板。2) 人員をガードレール外へ。3) ロードサービス連絡先をメモ/端末に保存。
雪・寒冷地の備え
- スタッドレスタイヤ/チェーン、スコップ、牽引ロープ、解氷スプレー。
- 吹雪時は排気口埋没を頻繁に確認。アイドリングは最小+換気確保。
冠水・浸水時の判断
- 水が迫る/漂流物が多い→即座に徒歩で高所へ。濁流中は車に固執しない。
- 浸水車は電装・ブレーキに重大損傷の恐れ。再始動を無理に試みない。
最低限のツール運用
- 緊急脱出ハンマーは運転席ドアポケット固定。
- ジャンプスターターとパンク修理キットで“自力復帰”の幅を拡大。
6. 平時の点検と訓練——“使える備え”に育てる
月1・季節ごとのルーティン
| タイミング | 点検項目 | 目安 |
|---|---|---|
| 毎月同日 | 水・食の賞味期限、電池残量、ガス本数、救急の使用期限 | 15分チェック |
| 季節替わり | 夏/冬の装備入替(ファン↔カイロ/電気毛布) | 30分入替 |
| 給油時 | タイヤ空気圧・ウォッシャー液・ワイパー | 5分点検 |
家族で共有する運用ルール
- 集合場所・出発基準・役割分担をA4 1枚に。車内にも掲示。
- 連絡カード(氏名・血液型・連絡先・持病)を全員の財布と車内に。
- 年2回、車中泊シミュレーション(就寝~朝撤収まで)で実地検証。
便利テンプレート
- 装備リスト(□チェック式)、充電ケーブル対応表、非常時メモ(連絡先/避難所/病院)。
- 地図ポーチ:紙地図・太マーカー・付箋・油性ペン一式を防水袋に。
7. まとめ——“走る防災拠点”を今日つくる
今日からの3ステップ
- ベースキットを半日で常備化:水・食・電源・照明・トイレ・衛生・寝具・救急の8領域。
- 家族シミュレーション:集合場所・出発基準・車中泊役割を紙1枚で共有。
- 月1点検を固定化:同日・同時刻・同ルートで劣化を見逃さない。
車中避難チェックリスト(保存版)
- 燃料は“半分で満タン”/EVは残量30~40%を下限に。
- 冠水路・橋・海沿い・山あいは状況次第で即回避。
- 換気2~3cm+CO警報器/アイドリング最小。
- 寝床段差の解消・3首保温で体調を守る。
- 簡易トイレは1人1日3~5回×日数を準備。
- 紙地図・連絡カード・非常時メモを常備。
備えは“選択肢”を増やすこと。 車に正しく装備し、判断基準を家族で共有できれば、災害当日も慌てず“最善の一手”を選べます。今すぐ、あなたの車を小さな防災基地に。


