馬と聞くと、常に立っている印象が強く、「馬ってちゃんと寝てるの?」「サラブレッドはどれくらい眠るの?」といった疑問を持つ人も多いのではないでしょうか。
特にサラブレッドは、競走馬として過酷なトレーニングや長距離移動をこなし、日々の生活においても繊細な管理が求められる存在です。そのため、彼らの睡眠にまつわる知識は、健康やパフォーマンスの維持、さらには競走成績にも大きく関わってくる非常に重要なテーマです。
この記事では、「サラブレッドの睡眠時間はどのくらいなのか?」「どんな姿勢で眠るのか?」「睡眠不足はどんな影響をもたらすのか?」といった疑問を深掘りしながら、馬の睡眠の仕組みやケア方法、現代の飼育環境での改善事例までを、専門的な視点で徹底解説していきます。競馬ファンはもちろん、乗馬愛好家や動物福祉に関心のある方にもぜひ読んでいただきたい内容です。
1. サラブレッドの平均的な睡眠時間は?
睡眠時間は意外に短く、分割されている
サラブレッドを含む馬の1日の総睡眠時間は、わずか3〜5時間程度とされています。これは人間や犬、猫など他の哺乳類と比べて圧倒的に短く、馬がいかに“少眠動物”であるかを物語っています。さらにこの時間も一気にまとめて寝るわけではなく、複数回に分けて小刻みに取られるのが特徴です。
レム睡眠は30〜60分だけ
3〜5時間のうち、夢を見るとされる「レム睡眠」はたったの30分〜1時間程度。人間が必要とするレム睡眠の時間(約2時間)に比べるとごく短く感じられますが、馬にとってはこの短時間でも脳の整理や記憶の固定、精神的な安定を図るために欠かせない重要なフェーズです。
“ポリフェーズ型睡眠”で回復を繰り返す
馬は1日に何度も数分〜数十分の短い眠りを繰り返す「ポリフェーズ型睡眠」の動物です。昼夜を問わずウトウトと小休止を挟みながら活動しており、その中に深い眠りが組み込まれるのが特徴です。このスタイルが、野生時代に捕食者から身を守るための生存戦略として形成されたと考えられています。
2. 馬は立って眠る?横になって眠る?
驚異の“立ち寝”能力とその仕組み
馬には「ステイ・アパラタス(stay apparatus)」という特殊な筋肉構造が備わっており、脚をロックしたまま完全に脱力せずに立ったまま眠ることができます。この仕組みによって、関節や筋肉に無理なく休息をとりながら、即座に動き出せる準備ができるのです。
横になるのは“深い睡眠”のときだけ
一方で、深い眠りであるレム睡眠に入るためには、馬は必ず体を横たえる必要があります。立ったままでは完全に筋肉を弛緩させることができず、脳も完全な休息に入ることができません。したがって、横になって眠る時間は、馬の健康状態を知るうえでも重要な指標となります。
横臥時間は1日わずか20〜45分ほど
馬が完全に横になって眠るのは、1日のうちわずか20〜45分ほどとされています。この時間が極端に短かったり、横になろうとしない傾向が見られる場合は、ストレスや身体的な不調、飼育環境の問題がある可能性があるため、注意深い観察が必要です。
3. 睡眠不足がサラブレッドに与える影響とは?
行動面での変化とストレスの蓄積
馬も睡眠が不足すると、集中力の低下、神経質になる、落ち着きがなくなるなどの行動変化が見られます。とくに競走馬のように多くの刺激を受けやすい個体にとって、睡眠による心身の回復は不可欠です。慢性的な睡眠不足は、ストレスホルモンの分泌増加にもつながります。
免疫力の低下と疾患リスクの増大
睡眠不足は、免疫系の働きを大きく低下させることが知られています。風邪やウイルス性の感染症にかかりやすくなるだけでなく、皮膚疾患、関節炎、胃潰瘍など、慢性的な不調につながるリスクも高まります。定期的に十分な睡眠をとることは、病気の予防という意味でも重要です。
競走成績・トレーニング効果への影響
十分な睡眠は、筋肉の回復や反応速度の維持にも深く関わっており、トレーニング成果の最大化にも寄与します。睡眠の質が悪い馬は、持久力や反射能力が低下し、レースで実力を発揮できないことも。馬のコンディション管理において「睡眠の質と量の確保」は極めて重要な課題です。
4. サラブレッドの睡眠環境を整えるための工夫
騒音と照明を抑えた落ち着いた空間づくり
馬は非常に感覚が鋭い動物です。厩舎が騒がしい、人の出入りが多い、夜間に照明がまぶしいなどの環境は、睡眠の質を著しく低下させます。夜間はできるだけ静寂を保ち、光も間接照明や赤外線ランプなど、馬の生理に配慮した設計が求められます。
寝床の柔らかさと清潔さも重要
馬が安心して横たわれるように、床材にはワラ・ウッドチップ・ゴムマットなど、クッション性と通気性に優れた素材を使用するのが理想です。硬すぎる床や不衛生な環境は、関節への負担や皮膚疾患の原因となり、横臥を避けるようになります。
馬同士のストレス管理と厩舎配置
馬は社会性のある動物であり、隣の馬との相性によって精神的ストレスを受けることがあります。隣の馬が神経質すぎる、威圧的、あるいは過剰に騒ぐような個体の場合、それが睡眠の妨げになることも。馬同士の関係性を見極め、適切な距離を保つ配置が理想です。
5. サラブレッドの眠りを見守るためにできること
観察と記録による変化の“見える化”
馬が毎日どれくらい立ち寝をしているか、横になっている時間があるかなど、日々の観察と記録がとても重要です。睡眠習慣のちょっとした変化も、体調の異変や環境ストレスのサインとして表れることがあります。
最新テクノロジーで睡眠モニタリング
監視カメラ、動作センサー、バイタルモニターなどのデバイスを活用すれば、馬の睡眠状態をリアルタイムかつ客観的に把握することが可能です。これにより、睡眠障害や行動異常を早期に察知し、未然にケアができる体制づくりが実現します。
獣医師や専門家との連携によるケア体制
馬の睡眠問題に気づいたら、飼育者だけでなく獣医師や管理スタッフとも連携し、飼料・運動・医療の観点から包括的な見直しを行うことが大切です。特に高齢馬やストレスに弱い個体は、睡眠環境を整えるだけで体調が劇的に改善するケースもあります。
まとめ|サラブレッドの睡眠時間は短くても、健康とパフォーマンスの鍵を握る大切な要素
サラブレッドの平均的な睡眠時間は1日あたり3〜5時間。深いレム睡眠はその中でもわずか30〜60分と、非常に短い時間しかありません。それでも、その限られた時間が心身の健康を保ち、競走能力を支える不可欠なリズムとなっています。
馬が立ったまま眠れるという生理的特徴は、自然界での生存に適応した進化の証。その一方で、横になって深い眠りをとることができる安心・安全な環境づくりこそが、人間の手で飼育される現代の馬にとって最も重要な配慮のひとつです。
馬の睡眠にもっと目を向けること。それは、動物福祉の向上だけでなく、競馬や乗馬といった文化をより持続可能で誠実なものへと進化させる第一歩なのかもしれません。