「この容量(Wh)で何時間もつ?」——ポータブル電源選びの核心はここに尽きる。本ガイドは、式→実例→用途別設計→充電計画→安全運用の順で、だれでも同じ答えにたどり着ける“計算の型”をまとめた。大きめの表・テンプレ・チェックリスト・Q&A・用語辞典を収録。今日から購入前の迷いと停電時の不安を消そう。
1.容量計算の基本式と考え方|まずは“式”を体に入れる
1-1.Wh・W・Ahの関係を一気に理解
- Wh(ワット時)=電気のたくわえ(エネルギー量)。箱に書かれた**“○○Wh”は満タン時の理論値**。
- W(ワット)=家電が電気を使う速さ。数字が大きいほど減りが速い。
- Ah(アンペア時)は電気の量の別表現。Wh=V×Ah(電圧×アンペア時)。同じAhでも電圧が違えばWhも違う。
1-2.実際の稼働時間を出す標準式
稼働時間(h) ≈ 容量Wh × 実効係数 ÷ 家電W
- 実効係数の目安:
- DC出力(USB/12V):0.90〜0.95
- AC出力(100Vコンセント):0.80〜0.90(直流→交流への変換ロス)
- 例:1000Whの電源でAC100W → 1000×0.85÷100=約8.5時間。
1-3.“連続出力”と“瞬間最大(サージ)”は別モノ
- 連続出力(W):出し続けられる上限。ここを超える家電は動かない。
- 瞬間最大(サージ):起動の一瞬だけ出せる上限。モーター機器(冷蔵庫・ポンプ・工具)は起動2〜3倍が必要。
1-4.“平均消費”で考える(デューティ比)
- 家電はつきっぱなしではない。冷蔵庫は入り切りの繰り返し。
- 平均W=定格W×稼働率(例:冷蔵庫0.25〜0.4)。
1-5.変換効率・稼働率・温度の目安表
項目 | 目安 | 解説 |
---|---|---|
DC(USB/12V)効率 | 0.90〜0.95 | 直流→直流でロス小 |
AC(100V)効率 | 0.80〜0.90 | 直流→交流の変換ロス |
冷蔵庫の稼働率 | 0.25〜0.4 | 室温・開閉で変動 |
扇風機の稼働率 | 1.0 | 連続なら100% |
LED照明の稼働率 | 1.0 | 定格通り |
温度補正(0℃) | −10〜−20% | 低温で容量低下 |
温度補正(35℃) | −5〜−10% | 高温で保護動作の恐れ |
1-6.化学の違い(LiFePO₄と三元系)をざっくり把握
- リン酸鉄(LiFePO₄):長寿命・熱に強い。サイズはやや大きめ。停電対策・常用に好相性。
- 三元系(NMC/NCA):小型・高出力。軽量で持ち運びに向くが高温管理に注意。
1-7.3秒暗算ルール(現場で即決)
1)ACは0.85、DCは0.92を掛ける。
2)1000Whで100Wなら約8.5h。比例で伸縮。
3)**安全率−20%**で見積もる(温度や劣化の余裕)。
2.家電別“何Whで何時間”早見表|数字で一発把握
2-1.低消費(通信・照明・測定)
- スマホ充電(10W)/ルーター(15W)/LED照明(10〜20W)。情報と明かりは最優先。
2-2.中消費(生活の芯)
- 小型冷蔵庫(定格100W・稼働率0.3→平均30W)/扇風機(25〜40W)/ノートPC(30〜60W)。
2-3.高消費(短時間・単発)
- 電気ケトル(800〜1200W)/電子レンジ(800〜1200W)/ドライヤー(1000W前後)。**“使う時だけ”**運転。
2-4.代表機器×容量別 稼働時間(概算)
※実効係数:DC0.92/AC0.85、冷蔵庫は平均30W換算。
機器 | 消費W | 500Wh | 1000Wh | 1500Wh | メモ |
---|---|---|---|---|---|
ルーター | 15(DC) | 約30.7h | 約61.3h | 約92h | 情報の命綱 |
LED照明 | 10(DC) | 約46h | 約92h | 約138h | 1部屋・夜間想定 |
ノートPC | 40(AC) | 約10.6h | 約21.3h | 約32h | 省電力設定で延命 |
扇風機 | 30(AC) | 約14.2h | 約28.3h | 約42.5h | 中〜弱運転 |
小型冷蔵庫 | 30平均(AC) | 約14.2h | 約28.3h | 約42.5h | 開閉少で延びる |
電気ケトル | 1000(AC) | 約0.43h | 約0.85h | 約1.28h | 1回数分を重ねる |
電子レンジ | 1000(AC) | 約0.43h | 約0.85h | 約1.28h | 温めは短時間に |
例:1000Whでルーター15W=約61h、扇風機30W=約28h(概算)。
2-5.“同時使用”の合算と優先順位
- 同時に動かすWの合計が連続出力を超えないか確認。
- 例:冷蔵30W+扇風機30W+LED10W=70W(AC換算は余裕を見て)。
- 単発家電(ケトル/レンジ)は使う時だけ上げ、他を一時OFFで安全。
2-6.“最小セット”早見表(情報・明かり・冷蔵)
目的 | 機器と平均W | 24h必要量(AC/一部DC) | 推奨容量 |
---|---|---|---|
情報と連絡 | ルーター15W×24h×0.92 | 約331Wh | 500Wh級で十分 |
明かり | LED10W×5h×0.92 | 約46Wh | 上に加算 |
食品保全 | 冷蔵30W×24h×0.85 | 約612Wh | 合計約990Wh/日 → 1000Wh/日 |
3.用途別の容量設計|24h・48h・72hシナリオで決める
3-1.在宅停電(家族3人・48時間)
- 目標:情報(ルーター)・明かり(LED)・食品保全(冷蔵)・通話充電を維持。
- 設計例(1日分):
- ルーター15W×24h×0.92=331Wh
- LED10W×5h×0.92=46Wh
- 冷蔵30W×24h×0.85=612Wh
- 充電(スマホ2台)10Wh×2=20Wh
- 計:約1009Wh/日 → 48hで約2018Wh
- 推奨:2000Wh級+節電運用、または1000Wh級×2台で分担。
3-2.車中泊・キャンプ(2人・24時間)
- 目標:照明・扇風機・小型冷蔵・スマホPC。
- 例:扇風機30W×8h×0.85=204Wh、LED10W×6h×0.92=55Wh、冷蔵30W×24h×0.85=612Wh、PC40W×3h×0.85=102Wh、充電20Wh → 合計:約993Wh。
- 目安:1000Wh級=1日、1500Wh級=余裕あり。
3-3.テレワーク48h(1人+家族共有)
- PC40W×8h×0.85=272Wh、モニタ30W×6h×0.85=153Wh、ルーター331Wh、照明46Wh、冷蔵612Wh → 1日約1414Wh。
- 推奨:1500〜2000Wh級+昼は充電、夜は消費の運用。
3-4.医療・福祉機器(一般的手順の紹介)
- 医師・機器メーカーの指示が最優先。ここでは計画手順のみ:
1)消費Wと必要連続hを確認(例:40W×8h)。
2)**AC効率(0.85)**を掛ける。
3)通信・明かりを加算。 - 例:40W×8h×0.85=272Wh(機器分)。全体で500〜800Wh/夜+余裕。
3-5.72h想定(在宅待機・家族4人)
- 冷蔵(612Wh/日)×3=1836Wh、通信331Wh×3=993Wh、照明46Wh×3=138Wh、充電60Wh → 合計約3027Wh。
- 2000Wh級+1000Wh級の組み合わせが現実的。
3-6.“わが家版”容量設計ワークシート(コピー可)
【前提】使用時間:__時間(__日)/外気温:__℃
機器名:____ 消費:__W 出力:AC/DC(効率0.__)
計算:__W × __h × 0.__ = __Wh
合計必要量:__Wh 安全率(+20%):__Wh
推奨容量:__Wh(または __Wh × 台数)
同時使用最大:__W → 連続出力__W以上が必要
4.充電戦略と入出力バランス|“減りより速く入れる”設計
4-1.充電の種類と速度
- AC充電:自宅で最速。入力500Wなら1000Wh→約2h(理論)。終盤は電流が絞られもう少し延びる。
- 車載(シガー):60〜120Wが一般的。補助と考える。
- 太陽光(ソーラー):天候で変動。100Wパネル→実効60〜80W目安。MPPT対応で効率向上。
4-2.入出力バランスの考え方
- 昼は入れる/夜に使うが基本。
- 例:消費400Wh/日に対し、ソーラー200W×4h=実効600Wh入れば残量が増える。
4-3.サイクル寿命と“20〜80%運用”
- 満充電〜ゼロの往復は劣化を早める。日常は20〜80%で運用し、たまに満充電して残量計を補正。
4-4.充電時間の目安表(ロス込みのざっくり値)
容量 | 入力200W | 入力500W | 入力1000W |
---|---|---|---|
500Wh | 約3.0h | 約1.3h | 約0.8h |
1000Wh | 約6.0h | 約2.6h | 約1.3h |
2000Wh | 約12.0h | 約5.2h | 約2.6h |
実運用では**終盤減速(CC/CV)**で+10〜30%を見る。
4-5.ソーラー構成の基本(直列/並列の考え方)
- 直列:電圧が上がる。入力上限電圧に注意。影の影響を受けやすい。
- 並列:電流が増える。太めの配線・ヒューズで安全確保。
- コントローラ(MPPT)の入力範囲と最大電力を仕様で確認。
4-6.発電機と併用する場合の注意
- 屋外・風通し・排気方向の安全確保。
- インバータ発電機を推奨(電気の質が安定)。
- 充電入力の上限Wを超えない設定で。
5.安全・設置・運用の型|“だれが触っても安全”を作る
5-1.安全チェック(設置前)
- 放熱スペース:上下左右に数cm以上の空間。直射日光と高温を避ける。
- 配線:太いケーブル、差し込みの緩みなし、巻いたまま使わない(発熱)。
- 波形:家電は正弦波が基本。モーター・精密機器は特に重要。
5-2.運用のコツ(停電・キャンプ共通)
- 優先順位:情報→明かり→食品→快適。
- 単発家電は使う時だけ。レンジやケトルは短時間で切る。
- 温度管理:低温=容量低下/高温=保護停止。常温域で使う。
5-3.保管・点検・更新
- **残量40〜60%**で室内保管。3〜6か月ごとに追充電。
- 端子・ファンのホコリ除去。吸気/排気口はふさがない。
- 保証年数・サイクル数を越えたら更新を検討。
5-4.“停電モード台本”テンプレ(家族掲示用)
1)情報:ルーターON、スマホ充電は夜間に集約
2)明かり:LEDは部屋単位でON/OFF、点けっぱなし禁止
3)冷蔵庫:開閉を減らす、設定温度を一段上げる
4)単発家電:ケトル/レンジは使用時のみ通電
5)就寝前:残量確認、翌日の充電計画(AC/車/ソーラー)
5-5.“誰でも運用できる”ラベル化の工夫
- コンセントに用途札(例:通信/照明/冷蔵)。
- 同時最大Wの上限を本体に大きく記載。
- 残量しきい値(例:30%で節電モード)を家族共通ルールに。
Q&A|よくある疑問を数字で解消
Q1.「1000Whあれば1kWで1時間?」
ほぼその通り。ただし変換ロスで0.8〜0.9時間が現実的。
Q2.冷蔵庫が動かないのはなぜ?
起動電力(2〜3倍)で連続出力超過の可能性。**容量(Wh)だけでなく出力(W)**も要確認。
Q3.並列接続で容量は増やせる?
機種ごとに可否が異なる。取扱説明に従う。自作配線は厳禁。
Q4.ノートPCはDCとACどちらが有利?
DC(USB-C PDなど)が有利(ロス小)。非対応のみACを使用。
Q5.ソーラーパネルは何Wあればいい?
**1日の消費Wh ÷ 実効日照(3〜5h)**で目安。例:800Wh/day ÷ 4h ≒ 200W。
Q6.残量0%まで使っても大丈夫?
劣化が早まる恐れ。非常時以外は**20〜80%**で運用。
Q7.低温で急に持ちが悪い
**温度補正−10〜−20%**を見込む。室内に取り込み、DC優先でロスを減らす。
Q8.発電機で急速充電してもいい?
入力上限W以内なら可。屋外・排気方向・防振・延長コードの太さを守る。
用語辞典(やさしい言い換え)
Wh(ワット時):電気のたくわえ。大きいほど長く使える。
W(ワット):電気を使う速さ。大きいほど減りが速い。
Ah(アンペア時):電気の量の別表現。Wh=V×Ah。
実効係数:ロスを見込んだ係数。AC0.8〜0.9/DC0.9〜0.95。
連続出力/瞬間最大:出し続けられる上限と起動時の上限。
デューティ比:動いている割合。平均Wを出す時に使う。
MPPT:太陽光の力を引き出す制御。効率が良い。
正弦波:家と同じ形の電気。家電が安心して動く。
温度補正:暑さ寒さで容量が変わる見込み。
まとめ|“式→表→台本”で迷わない
- 式:稼働時間 ≈ 容量Wh × 実効係数 ÷ 消費W。
- 表:家電ごとの消費Wと稼働率で平均Wを出す。
- 台本:停電やキャンプの優先順位と充電計画を決める。
この三点を家族で共有すれば、買う前の比較も使う時の判断も同じ基準で行える。あなたの暮らしに合う**“ちょうどよいWh”**を、今日決めよう。