要点先取り:理事会BCPは「人・電源・水・鍵」の順に整える
大地震直後、マンションの安全は最初の72時間で決まります。理事会が準備すべきは、(1)人=安否と役割の即時立ち上げ、(2)電源=非常用電力の配分、(3)水=給水・簡易トイレ運用、(4)鍵=共用部・倉庫・屋上の開閉管理です。本ガイドは、連絡網・発電計画・備蓄倉庫・配給運用をひと続きで設計できるテンプレートとして作成し、掲示物・記録票・当番表まで含めてそのまま印刷運用できるよう構成しました。
まず今日やる3つ:①指揮系統図と連絡網をA3で印刷→掲示、②電源配分表と給水スケジュールを決めてホワイトボード化、③倉庫鍵の所在・開錠記録用紙を作り、代行順位と一緒に保管。これだけで初動の7割が整います。
1.連絡網と指揮系統|誰が誰に連絡し、何を決めるか
1-1.指揮系統の一本化
- **災害対策本部(集会室等)**を設置し、理事長=対策本部長を明確化。副本部長(副理事長)を置き、不在時の代行順位を明文化。
- 班編成:情報班・設備班・医療/福祉班・配給班・防犯/巡回班。各班の班長・副班長・交代要員を名簿で固定。
- 意思決定:初動は本部長即決、以後は本部会議(20分)で更新。議事はホワイトボード写真で保存。
役割と責務早見表
班 | 主責務 | 初動(0〜3h) | 継続(3〜72h) |
---|---|---|---|
情報班 | 被害・安否集約、掲示 | 各階班長から安否収集 | 掲示更新、自治体窓口との連絡 |
設備班 | 電気・水・ガス・EV | 遮断・点検・危険表示 | 間欠運転、復旧手順の確認 |
医療/福祉班 | 応急手当・要配慮者 | けが評価・一次手当 | 見守り巡回、必要品の調達依頼 |
配給班 | 備蓄出庫・列管理 | 倉庫開錠・在庫確認 | 配給運営、残数掲示、補充計画 |
防犯/巡回班 | 施錠・巡回・騒擾抑止 | 出入口・駐車場の施錠確認 | 夜間見回り、照明・笛で抑止 |
1-2.連絡網の多層化(紙+口頭)
- 階段ごとの班長→理事→本部の樹形図を各戸に配布。停電中も読めるよう太字・大文字で作成。
- 集合場所・時刻は停止文字盤(ホワイトボード)に常時掲示。書き換えは1日3回(朝・昼・夕)。
- エレベーター停止時は掲示板と各戸ドア差しで補完。高齢世帯には声かけ担当を割り当て。
1-3.通信手段の優先順位(節電運用)
- 災害伝言ダイヤル/ラジオ→SMS/メッセージ定刻送信→音声通話の順に使用。通信は1回5分以内を目安。
- 館内拡声器・ハンドマイクを1階と屋上の両方に配置し、訓練文言を台本化。見通しの悪い中庭はメガホン担当を配置。
- 非常電源の割当は本部端末・館内放送・通路照明を最優先。住戸向け充電は時間制のステーション方式に統一。
連絡フロー(現場貼付用)
1)各階班長→情報班:安否カードの集計
2)情報班→本部長:被害・安否を10分毎に更新
3)本部長→全戸:掲示・放送で周知(朝昼夕)
2.非常電源と設備の運用|発電・照明・通信を切らさない
2-1.非常用電源計画(配分ルール)
- 命に直結:階段・避難経路のLED、館内放送、応急医療灯を常時通電。
- 次点:給水ポンプの間欠運転(2時間毎15分)と充電ステーション(1日2回1時間)。
- 停止対象:共同冷蔵・自販機・EV充電など快適系は原則停止。騒音の大きい機器は時間帯を限定。
電源配分表(例)
用途 | 目安消費 | 優先 | 通電時間 | 備考 |
---|---|---|---|---|
階段・通路LED | 5Wh/灯 | ◎ | 常時 | 非常灯優先、切れ球予備置き |
本部・放送設備 | 30Wh | ◎ | 常時 | 予備マイク・乾電池常備 |
給水ポンプ | 500〜1500Wh | ○ | 2h毎15分 | 圧力・漏水点検とセット |
充電ステーション | 100Wh | ○ | 10:00/18:00 各60分 | 1世帯15分、USB優先 |
非常用冷蔵(医薬) | 60Wh | ○ | 常時 | 医療班管理、開閉最小 |
2-2.発電手段の多重化
- 常設非常電源(発電機・蓄電池)+可搬型バッテリーの二段構え。給油・交換の担当表を作る。
- 車両給電(インバータ)は屋外・風下・離隔1m以上。一酸化炭素警報器を同時使用。屋内アイドリング禁止。
- 太陽光(ある場合)は昼間充電に全振りし、夜間は照明・通信へ集中配分。
電力計算テンプレ(貼付用)
機器 | 定格W | 台数 | 稼働h/日 | 消費Wh/日 |
---|---|---|---|---|
通路LED | 5 | 20 | 12 | 1200 |
放送設備 | 30 | 1 | 12 | 360 |
充電席USB | 10 | 6 | 2 | 120 |
給水ポンプ | 800 | 1 | 3 | 2400 |
合計 | 5080 |
2-3.設備の安全確認と停止順序
- 受電盤→分電盤→系統の順で破損・漏電を点検し、危険箇所は赤テープで封鎖。
- EV・機械式駐車装置は原則停止・立入禁止。鍵管理と警告掲示を徹底。
- ガス・給湯は臭気・漏れの確認後、段階復旧。温水機器は最後に通電。
3.備蓄倉庫と配給運用|鍵・在庫・列のルールを紙で決める
3-1.鍵・開錠・在庫の三点セット
- 鍵の所在(本部・管理室・合鍵保管箱)を二重化し、開錠責任者を明記。夜間は2名立会い。
- 開錠記録に時刻・担当・目的を手書きで残し、写真で保存。鍵の持出時間を併記。
- 在庫票は入庫・出庫・残を白板+紙で二重記録。**分類棚(飲料・食・トイレ・衛生・照明)**で混乱を防ぐ。
3-2.在庫の標準構成(72時間→7日)
品目 | 72時間(目安) | 7日(目安) | 備考 |
---|---|---|---|
飲料水 | 3L/人 | 7L/人 | 配給と並行補充 |
簡易トイレ | 5回/人/日 | 5回/人/日×7 | 凝固剤・二重袋 |
食 | 9食/人 | 21食/人 | 主食+たんぱく |
ランタン | 1台/10戸 | 1台/5戸 | 充電回転表 |
救急 | 最低限 | 充実 | ガーゼ・テープ等 |
手指衛生 | 1本/10戸 | 1本/5戸 | アルコール・ウェット |
ブルーシート等 | 必要枚数 | 余裕あり | 雨仕舞・破損封鎖 |
乾電池 | 単1/単3 各20本 | 各40本 | 使用期限を前面表示 |
3-3.配給の列づくり・整理券・掲示
- 整理番号札で行列を可視化、密集・割込みを防止。番号呼出し+次回時刻を掲示。
- 掲示板に配給時刻・場所・持ち物を大書し、残数も更新。配給終了後は次回予定を即掲示。
- 要配慮者(高齢・乳幼児・妊産婦・障がい)は優先窓口を設置。代理受取のルールを紙で明記。
配給運用表(例)
時刻 | 品目 | 数 | 持ち物 | 担当 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
9:00 | 飲料水 | 1L/人 | 容器・整理券 | 配給班A | 要配慮先行 |
13:00 | 食(主食+たんぱく) | 1食/人 | 整理券 | 配給班B | 味分散 |
17:00 | 簡易トイレ | 2回/人 | 袋・札 | 配給班C | 使い方掲示 |
ごみ・衛生動線
- 汚れ→清潔の一方通行で設計(配給所→手洗い→飲食スペース)。
- におい物・汚物は**専用ごみ箱(蓋つき)**に。日陰で仮置き。
4.安否確認と要配慮者支援|名簿・戸別訪問・一時避難所
4-1.安否確認の型(玄関掲示+戸別)
- 各戸に安否カード(無事/要支援)を磁石で掲示。色で区別(緑=無事、黄=要連絡、赤=要支援)。
- 各階班長が両端部屋から戸別訪問、不在は再訪。階段は右側通行で安全確保。
- ペットの有無・持病・必要物資を安否台帳に記入し、本部へ10分毎に報告。
安否台帳(抜粋)
部屋 | 状況 | 人数 | 特記事項 | 再訪 |
---|---|---|---|---|
301 | 無事 | 2 | ペット小型犬 | ー |
302 | 要支援 | 1 | 足の痛み | 30分後 |
4-2.要配慮者リストと見守り班
- 事前合意の名簿(希望者のみ)を防災金庫で保管。個人情報は最小限。
- 見守り班は2名1組で定時巡回(朝・昼・夜)。女性・子ども世帯には同性含む組合せを意識。
- エレベーター停止時は階段補助具(いす型)を準備し、搬送導線を確保。
4-3.一時避難スペースの設営
- 集会室・ロビーに仕切り・床マット・照明を配置し、家族単位を保てる距離で配置。
- 感染対策として動線を一方通行にし、手指消毒を出入口に設置。換気時間を掲示。
- 掲示ボードで掲示(お知らせ)・伝言(家族用)・迷子情報を分け、筆記具を多めに用意。
5.訓練・文書化・見直し|毎年1回の“総合訓練”で磨く
5-1.年次訓練の構成
- 机上訓練(図上):想定地震で判断・伝達の練習(30分)。言い方テンプレを読み合わせ。
- 実動訓練:非常電源起動・給水ポンプ間欠運転・配給列運営を実演。**夜間想定(停電)**を年1回。
- 振り返り:良かった点・改善点をその場で文書化し、次回の当番表に反映。
5-2.文書の整備と配布
- BCP本冊子(PDF+紙)/連絡網/鍵一覧/倉庫在庫表を各戸と管理室に配布。玄関ポケットに**“初動カード”**を常備。
- 掲示板には**“初動3枚”**(指揮系統図・電源配分・配給時刻)を常設。更新日は赤字で記入。
- 要配慮者支援手順は個別台帳とセットで保管し、見守り班に配布。
5-3.見直しサイクル(PDCA)
- P:ハザード更新(液状化・断水日数想定・停電想定)を反映。契約業者の連絡先も年次更新。
- D:年1回の総合訓練+季節ごとの小訓練(梅雨の断水想定・冬季の凍結想定など)。
- C/A:配分・在庫・鍵の差分を赤字で反映し、翌年版を確定。古い掲示は撤去して混乱を防ぐ。
付録:チェックリスト・記録票・掲示テンプレ
付録A:初動チェックリスト(0〜6時間)
1)人:安否カード掲示→各階集約→本部へ。
2)電:非常電源起動→照明・放送優先で通電→配分表掲示。
3)水:給水ポンプの可否判断→間欠運転→給水列整備。
4)鍵:倉庫・屋上・共用部の開錠記録→在庫確認→配給準備。
5)防犯:出入口・駐車場の施錠確認→夜間巡回当番を決定。
付録B:72時間タイムライン(例)
時間帯 | 本部 | 情報班 | 設備班 | 配給班 | 医療/福祉 |
---|---|---|---|---|---|
0〜6h | 指揮系統確立 | 安否収集 | 遮断・点検 | 倉庫確認 | 応急手当 |
6〜24h | 掲示・放送確立 | 被害地図化 | 間欠運転開始 | 水・食配給開始 | 見守巡回 |
24〜48h | 充電運営 | 行政連絡 | 復旧計画の草案 | 在庫再計算 | 要支援把握 |
48〜72h | 近隣連携 | 情報共有 | 復旧準備 | 配給安定化 | 休息計画 |
付録C:掲示テンプレ(そのまま書ける)
- 本部掲示:「集合場所( ) 時刻( ) 担当( )」
- 配給掲示:「品目( ) 配布時刻( ) 持物(容器・整理券)」
- 注意掲示:「エレベーター停止中/機械式駐車装置 立入禁止」
- 充電掲示:「充電は15分/世帯、USB優先。混雑時は番号順。」
付録D:記録票テンプレ
開錠記録/在庫出庫表/給水運転記録/発電運転記録をA4で常備。
開錠記録(例)
日時 | 場所 | 目的 | 担当 | 立会 |
---|---|---|---|---|
4/1 09:10 | 備蓄倉庫 | 在庫確認 | 佐藤 | 高橋 |
給水運転記録(例)
回 | 開始 | 終了 | 圧力 | 漏水 | 担当 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 10:00 | 10:15 | 正常 | 無 | 田中 |
Q&A(よくある疑問)
Q1.非常電源は住戸への分配もすべき?
A.初期は共用部優先(照明・放送・給水)。状況が落ち着いたら充電ステーションを時間制で開くのが現実的です。
Q2.備蓄は全戸一律で費用負担?
A.管理規約の範囲で共用備蓄(最低限)+**各戸備蓄(任意)**の二本立てが無難。在庫は見える化し、毎年の点検で納得感を高めます。
Q3.安否情報の取り扱いは?
A.同意の範囲で最小限を台帳化。外部への提供は本部長決裁とし、掲示は記号(○/△/×)で個人情報を守ります。
Q4.配給でトラブルが起きやすい点は?
A.列の可視化(整理券)・優先窓口・残数掲示の3点が解決策。言い方テンプレを持たせると現場が安定します。
Q5.夜間の防犯が不安。
A.見回り2名1組、足元灯+笛を携行。自転車置場・屋上・裏口を重点巡回し、照明切れは即交換。
Q6.自治体・管理会社との連携は?
A.連絡先リストを掲示し、報告フォーマット(被害・人数・必要物資)を共通化。誰が・何時に・何を依頼したかを記録票に残す。
用語辞典(やさしい言い換え)
- BCP:災害時に何を優先してどう動くかを決めた計画。
- 間欠運転:電気を短時間だけ入れて動かす方式。電力を節約できる。
- 要配慮者:手助けが必要になりやすい人(高齢・乳幼児・妊産婦・障がい等)。
- 安否カード:玄関に貼る“無事/要支援”カード。班長が見て回るための目印。
- 整理番号札:配給の順番を示す札。割込み防止と配布時間短縮に役立つ。
- 代行順位:責任者が不在のとき、次に誰が決めるかの順番。
- 危険表示:立入禁止・注意を色と文字で示すテープや掲示。
まとめ
理事会の地震BCPは、人・電源・水・鍵の4本柱で組み立て、連絡網→電源配分→備蓄→配給→見守り→訓練の循環で磨きます。この記事の表とテンプレを印刷して掲示すれば、初動の迷いは最小に。次の理事会で訓練日と倉庫点検日を決め、“初動3枚”(指揮系統・電源配分・配給時刻)を今夜から掲示しましょう。