想定外の地震・台風・大雪・感染症による外出制限――私たちの暮らしは、いつ、どこで、どんな形で止まるか分かりません。そこで力を発揮するのがローリングストック(回転備蓄)。特別な非常食だけを別置きするのではなく、ふだん食べる物を少し多めに買い、使いながら同じ物を補充して回す方法です。
本稿では、基本の考え方から食品の選び方、量の決め方、保管・衛生、燃料や水を含む運用術、家族構成別の工夫、予算別セット、一週間献立、在庫管理テンプレ、よくある疑問まで、今日から実践できる手順として詳しく解説します。
ローリングストックとは何か(基本と効果)
非常食と日常食の“橋渡し”
非常時だけの特別食ではなく、日常の献立で食べ慣れた物を多めに備えるのが要点です。味の違和感がないため、緊張時の食欲低下を抑え、子どもや高齢者にも受け入れられやすく、胃腸への負担も少なくなります。
無駄なく・無理なく続けられる仕組み
使う順番は先入れ先出し。使ったら同じ物を補充するだけで、賞味期限切れや食品ロスが減り、家計の見える化にもつながります。保管は常温・手の届く棚が基本で、特別な倉庫を用意しなくても始められます。
よくある誤解を解く
非常食を大量に買い足すだけでは使いどきを逃しがち。また、水や調味料、燃料を忘れやすいのも落とし穴です。ローリングストックは水・主食・主菜・副菜・調味・間食・燃料を一式で回す備え方だと捉えましょう。
三つの柱(水・主食・たんぱく)
- 水:飲用と調理を合わせて1人1日3Lを目安に。
- 主食:米・麺・餅・パン等で熱量を確保。
- たんぱく:魚缶・肉缶・豆・卵加工で筋力と体温を支える。
ローリングストック向き保存食の選び方
長もち・常温・そのまま可(条件の三本柱)
- 半年以上の賞味期限が目安。
- 常温で保存できること。
- そのまま食べられる、または湯や少量の水で食べられること。
条件別の代表例
条件 | 具体例 | 備考 |
---|---|---|
そのまま可 | 魚缶、豆缶、焼きのり、乾パン、クラッカー、ゼリー飲料 | 開封だけで即食、配膳が早い |
湯だけで可 | 即席みそ汁、即席うどん・そば、お粥パック、乾燥おかず | 湯せん・注ぐだけで安全性が高い |
少量の加熱 | レトルト丼・カレー、雑炊、切り干し大根、冷凍おかず | 小さな火力で調理可能 |
食品群でそろえる(欠かせない七点セット)
- 水(飲用+調理)
- 主食(パックご飯、乾麺、もち、シリアル)
- 主菜(魚缶・肉缶・豆)
- 副菜(乾物・漬物・野菜ジュース・フリーズドライ)
- 調味(塩・砂糖・酢・油・しょうゆ・だし)
- 甘味・間食(黒砂糖、干し芋、木の実、ビスケット)
- 飲み物(麦茶パック、粉末飲料、経口補水)
自作保存食の取り入れ方
日陰干しの干し野菜、塩蔵・味噌漬け、冷凍下ごしらえは、ふだんの献立で使い回せて非常時にも強みになります。作成日と内容を記録し、定期入れ替えを習慣にしましょう。
家族の事情に合わせて選ぶ
乳幼児や高齢者、持病・アレルギーのある方は、やわらかく・薄味で・表示が分かる食品を優先。粉乳・離乳食パウチ、減塩の汁物、低アレルゲン菓子など、普段使いできる物を選ぶと回しやすくなります。
実践ステップ(必要量→保管→補充)
家族と日数から必要量を決める
初動3日→復旧1週間→余裕の2週間の三段階で計画します。水は1人1日3L(飲用2L+調理1L)。主食は成人1人1日2合相当を上限に、活動量で調整します。
必要量の早見表(成人換算)
家族構成 | 日数 | 水(合計) | 主食(米換算) | 主菜(缶) | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1人 | 3日 | 9L | 4〜6合 | 3〜6缶 | みそ・油は小瓶で |
2人 | 3日 | 18L | 8〜12合 | 6〜12缶 | 即席汁 6〜9食 |
3人 | 1週間 | 63L | 28〜42合 | 21〜42缶 | 乾麺・もちで変化 |
4人 | 2週間 | 168L | 56〜84合 | 56〜84缶 | 飲料+調理を合算 |
目安:暑さが厳しい季節、授乳中、重労働時は水と塩を増やし、寒冷時は油と糖を多めにすると体が楽です。
保管と管理(見える化が命)
- 主役棚を決める:腰高〜目線の段に集約。子どもの手が届く段には誤飲の恐れがない物のみ。
- 貼り札:品名・個数・賞味期限・補充日を大きく表示。色分け(赤=今月、黄=来月、緑=2か月以上)で直感的に管理。
- 容器:透明箱+日付ラベル。油は小瓶で酸化を抑え、粉は密閉びんで防湿・防虫。
在庫表テンプレ(例)
品目 | 数量 | 賞味期限 | 収納場所 | 補充日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
パックご飯 | 12食 | 2026/05 | 食品棚上段 | 毎月末 | 先入れ先出し |
さば缶 | 10缶 | 2027/02 | 食品棚中段 | 奇数月 | 減塩も混在 |
即席みそ汁 | 20食 | 2026/01 | 食品棚中段 | 毎月15日 | 減塩タイプ多め |
水2L | 12本 | 2027/08 | 玄関収納 | 偶数月 | 暑期は増量 |
補充ルールを習慣にする
- 買い物のたびに1〜2個補う(「使った分+1」が基本)。
- 週末に棚を5分点検(ラベルの色を入れ替え)。
- 家族で最後に使った人がメモを残す。紙・黒板・端末など、家に合う方法で。
回転の流れ
行動 | 具体 | ねらい |
---|---|---|
使う | 期限が近い物から | 期限切れ防止 |
記す | 在庫表に「−1」 | 家族で共有 |
補う | 同じ物を買い足す | 品質の安定 |
調理・燃料・水(運用の要)
小さな熱源で回す
卓上こんろ+カセット燃料、固形燃料、アルコール燃料などを一式で。風よけを使い、鍋はふた必須。袋のまま湯せんできる献立を中心にすれば洗い物が少なく衛生的です。
燃料の目安
- パックご飯1食の湯せん:約15〜20分(鍋と湯量により変動)。
- 汁物1杯(200〜250ml):数分の加熱で可。
- 1日家族3人でカセット燃料1〜2本が目安(湯せん中心の場合)。
水を優先配分する
- 飲用を最優先、次いで汁物・おかゆで水分と塩分を補給。
- 洗い物は拭き取り→湯せんで代替。紙皿の下に丈夫な皿を敷く二重化で強度を確保。
栄養と一週間献立(例)
一日型(汁+主食+主菜)を軸に
- 汁:即席みそ汁+乾物(乾燥ねぎ・わかめ・高野豆腐)。
- 主食:パックご飯/乾麺/もちを交替で。
- 主菜:魚缶・豆缶・肉缶・卵加工品を日替わりに。
7日献立例(家族3人)
日 | 朝 | 昼 | 夜 |
---|---|---|---|
1 | パックご飯+みそ汁+のり | うどん+乾燥ねぎ | さば缶丼+漬物 |
2 | おかゆパック+梅 | そば+とろろ昆布 | レトルトカレー+らっきょう |
3 | シリアル+粉乳 | 焼きうどん(缶肉) | 豆缶の煮込み+ご飯 |
4 | もち+きなこ | パスタ+ツナ | レトルト丼+乾物おひたし |
5 | パックご飯+卵加工品 | そうめん+めんつゆ | さば味噌缶+じゃが(レトルト) |
6 | おこわパック | 味噌汁+おにぎり | 大豆とさばの炊き合わせ |
7 | パックご飯+漬物 | カップ雑炊 | 肉缶と野菜ジュースのスープ煮 |
塩分調整:汁を薄め、香味(ごま・のり・ゆず)で満足感を補うと、減塩がしやすくなります。
成功のコツと注意点(家族・衛生・安全)
家族構成に合わせる
- 乳幼児:離乳食・粉乳・やわらかい主食。スプーンや小さな紙皿も多めに。
- 高齢者:噛みやすく、塩分控えめ。魚缶・豆・卵加工でたんぱくを確保。
- 持病・アレルギー:食べられない原材料を在庫表に太字で明記。専用棚を設けると混同しません。
定期棚卸しと衛生
- 3か月に1度の総点検で数・味・好みを見直し。季節で水の本数を調整。
- 湯せんは袋の耐熱を確認。直接火にかけない。袋の角で手を切らないよう軍手を用意。
- 開封品は口を折って洗濯ばさみ、こぼれ防止に受け皿を併用。
害虫・湿気・温度の管理
- 穀物・粉は密閉びん+防虫板。油は小瓶で酸化を遅らせる。
- 直射日光・熱源近く・湿気のたまりやすい床直置きは避ける。
初心者セットと応用(まずは一段から)
まずそろえたい基本10品
- レトルトカレー/丼の素
- パックご飯
- さば缶・ツナ缶・大豆缶
- 即席みそ汁・粉末スープ
- 乾麺(うどん・そば・そうめん・パスタ)
- 乾パン・クラッカー
- ドライフルーツ・木の実
- ゼリー飲料・経口補水
- 水(2L×人数×3日分)
- しょうゆ・塩・油・だしの素(小瓶)
活用の目安(一日分)
食事 | 主食 | 主菜 | 副菜・汁 | 間食 |
---|---|---|---|---|
朝 | パックご飯 | 魚缶 | 即席みそ汁 | ドライフルーツ |
昼 | 乾麺 | 豆缶 | 野菜ジュース | 木の実 |
夜 | パックご飯 | レトルト丼 | 乾物のおひたし | 甘味少量 |
100円店の上手な使い道
小さめ缶詰、少量袋の乾物、平たい調理袋、耐熱の保存袋など、小分け・少額で回せる品が豊富。まずは棚一段分だけここでそろえ、回転の型を作ると続きます。
予算別スターター(目安)
予算 | ねらい | 内容例 |
---|---|---|
5,000円 | 3日分の核 | パックご飯12、魚缶6、汁20、水12L、塩・油小瓶 |
10,000円 | 1週間を回す | 上記+乾麺2kg、豆缶6、レトルト6、間食少々 |
20,000円 | 家族3人の安心 | 上記×家族分+調理袋・固形燃料・風よけ |
外で使い慣れる(道具の連動)
卓上こんろ、やかん、深型鍋、食器、ふきん、風よけは、家でも外でも同じ物を使い慣れておくと非常時に戸惑いません。袋のまま湯せんできる献立を月1回ためし、燃料消費と時間を記録して改善します。
在庫管理を仕組みにする(続ける工夫)
ラベルと色分けのルール
- 赤=今月中、黄=来月、緑=2か月以上。
- ラベルには品名/個数/賞味期限/補充日を記載。
- 期限が近い箱は手前・目線に配置。
家族で役割分担
- 使った人が在庫表に**「−1」**を記入。
- 月末は担当者が補充。子どもには間食箱の点検を任せると参加しやすい。
年間カレンダー(点検日を固定)
- 奇数月15日=乾物・缶詰点検。
- 偶数月末=水・燃料・調味点検。
- 季節の変わり目に献立を入れ替え、暑さ寒さに合わせる。
よくある疑問と答え
Q1. 冷蔵・冷凍食品は備蓄に入る?
A. 停電時は使い切りが基本。電気が止まっても食べ切れる物を常温側で確保しておきましょう。
Q2. 水はどこまで必要?
A. 1人1日3Lが目安。飲用を最優先し、調理は湯せん・拭き取りで節水します。
Q3. 塩分が気になる。
A. 汁を薄め、**香味(ごま・のり・柑橘)**で満足感を高めます。減塩の汁や缶詰を半分混ぜる方法も有効。
Q4. 子どものおやつは?
A. 干し芋・木の実・ビスケット・ゼリー飲料など、散らからず・すぐ食べられる物を少量ずつ。普段の好みを反映させると食が進みます。
Q5. ペットのえさは?
A. いつもの銘柄を多めに。水も1日あたり体重×約50mlを目安に上乗せし、器・袋・簡易トイレもセットで管理。
まとめ:日常を回せば非常時も回る
ローリングストックは、特別な努力ではなく日常の延長です。食べる→記す→補うをくり返すだけで、家族に合った備えが静かに育ちます。はじめの一歩は棚一段の整理と在庫表。今から5分、台所の棚を見て、期限が近い物を手前に寄せ、次の買い物で同じ物を1つ足す――それだけで備えは動き出します。