停電は“暗さ・静けさ・混乱”が重なり、侵入や盗難の機会を生みやすくなります。 しかし、自宅の弱点を発見して窓・鍵・照明の“三本柱”を正しく運用すれば、限られた道具でも抑止力は大きく高まります。
本稿は、家庭・集合住宅・小規模オフィスでそのまま再現できる実践手順を、**物理対策(ハード)×運用(ソフト)**の両面から体系化。10分でできる初動から、数日続く停電への持久戦まで網羅します。
停電時のリスク把握と優先順位
侵入機会が増える理由を知る
停電時は街灯や監視機器が止まり、死角が拡大します。周囲の騒音が減ることで物音の識別が難しくなり、通報も遅れがち。とくに裏手の窓・勝手口・ベランダは狙われやすく、換気のための少しの開放が入口になります。まずは外周を一周して**“近づきやすい場所”と“見られにくい場所”**を地図に印を付けましょう。
優先すべき場所の順序付け
- 人の出入り口(玄関・勝手口)
- 道路や路地に面した窓
- ベランダ・共用廊下側の窓
- 明かり取り・小窓・換気口
時間がないときは1→3→2→4の順に最低限を固めます。**“最も開け閉めする箇所×外からの死角”**の掛け算で優先順位を決めると迷いません。
家族内の役割分担テンプレート
- 親/管理者:玄関系の強化、電池・照明の配布、通報担当。
- 大人/上級生:窓の補助錠・突っ張り、外周確認と記録。
- 子ども・高齢者:安全な部屋で待機、合言葉で応答、笛を携帯。
5分で形にする“超短時間セット”:補助錠×2、布テープ、突っ張り棒、LEDランタン、笛(または防犯ブザー)。
10分リスク監査(そのまま使える項目)
観点 | 見る場所 | OK基準 | 対処の例 |
---|---|---|---|
死角 | 裏手・物置周り | 外から影が見える | 窓辺白色灯/草木の剪定 |
近づきやすさ | ベランダ・共用廊下 | 置物で足場なし | 物を片付け、障害物を仮設 |
開口 | 換気中の窓 | 5cm以下固定 | 補助錠・ストッパー |
合鍵 | 置き場所 | 屋外に無い | 所在表を作成、携帯金庫 |
窓と出入口の防御(物理対策)
窓の補強:最短で効く二点
(1)クレセントの外付け補助錠:引き違い窓の上枠・下枠に一つずつ。換気時も開口幅を5cm以下に制限できます。
(2)割られても“こじ開けにくく”:防犯フィルムで飛散を抑え、面格子はビス増し締めで揺れを減らす。路地側や足場のある窓は**養生板(段ボール+布テープ)で“目隠し+音出し”**の二重効果を狙います。
玄関・勝手口:こじ開け抑止の三点
- ドアバー/チェーン:内側固定金具の増し締めでガタつきを解消。
- サムターンカバー:小窓割りからの解錠を防ぐ。ドアスコープ逆入れも遮断。
- 隙間埋め:戸当たりに布テープ+ゴムシートでバール差し込みの余地を減らす。
ベランダ・共用廊下側の簡易バリケード
- 突っ張り棒+木板で腰高窓の内側にバリケード。
- 洗濯物干し台+ロープで窓前に障害物を作る。
- 床に鈴付きの“踏むと鳴る”帯を設置し、**気配の可視化(可聴化)**を図ります。
窓タイプ別・最適対策早見表
窓タイプ | 想定弱点 | 速効対策 | 追加対策 | 備考 |
---|---|---|---|---|
引き違い | クレセント破壊、こじ開け | 補助錠上下/突っ張り | 防犯フィルム/面格子増し締め | 換気時は5cm以下固定 |
上げ下げ | こじ開け | 補助錠/窓ストッパー | サッシの緩み調整 | ロック位置の再確認 |
ルーバー | 羽根割り | 外側遮蔽/目隠し板 | 取り換え検討 | 最優先で死角化回避 |
小窓 | 掌こじ開け | 内側に網・鈴 | サムターンカバー | 高さを活かし物理障害 |
換気しながら守る:安全な“5cm固定”
補助錠やストッパーで開口幅を5cm以下にして、窓下に鈴マットを敷きます。目隠し板を外側に添えれば視線を遮りつつ風は通す設計に。就寝時は開口ゼロが原則です。
鍵・合鍵・在宅管理(人的運用)
鍵の運用ルールを即日決める
- 合鍵の所在表を作り、家族全員が把握。更新日は紙に記入。
- 外置きの隠し鍵は撤去。停電時は発見されやすい。
- 就寝前点検:玄関・勝手口・ベランダ・一階窓の声出し確認(「玄関よし!」)。
開閉と見回り:音と痕跡を活用
- 鍵・取手の“基準位置”の写真を撮り、ズレ検知に使います。
- **床に“砂(または紙片)ライン”**を置き、朝の乱れで侵入痕跡を把握。
- 夜間は出入り口を一つに集約し、見張りと照明を集中。
不在時の見せ方(在宅偽装)
- 窓越しの小型ランタンを時刻で場所替え。
- 郵便受けの溜まり防止:投入口に板、回収担当を決める。
- 洗濯物は室内干しに切替え、外観の変化を最小化。
運用チェック表(毎晩3分)
項目 | 確認方法 | 担当 | 備考 |
---|---|---|---|
玄関 | ドアバー・サムターン確認 | 親 | 合言葉で復唱 |
裏手窓 | 補助錠・鈴マット | 大人 | 換気開口はゼロ |
ベランダ | 突っ張り・障害物 | 大人 | 物の置きすぎ注意 |
連絡手段 | 笛・携帯・充電 | 子ども | 置き場所を固定 |
照明・音・見通しの運用(抑止力)
非電源照明:安全と配光で選ぶ
ろうそくは転倒火災の危険が大きく、停電期の使用は推奨しません。 LEDランタン・充電式ライト・太陽光充電型を基本にします。白色(作業)と暖色(安眠)の二系統を用意し、窓側は白色で外に存在を示し、屋内は暖色でまぶしさを抑えるのがコツです。
照明 | 明るさの目安 | 点灯時間 | 長所 | 注意点 |
---|---|---|---|---|
LEDランタン | 200〜500lm | 8〜40h | 広い配光、置きやすい | 直視のまぶしさに注意 |
充電式ライト | 100〜300lm | 4〜20h | 懐中電灯兼用 | 充電タイミングを決める |
太陽光ライト | 50〜200lm | 日照次第 | 外周に設置、自動点灯 | 雨天は弱い、盗難対策 |
配光の工夫:窓辺にすりガラス効果(半透明紙)を挟み、外へぼんやり存在感を出す。屋内は足元照明を廊下に連ねて動線を明確化します。
音による抑止:侵入側に“選ばせない”
- 鈴・缶・ビー玉を窓の下に浅い皿で設置し、揺れると音が出る仕掛けに。
- 踏むと鳴るマットや防犯ブザーを内側の床に配置。
- 合図笛を家族全員に配布し、2回短く→1回長くを家族の合言葉にします。
見通し確保:見せる所と隠す所
- 外に“人の影”を見せる窓を一箇所作る(窓辺のランタン+動く影)。
- 寝室・浴室は遮光し、生活の中心は見せない。
- 植え込み・物置の手前は簡易ライトで影を消す。
電池管理と明かりの配分(48時間想定)
地点 | 目的 | 推奨光量 | 点灯時間 | 担当 |
---|---|---|---|---|
窓辺(外向き) | 在宅アピール | 150〜300lm | 夜間4h×2日 | 親 |
廊下足元 | 動線安全 | 30〜50lm | 夜間6h×2日 | 子ども |
玄関内側 | 出入口監視 | 100〜200lm | 必要時のみ | 大人 |
連絡・近隣連携と非常時体制
家族連絡網と合言葉
- 連絡表:携帯番号/固定電話/近所の頼れる先。
- 合言葉:**「玄関灯」「三つ叩く」**など、家族だけが知る短い言葉や合図を決める。
- 集合場所:家の前・角の公園・避難所の三段階で共有。
近隣と“見守り線”を引く
- **向かい合う家で“見守り順路”**を決め、毎時00分に外を一瞥。
- 合図:窓際のランタンを左右二回=異常なし、三回=要確認。
- 掲示ポケットを各戸に作り、短い紙で情報共有(「見回り済 21:00」など)。
通報手順と記録
- 通報の順番:命の安全→110→近隣→家族。
- 記録シート:日時・場所・特徴・進行方向を短文で。
- 撮影は身の安全最優先、追跡は絶対にしない。
チェックリストと最小装備表
10分でできる“弱点塞ぎ”チェック
- 玄関・勝手口:ドアバー固定/サムターンカバー
- 路地側窓:補助錠上下/養生板
- ベランダ:突っ張り棒+板/鈴マット
- 照明:窓辺白色/室内暖色/足元灯
- 連絡:合言葉・集合場所・笛
最小装備と代用品
目的 | 第一選択 | 代用品 | 置き場所の例 |
---|---|---|---|
窓固定 | 補助錠 | 突っ張り棒+板 | 窓下収納 |
目隠し | 防犯フィルム | 段ボール+布テープ | 家具裏 |
玄関強化 | ドアバー・カバー | 布テープ+ゴム板 | 下駄箱内 |
照明 | LEDランタン | 太陽光ライト | 玄関・窓辺 |
音 | 鈴・ブザー | 缶・ビー玉皿 | 窓際 |
レイヤー防犯の考え方(重ねるほど効く)
層 | 目的 | 例 | 効果 |
---|---|---|---|
視覚 | 在宅アピール | 窓辺白色灯・影 | 近寄らせない |
物理 | 開けにくくする | 補助錠・突っ張り | 時間を稼ぐ |
音 | 触れると鳴る | 鈴・ブザー | 諦めさせる |
運用 | 人の動き | 合言葉・見回り | 抑止の底上げ |
Q&A(よくある疑問)
Q1.ろうそくはダメ?
A.転倒・延焼の危険が大きく、停電期は避けるのが無難です。 LED灯を使い、火気は料理場所以外で使わない運用が安全です。
Q2.暑くて窓を開けたい。防犯は?
A.補助錠で“5cm固定”にし、外側は目隠し板、内側に鈴マットを。 開放窓は家族がいる部屋の近くに限定します。
Q3.一人暮らしでできる最小セットは?
A.補助錠×2、布テープ、LEDライト、笛、突っ張り棒一本。 これで窓・照明・合図の三点が整います。
Q4.合鍵はどこに置く?
A.屋外の隠し場所は避け、近所の信頼できる人か携帯用小型金庫へ。所在表を家族で共有します。
Q5.防犯カメラが止まった。代替は?
A.窓辺の白色灯と“動く影”で存在を示し、音の仕掛けで選ばせない。 近隣と見守り線を作り、毎時の目視で補完します。
Q6.ベランダの目隠しは何が手早い?
A.段ボール+布テープが即効。 風で飛ばないよう四隅と中央を固定し、窓とのすき間に鈴を吊るすと音の効果も加わります。
Q7.就寝時の安全はどう確保?
A.開口ゼロ、玄関バー施錠、足元灯だけ点灯。 笛とライトを枕元固定、携帯電話は同じ場所に置きます。
用語辞典(やさしい言い換え)
クレセント:引き違い窓の留め金。
サムターン:室内側の回す鍵。
面格子:窓の外に付く格子。
戸当たり:扉や窓が閉まる位置の当たる部分。すき間を減らす役目。
明かり取り:光を入れる小さな窓。
勝手口:台所や裏へ出る出入口。
鈴マット:踏むと音がする敷物のこと(自作可)。
まとめ:物理×運用で“狙われにくい家”を作る
窓・鍵・照明の三本柱を“弱点の順”に手当てし、在宅管理と近隣連携で抑止を積み上げる。 これが停電下の防犯の本質です。見せる灯り、鳴る仕掛け、開けにくい構造を同時に整えれば、限られた道具でも**“選ばれない家”**へ近づきます。今日、家の外周を一周し、最初の5点(窓補助錠/玄関バー/目隠し板/足元灯/合言葉)から着手しましょう。