「その一枚で、つまずき・火傷・誤飲を未然に。」 家庭内の事故は見落とし・勘違い・うっかりから起こる。危険表示と貼り紙を正しい場所・正しい言葉・正しいサイズで配置すれば、家族全員の共通ルールになり、来客や子ども・高齢者にも行動基準が素早く伝わる。
本稿は、部屋別の掲示設計、文言テンプレ、色・サイズ・ピクト、掲示の運用と更新に、季節・年齢・持病への配慮や費用の目安まで加えた実践ガイドである。印刷してすぐ使える表・チェックリスト・配置寸法つき。
1.まず決める:掲示の目的・優先度・言い方
1-1.目的を3分類(危険・注意・案内)
- 危険:事故・火災・転落など生命に関わる。→赤や黄黒で即時停止を促す。
- 注意:やけど・指挟み・誤飲など重症化し得る。→黄や橙で行動の切替を促す。
- 案内:手順・場所・連絡先など迷いを減らす。→青や緑で落ち着いて従う。
1-2.言い回しの基本(短く・具体的・肯定形)
- 短く:7〜12文字が読みやすい(例:「ここで手を添える」)。
- 具体的:動作+部位(例:「熱いふたに手を置かない」)。
- 肯定形:してほしい行動を言う(例:「帰宅後すぐ手洗い」)。
- 主語を入れる:誰がするかを明確に(例:「子どもは台所に入らない」)。
1-3.家族で決める優先順位(3段階)
1)命に関わる(ガス・火・転落)。2)重症化しやすい(やけど・窒息・感電)。3)日常のけが(つまずき・打撲)。優先1から掲示を整え、月1回で見直す。
1-4.読みやすい日本語ルール(誤読を減らす)
- 一文一動作(「〜して、〜して」は分ける)。
- 数字は算用数字(3分、2m)。
- 難語を避ける(「携帯電話」より「けいたい」等)。
- ふりがなは子どもが使う場所に入れる。
1-5.合意の作り方(掲示前ミニ会議)
- 貼る前に家族で回覧→言葉を整える。
- 担当者(玄関・台所・浴室)を決め点検表を回す。
- 貼り替え日をカレンダーに書く。
2.配置マップ:場所ごとに“その一言”を置く
2-1.玄関・廊下(出入り・通路の事故を防ぐ)
- 玄関:「靴をそろえる→転倒防止」、「傘の先は下向き」。
- 階段:「手すりを持つ」、「段の端に足を置く」。
- 廊下の角:「小走りしない」、「戸の向こうを声かけ」。
2-2.キッチン(熱・刃物・誤飲の三重リスク)
- 加熱機器まわり:「火のそば離れない」、「鍋の柄 内向き」。
- 流し:「包丁は刃を下向き」、「スポンジ 子の手の届かない位置」。
- 調味・洗剤:「食品と洗剤は棚を分ける」、「チャイルドロック」。
- 油保管:「ふたを閉める・高所に置かない」。
2-3.浴室・洗面所(水・すべり・感電)
- 浴室入口:「足ふきマットを広げる」、「すぐに換気」。
- 洗面台:「ドライヤー 水から離す」、「コンセント 濡れ禁止」。
- 薬箱:「鍵付き・日付記録」、「子ども前で薬を見せない」。
- 給湯:「お湯は先に水を入れてから」。
2-4.子ども部屋・寝室(転落・誤飲・火災)
- 窓まわり:「網戸に寄りかからない」、「ひもは束ねる」。
- ベッドまわり:「コンセント周りに布をかけない」、「充電は壁側で」。
- おもちゃ収納:「小物はフタ付きへ」、「床は毎晩リセット」。
- 寝る前:「充電器は外す」。
2-5.ベランダ・屋外(転落・火気・器具)
- サンダル置き場:「履く前に裏を確認」(虫刺され防止)。
- 物干し:「脚立は使ったら片づけ」。
- 火気:「強風中止」、「消火器ここ」。
- 手すり:「乗り出さない」、「物を置かない」。
2-6.家電・配線まわり(過熱・発火を防ぐ)
- たこ足配線:「合計A数を超えない」、「埃をためない」。
- 暖房機器:「前に物を置かない」、「切タイマーON」。
- 充電場所:「布の上に置かない」、「寝る前に外す」。
2-7.介護スペース(転倒と誤飲を抑える)
- 歩行補助付近:「立つ前に手すり」。
- 薬・食品:「見た目が似た容器を分ける」、「ラベル大字」。
- 水分補給:**「むせやすい時はとろみ」**の掲示で誤嚥を減らす。
場所別・掲示の推奨仕様表
場所 | 推奨サイズ | 背景色 | 耐水 | 取り付け |
---|---|---|---|---|
玄関 | A6〜A5 | 青/緑 | ○ | マグネット/両面 |
階段 | A5 | 黄/黒 | ○ | ネジ/ピン |
キッチン | A6 | 赤/橙 | ○ | クリップ/磁石 |
浴室前 | A6防水 | 青 | ◎ | 防水テープ |
子ども部屋 | A5 | 黄/青 | ○ | 両面/弱粘着 |
ベランダ | A6耐候 | 赤/黄 | ◎ | 結束バンド |
充電コーナー | A6 | 黄 | ○ | 両面/スタンド |
介護スペース | A5 | 青/緑 | ○ | クリップ/マグネット |
3.見やすい作り:色・サイズ・ピクト・日本語
3-1.色の使い分け(直感で伝える)
赤=危険/黄=注意/青・緑=案内。1枚1目的で色を混ぜない。背景と文字のコントラスト比を高くし、黒文字+白余白を基本にする。色弱の見え方に配慮し、赤と緑の組合せは避け形や下線でも区別する。
3-2.サイズと書体(離れても読める)
- 視認距離1m→文字12〜16pt、2m→24ptが目安。
- 太字の見出し+短文本文。難しい漢字はひらがな、送り仮名は適切に。
- 行間は文字の1.3〜1.5倍で詰めすぎない。
3-3.ピクトと矢印(目で分かる)
手・足・炎・落下など直感的な絵を左、文字を右に置くと読みやすい。矢印は太く短く、動作方向に合わせる。指さしマークは「ここ」を示す位置へ。
3-4.素材と印刷設定(長持ちさせる)
- 紙厚:家庭用は普通紙→ラミネート、水回りは防水紙。
- ラミネート厚:100μで十分、屋外は150μ。
- 穴あけ位置は上端10mm内側、裂け防止に補強シールを。
配色と文字サイズの早見表
用途 | 背景 | 文字 | 文字サイズ目安 | 追加の工夫 |
---|---|---|---|---|
危険 | 赤 | 白/黒 | 24pt〜 | 太枠・絵大きめ |
注意 | 黄 | 黒 | 18pt〜 | 下線/矢印 |
案内 | 青/緑 | 白 | 16pt〜 | 図解・地図 |
3-5.誤読を防ぐ言い換え集(そのまま使える)
- ×「注意」→○「ここで止まる」
- ×「感電」→○「濡れた手でさわらない」
- ×「危険」→○「ここに立たない」
- ×「火気厳禁」→○「火を使わない」
4.テンプレ集:すぐ貼れる文例とフォーマット
4-1.短文テンプレ(7〜12文字)
- 階段:「手すりを持つ」/「小走りしない」
- キッチン:「鍋の柄 内向き」/「火のそば 離れない」
- 浴室:「足元ふく」/「ドライヤー 水から離す」
- 子ども部屋:「小物はふたへ」/「床を空に」
- 配線:「布の上に置かない」/「こまめにほこり取り」
4-2.手順カード(3〜5ステップ)
- コンロ前:①火力中→②鍋の柄内向き→③その場から離れない→④タイマーON→⑤消火確認。
- 外出前:①ガスOFF→②電源タップOFF→③窓施錠→④消火器位置確認→⑤鍵携帯。
- 寝る前:①充電を外す→②加熱機器を切る→③通路確保→④非常灯確認→⑤玄関鍵確認。
4-3.連絡カード(緊急時)
- 通報:住所・建物名・階、状況(火・けが)、通話を切らない。
- 家族連絡:集合場所、代替連絡先、近所の協力先。
- 医療情報:持病・薬・アレルギー、かかりつけ。
4-4.子ども向け絵カード(色と言葉をそろえる)
- 赤:「さわらない」(炎・刃の絵)。
- 黄:「ゆっくり」(階段・角)。
- 青:「ならぶ」(玄関・外出)。
貼り場所と高さの基準表
対象 | 目線高さ | 貼る位置 |
---|---|---|
大人 | 140〜150cm | スイッチ横/ドア横 |
子ども | 100〜120cm | ベッド足元/学習机横 |
車いす | 90〜110cm | ドアノブ横/通路壁 |
介助者 | 150〜160cm | 介護ベッド足元/台所釣戸棚下 |
5.運用と更新:続ける仕組みを作る
5-1.貼ったら終わりにしない(月次点検)
- 剥がれ・汚れを月1回で確認。
- 事故のヒヤリがあれば文言を差し替え。
- 季節行事(年末・新学期・台風期)に総入れ替えでリフレッシュ。
5-2.家族巻き込み術(参加で守る)
- 子どもの手描きピクトを採用すると目に留まる。
- 担当制(玄関・台所・浴室)で点検表を回す。
- 来客前の一斉確認で位置ズレを戻す。
5-3.素材と取り付け(原状回復も考える)
素材 | 長所 | 注意 | 推奨場所 |
---|---|---|---|
ラミネート紙 | 安価・防水 | 反射 | 台所・浴室前 |
マグネットシート | 付け外し簡単 | 磁性面が必要 | 冷蔵庫・玄関ドア |
発泡ボード | 立体で目立つ | 厚みあり | 階段壁 |
耐候プレート | 雨・日差しに強い | コスト高 | ベランダ・屋外 |
弱粘着フィルム | 跡が残りにくい | 剥がれやすい | 子ども部屋 |
結束バンド+穴 | 外れにくい | 穴位置に注意 | 屋外手すり |
5-4.掲示の費用と枚数の目安(家庭用)
セット | 内容 | 目安費用 |
---|---|---|
基本10枚 | 玄関2・階段2・台所3・浴室前2・連絡1 | 1,000〜2,000円(印刷+ラミネート) |
水回り防水 | 防水紙+防水テープ5枚 | 800〜1,500円 |
屋外耐候 | 耐候プレート3枚+結束具 | 1,500〜3,000円 |
5-5.月次点検表(貼って使える)
項目 | 判定 | 備考 |
---|---|---|
はがれ・汚れなし | □ | 交換日を記入 |
文言の分かりやすさ | □ | 読み上げテスト実施 |
誤作動の原因除去 | □ | 例:センサー前の物撤去 |
季節の入替実施 | □ | 台風期・乾燥期など |
連絡カード更新 | □ | 住所・電話・医療情報 |
6.ケーススタディ・Q&A・用語辞典
6-1.ケーススタディ(3例)
- A:幼児のいる家庭…誤飲マークを低い棚に、階段「手すり」を段の始まりと終わりに2か所。台所は赤多めで視線を引き、調味料と洗剤の棚分けを掲示で固定。
- B:シニア世帯…浴室前の防水掲示で足ふきを習慣化。連絡カードは電話横に。段差注意は玄関と勝手口へ。文字大きめ・電球色照明で読みやすく。
- C:賃貸住まい…弱粘着とマグネット中心で原状回復に配慮。点検表は冷蔵庫に貼り、貼る位置の記号を壁側に小さく残して元の場所へ戻しやすく。
6-2.よくあるQ&A
Q:貼りすぎて逆に見なくなる。
A:一壁一テーマに絞り、色は2色まで。月1入れ替えで新鮮さを保つ。
Q:子どもが字を読めない。
A:ピクト+色で伝え、ひらがな短文に。読み上げ練習を家族で。
Q:来客に見られたくない。
A:室内側に貼る、可動式ボードで普段は収納。目的は家族の安全。
Q:高齢者が小さい文字を読めない。
A:24pt以上、高コントラスト、足元灯で明るさ補助。
Q:色弱の家族がいる。
A:色だけに頼らず形・下線で区別。赤と緑の並置は避ける。
Q:外国の友人が来る。
A:絵中心にして簡単な英単語1語(Hot/Stop/Exit)を小さく添えると伝わる。
6-3.用語辞典(平易な言い換え)
危険表示:命に関わる危険を知らせる表示。赤や黄黒で目立たせる。
注意表示:けがにつながる可能性を知らせる表示。黄や橙が多い。
案内表示:やること・手順・場所を示す表示。青や緑で落ち着かせる。
ピクト:図で意味を伝えるしるし(手・足・炎など)。
コントラスト:色の明るさの差。差が大きいほど読みやすい。
耐候:外の雨や日差しに強いこと。
弱粘着:はがしても跡が残りにくい粘着。
まとめ
家庭の掲示は数より質。場所に合う一言を正しい高さと色で貼り、月次点検で更新するだけで、うっかり事故は目に見えて減る。家族で作る・回す・直すの循環を作り、**「見れば動ける家」**へ。今日の一枚が、明日の事故を消していく。