泣き出しそうな顔、固まった体、早口になる呼吸。非常時や病気、初めての経験の前で子どもの恐怖心を和らげる声掛けは、親や支援者にできる最も即効性のある支援だ。
本記事は、言葉・体・環境の三つの面から、その場ですぐ使える具体フレーズと**安心導線(安心に向かう行動の流れ)**を、年齢や場面ごとに整理した。避難、受診、登校しぶり、暗闇・雷・地震など日常から非常時まで幅広く役立つ。
安心導線の設計図|見る→合わせる→整える→動く
観察:表情・手の動き・声の速さ
まずは見て感じる。目線が泳ぐ、手が服をつまむ、声が上ずる——これは不安のサイン。何を怖がっているかを言葉にする前に体から読む。
共鳴:短い言葉で気持ちに合わせる
「びっくりしたね」「ドキドキしてるね」と今の気持ちを代弁。評価や説得より同じ景色を見ることが先。否定せずそのまま受け止める。
調整:体と場を落ち着かせる
呼吸・姿勢・触れ方を整える。深呼吸を一緒に3回、腰を下ろす、背中に手を当てる。騒がしい音や強い光は少なくし、逃げ道のある安心な配置に変える。
行動:小さな一歩に分ける
「靴をはく→玄関に行く→手をつなぐ→三歩だけ出る」など行動を刻む。選べる二択(歩く?抱っこ?)で自分で決められる感覚を戻す。
安心導線の早見表
段階 | 目的 | 大人の言葉 | 具体行動 |
---|---|---|---|
観察 | 不安の把握 | 「今、息がはやいね」 | 目線・手先・声の速さを確認 |
共鳴 | 気持ちの受け止め | 「こわい気持ち、ここに置いていいよ」 | 背中に手、目線を合わせる |
調整 | 体と場の安定 | 「いっしょに3回すうーはー」 | 深呼吸、腰を下ろす、音と光を減らす |
行動 | 小さく前進 | 「三歩だけ進もう」 | 二択・刻み行動・できたら称賛 |
年齢別の声掛けと言い換え|0〜2歳/3〜6歳/小学生
0〜2歳:言葉よりリズムと触れ方
- 抱く位置を安定(胸と胸が触れる)させ、ゆっくり左右に揺らす。
- 声は低めで短く:「だいじょうぶ、ここにいるよ」。
- 指差しで予告:「電気が消えるよ。今、消すよ。パチン」。
3〜6歳:短い説明と遊びの力
- 三語文で説明:「雷は大きな音の光。お家の中は安全」。
- 数える遊び:「雨の音を5つさがそう」。注意が怖さから外へ移る。
- 役割ごっこ:「隊長、ライト点検お願いします」。力を返す。
小学生:整理→選択→予告
- 事実を整理:「今は停電。水はある。ライトもある」。
- 選択を渡す:「先に手伝い?それとも座って待つ?」。
- 予告:「5分後に出発。玄関に集合」。
年齢別・言い換え表
NG表現 | OK表現 |
---|---|
「泣かないの!」 | 「泣いてもいい。いっしょに息を合わせよう」 |
「早くして!」 | 「時計の長い針がここに来たら出るよ」 |
「大げさだよ」 | 「心がびっくり中。ゆっくりに戻そう」 |
場面別スクリプト|暗闇・地震・受診・登校しぶり
暗闇・雷の夜
- 言葉:「音が大きいね。耳を手でおおってみよう」「光はすぐ消えるよ。いっしょに10数えよう」。
- 体:布団テント(布団を頭上にかけて小さな空間)を作る。
- 遊び:「音の数探しゲーム」「懐中電灯で壁に絵」。
地震直後の不安
- 言葉:「体がびっくりしたね。ここは安全場所に移動したよ」。
- 体:カエルすわり(足うら全部で床に座る)で重心安定。
- 行動:三歩→とまる→三歩の繰り返しで動きの再開。
受診や注射
- 言葉:「今から3つするよ。座る→腕を出す→ぎゅっとする」。
- 体:数える握手(5まで握って5で離す)で痛みの予告。
- ごほうび:終わったら選べるカード(シール・折り紙)。
登校しぶりの朝
- 言葉:「今日は校門まで大人といっしょ」「教室の前で深呼吸を3回」。
- 体:ランドセルの重さ調整、靴紐の確認で安心の手順。
- 行動:校門の写真にタッチ→昇降口で水を一口→教室前で腹式呼吸。
体を落ち着かせる技法|呼吸・触れ方・姿勢
風船呼吸(3回)
両手をお腹に当て、鼻から3秒吸って、口から6秒ゆっくり吐く。大人が先に見本を見せ、子はまねをする。
てのひら温め(30秒)
子の手を包むように両手で包み、「あったかくなるよ」と言葉を添える。血のめぐりが戻り、震えが減る。
背中スイッチ(点→面)
指先で点でトントンから、手のひら全体で面でなでるへ。点は覚醒、面は鎮静。眠くて不安な時は面が有効。
技法と効果の一覧
技法 | 時間 | 効果 | コツ |
---|---|---|---|
風船呼吸 | 30〜40秒 | 心拍を下げる | 大人がテンポを作る |
てのひら温め | 30秒 | 末端の冷えを減らす | 手を包んで体温を伝える |
背中スイッチ | 20〜60秒 | 緊張をゆるめる | 点→面へゆっくり移行 |
家の中の安心導線づくり|物・音・明かり
物の配置:安全ベルトと避難小道
通路は幅60cm以上あけ、転がる物は箱へ。避難リュックは玄関寄りに置く。ベッドや棚は転倒防止具で固定。
音の整え:騒音を減らす
テレビや音楽は小さめ。雨風の音が強い日は遮音カーテン。うるさい音の言い換え(ドーン→ごろごろ)で言葉の印象もやわらぐ。
明かり:暗闇に道を作る
常夜灯と懐中電灯を子の手の届く高さに。廊下の足元灯で夜間の不安を減らす。
家庭内の安心導線チェック表
項目 | できた | まだ |
---|---|---|
通路60cm以上を確保している | □ | □ |
転倒防止具を取り付けた | □ | □ |
常夜灯と懐中電灯の位置を共有 | □ | □ |
避難リュックの場所を説明した | □ | □ |
声の形を整える|スピード・高さ・言葉の順番
ゆっくり・低め・短く
早口や高い声は緊張の合図として伝わる。ゆっくり・低め・短い文で安心の合図を送る。
事実→気持ち→行動の順
「雨が強い→こわい気持ち→ここにいる→三歩進む」。順番が決まると子は安心する。
禁止より提案
「走らない!」より「ゆっくり歩こう。足を見て」。やってほしい行動を提案で示す。
声の整え・例文集
状況 | 短文(10文字目安) | もう一言 |
---|---|---|
雷 | 「音が大きいね」 | 「耳をふさいで数えよう」 |
地震 | 「びっくりしたね」 | 「机の下に入ろう」 |
受診 | 「三つするよ」 | 「座る→腕→ぎゅっ」 |
Q&A|よくある悩みを一気に解決
Q1.泣き止まない時、どうする? まず体を落ち着かせる(座る・背中に手・呼吸)。言葉が入るのはその後。泣き止ませようとせず、涙の出口を開けるつもりで寄り添う。
Q2.怖さの原因を言わない。 言えない時期や言葉が足りない年齢がある。絵や指差し、選ぶカードで気持ちの出口を作る。
Q3.「大丈夫」と言っても信じない。 大丈夫の根拠を短く添える。「ここは高い場所、窓は鍵」「先生が待っている」。
Q4.きょうだいで反応が違う。 それぞれの安心導線を作る。上の子には役割、下の子には抱っこや手遊び。
Q5.怒ってしまった。 やり直せば良い。「さっきは声が大きかった。言い直すね」。大人が落ち着き直す姿が学びになる。
用語辞典(やさしい言い換え)
安心導線:安心に向かう道筋。観察→共鳴→調整→行動の流れ。
共鳴:気持ちに合わせること。「こわかったね」と受け止める。
刻み行動:行動を小さく分けること。三歩だけ、5分だけ。
カエルすわり:足のうら全体で座る姿勢。体が安定する。
風船呼吸:お腹に手を当てゆっくり吸って吐く呼吸。
まとめ|言葉は橋、体は土台、場は地図
子どもの恐怖心を和らげるには、言葉の橋で気持ちに渡り、体の土台を落ち着かせ、場という地図で迷わない道を示すこと。観察→共鳴→調整→行動の安心導線を習慣にすれば、暗闇でも雨でも、病院でも学校でも、子は自分の力で一歩を踏み出せる。大人がゆっくり・低め・短くを守るほど、その一歩は確かなものになる。