要点先取り:倒れない・動かない・外れない——3本柱で設計する
大地震や強い揺れで被害が大きくなるのは、背の高い・重い・脚が細い家電です。本稿では、(1)固定(壁・床・台へ結ぶ)、(2)ベルト(揺れの力を受け流す)、(3)足止め(滑り・跳ねを止める)の3本柱で、冷蔵庫・洗濯機・テレビ・電子レンジ/食洗機・エアコン室外機など主要家電を具体手順で対策します。賃貸でも使える原状回復しやすい方法も併記し、買う→付ける→点検するまでをチェックリストと表でまとめました。
最初の30分でやること(家中共通)
1)通路側に倒れそうな家電を後ろへ10cm下げる(逃げをつくる)。
2)扉ロック・引出しロックを要所へ仮設。
3)足元の埃・油分の拭き取り(マットやゴムの効きを上げる)。
4)**配線・ホースの余長(たるみ)**を作り、鋭角曲げを解消。
原則:上を結ぶ>天井で支える>足で止める>マットだけの順に強い。可能な範囲で上2つを優先し、複数の方法を重ねる。
1.家電の危険度を見極める|重心・設置面・周囲の逃げ
1-1.重心の高さと転倒モーメント
- 重心が高いほど倒れやすい。上部に食品や収納を積む冷蔵庫、脚が高い乾燥機台は要注意。
- 前開き扉は開放時に前方へ重心が移動。扉ロックやマグネット補助で開放を抑える。
- 横揺れ(長周期)ではゆっくり大きく移動、縦揺れでは跳ねて滑る。対策はベルト+足止めの併用が効く。
1-2.設置面と滑りやすさ(床材別の傾向)
床材 | 滑りやすさの目安 | 推奨足止め |
---|---|---|
フローリング | 高い | 厚手耐震マット+段差ストッパー |
塩ビシート | 中 | マット+ゴム脚 |
タイル | 高い | ゴム脚+台座増し(共振下げ) |
カーペット | 低〜中 | マット薄手、脚の沈み込みに注意 |
1-3.周囲の逃げと二次災害
- 倒れる方向に人の動線や寝床がないか確認。50cm以上の逃げを設ける。
- 配線・ホース・ガス管が張力で抜けないよう、**余長(ゆとり)**を作る。
- 熱・放熱をふさぐと発火・過熱の恐れ。機器周囲のすき間(放熱間隔)は取説記載値を最低限守る。
1-4.配線・ホースの余長の目安
種別 | 余長目安 | 注意点 |
---|---|---|
電源コード | 10〜15cm | たわみを作り、踏まない導線にする |
給水ホース | 15〜20cm | 折れ・鋭角曲げNG、止水栓は手の届く位置 |
排水ホース | ゆるい弧1つ | 高さ制限を越えない(逆流注意) |
冷媒配管(室外機) | ゆるい輪 | 無理な延長・折り曲げはしない(業者領域) |
危険度チェック表(例)
家電 | 高さ | 重さ | 脚 | 危険ポイント | 優先度 |
---|---|---|---|---|---|
冷蔵庫 | 170cm | 90kg | 4脚 | 上重心・前扉・滑り | ◎ |
洗濯機(縦型) | 100cm | 60kg | 4脚 | 脱水時の跳ね | ○ |
洗濯乾燥機(ドラム) | 85cm | 80kg | 4脚 | 前開き扉 | ◎ |
テレビ(大画面) | 65インチ | 25kg | スタンド | スタンド根元 | ◎ |
レンジ/食洗機 | 台上 | 10〜20kg | ゴム足 | 落下・スライド | ○ |
室外機 | 55cm | 35kg | 金具 | 配管引張り | ○ |
2.冷蔵庫・大型収納家電の固定|壁結合+足止めで“倒れない”
2-1.固定の基本(壁・天井)
- 壁の“柱(間柱)”にビス固定が最強。探知器で柱位置を特定し、L字金具+帯(ベルト)で上部を壁へ結ぶ。
- 天井との突っ張りは二本以上+天板補強板を併用。片側だけは回転倒れを招く。
- 賃貸は合板(受け板)を突っ張りで立て、そこに金具を留めると原状回復が容易。
2-2.足元の滑り止め・段差ロック
- **耐震マット(厚手)**を四隅に敷く。脱脂(中性洗剤→乾拭き)をしてから貼る。
- 段差ストッパー(前輪の前にゴム栓やアングル材)で前方滑りを止める。キャスターはロック。
- 床暖房は高温で粘着が弱ることがある。耐熱表記のある材を選ぶ。
2-3.扉・中身の飛び出し防止
- 扉ロックを腰高に設置。両扉型は中央連結タイプが扱いやすい。
- 棚板の前縁に低いストッパーを付け、瓶・缶の飛び出しを抑える。卵・びん牛乳は下段奥へ。
- 製氷・給水ホースは余長を確保し、急角度を避ける。
冷蔵庫対策の組み合わせ表
方法 | 効果 | 賃貸適合 | ポイント |
---|---|---|---|
L字+ベルトで壁固定 | 転倒防止◎ | △(原状回復要) | 柱位置に留める |
合板受け板+突っ張り | 転倒防止○ | ◎ | 合板は床〜天井で密着 |
耐震マット | 滑り防止○ | ◎ | 4点均等・脱脂必須 |
段差ストッパー | 前進抑制○ | ◎ | 前輪前を止める |
扉ロック | 開放防止○ | ◎ | 腰高で操作しやすく |
内容物の重心調整 | 前倒れ低減△ | ◎ | 重い物を下段に寄せる |
2-4.放熱とすき間(安全の最低値)
面 | 最低すき間の目安 | 理由 |
---|---|---|
背面 | 5cm以上 | 放熱・火災予防 |
側面 | 2cm以上 | 熱こもり防止 |
上面 | 5〜10cm | 放熱・突っ張り設置空間 |
3.洗濯機・乾燥機の“跳ね”を殺す|レベル出しとベルト固定
3-1.水平・脚の調整
- 水平器で前後左右の水平を出し、アジャスター脚で微調整。
- 防水パン上では脚の当たり面を確認。片脚だけ浮きがないか触診する。
- 排水ホースの余長を確保。跳ねても引っ張られないようゆるい弧を描かせる。
3-2.台座・防振・ベルト
- 防振ゴム+重い台で共振周波数を下げる(軽い台は逆効果)。
- 背面上部をベルトで壁orラックに結ぶと前進・横滑りを抑えられる。金具は左右対称に。
- 上置き乾燥機は純正架台+落下防止金具が基本。側面をL金具でラックへ。左右対称で力を逃がす。
3-3.給水・止水と点検
- 地震直後は止水栓を閉じる。揺れでホースが外れた漏水を止めるため。
- 蛇口側のねじれ・割れは月1で目視。ゴムパッキンは2〜3年で交換目安。
洗濯機対策の比較
方法 | 効果 | 注意 |
---|---|---|
脚の水平調整 | 跳ね低減◎ | 定期点検(月1) |
防振ゴム | 振動減○ | 経年硬化に注意 |
ベルト固定 | 横滑り防止○ | 配管の余長必須 |
台座増し | 共振回避○ | 高さで天板干渉に注意 |
止水運用 | 漏水防止◎ | 家族に周知、札を貼る |
4.テレビ・台上機器の落下防止|スタンドから“外さない・滑らせない”
4-1.テレビ:スタンド派と壁掛け派
- スタンド派:耐震ジェル(四隅)+背面ベルトで前倒れを止める。台とスタンドをボルトでもう一段固定。
- 壁掛け派:壁の柱に下地ビスで金具を直接。石こうボード用アンカー単独は不可。規格内重量を守る。
4-2.レコーダー・ルーター・ゲーム機
- 耐震ジェルで台に仮固定し、背面ケーブルに余長を作る。束ね過ぎは抜けやすい。
- 棚の前縁に低い返しを付けて前方の飛び出しを防止。扉ロックも有効。
4-3.電子レンジ・食洗機(台上)
- 滑り止めマット+落下防止ベルトで台と一体化。台の耐荷重・耐熱を確認。
- 引き出し式ラックは引出しロックを併用し、走行中(台車)使用は不可。
台上機器 対策早見表
機器 | 推奨対策 | 追加ポイント |
---|---|---|
テレビ(スタンド) | 耐震ジェル+背面ベルト | スタンドをボルトで台に固定 |
テレビ(壁掛け) | 柱下地へ直留め | 金具規格・ネジ増し締め |
レコーダー等 | 耐震ジェル固定 | ケーブル余長・束ね過ぎ注意 |
電子レンジ | マット+ベルト | 台の耐荷重・耐熱を確認 |
食洗機(卓上) | マット+ベルト | 給排水の余長・抜け防止金具 |
5.室外機・ガス/熱機器まわりの安全|配管と立地で“無理をさせない”
5-1.室外機の固定と台
- 転倒防止金具+アンカーでベースに固定。ブロック上はずれやすいためアンカーを追加。
- 強風・飛来物を想定し、壁寄せ・風下へ置く。落下物が上から当たらないか確認。
- ドレンの逆流を防ぐため排水口の詰まりを点検。
5-2.給湯器・ガス機器(注意喚起)
- 本体固定・配管は専門業者の領域。地震対策であっても無資格での分解・改造はしない。
- 周囲の落下物対策(上部棚の撤去・ガード板)で衝撃を回避。
5-3.ベランダ設置の注意
- 避難ハッチ・排水口を塞がない。物干し竿は抜け防止ロープで固定。
- 強風時の飛翔物(プランター・桶)は結束または室内へ移動。
賃貸・分譲別の可否早見表(実行の目安)
対策 | 賃貸 | 分譲 | メモ |
---|---|---|---|
突っ張り+補強板 | ◎ | ◎ | 原状回復しやすい |
L金具で壁直留め | △ | ◎ | 賃貸は要許可・受け板案あり |
耐震マット・ゴム脚 | ◎ | ◎ | 床の脱脂を忘れずに |
段差ストッパー | ◎ | ◎ | 置くだけで効果大 |
背面ベルト固定 | ○ | ◎ | 受け板活用で賃貸可 |
設置手順テンプレ(共通)
1)設置場所の埃・油分を拭き取り、床材を乾燥させる。
2)柱位置を探知し、下穴→ビスの順でL金具を仮留め。
3)ベルト長さを家電上部で合わせ、左右対称に固定。
4)足元のマット・ストッパーを4点均等に設置。
5)配線/ホースに余長を持たせ、鋭角曲げを避ける。
6)振動試験(手でゆする)でガタ・滑りを確認。
7)取扱説明書の設置条件(放熱間隔・換気)を満たしているか最終確認。
8)写真で記録(金具位置・ベルト長さ・配線の取り回し)。次回点検時の基準になる。
導入コストの目安(家庭1世帯・主要家電)
品目 | 数量 | 単価目安 | 小計 |
---|---|---|---|
耐震マット(厚手) | 4〜8枚 | 1,000〜2,000 | 1,000〜4,000 |
扉ロック | 2〜4個 | 500〜1,500 | 1,000〜6,000 |
ベルト+金具 | 2〜4セット | 1,500〜3,000 | 3,000〜12,000 |
段差ストッパー材 | 2本 | 500〜1,000 | 1,000〜2,000 |
合板(受け板) | 1枚 | 1,000〜3,000 | 1,000〜3,000 |
合計 | 7,000〜27,000 | ||
※実勢はサイズ・品質で変動。専門工事は別途。 |
メンテナンス間隔と点検シート
項目 | 週次 | 月次 | 半年 | 交換目安 |
---|---|---|---|---|
耐震ジェルの粘着 | 目視 | 触診 | ー | 2〜3年 |
ベルトの緩み | ー | 増し締め | ー | 状況に応じて |
L金具・ビス | ー | 目視 | 増し締め | 2年 |
防振ゴムの硬化 | ー | ー | 触診 | 3年 |
扉ロック | 動作 | ー | ー | 破損時 |
配線の擦れ | ー | 目視 | ー | 痕跡が出たら即交換 |
ホースの亀裂 | ー | 目視 | ー | 2〜3年 |
室外機の台・錆 | ー | 目視 | ー | 錆大なら補修・交換 |
点検メモ欄(貼って使う)
・次回増し締め日:( )/( )
・交換予定部品:( )
・気づいた異音/異臭:( )
Q&A(よくある疑問にまとめて回答)
Q1.賃貸で壁に穴を開けられない。どう固定すべき?
A.突っ張り+耐震マット+段差ストッパーの三点で前倒れ・前進を抑えられます。合板受け板を突っ張りで立てて金具を留める工法なら原状回復もしやすいです。
Q2.突っ張り棒は1本でも効果がある?
A.二本以上を平行に。一方向だけだと回転倒れを起こすことがあります。天板補強板も併用してください。
Q3.耐震マットだけで十分?
A.滑りには効く一方、大きな前倒れには弱いです。上部のベルト固定と扉ロックを組み合わせましょう。
Q4.テレビの壁掛け、石こうボードにそのまま付けてよい?
A.不可。柱(間柱)や合板下地に長ビスで直留めし、金具の規格内重量を守ります。
Q5.ドラム式洗濯機が激しく跳ねる。
A.水平出し→防振ゴム→背面ベルトの順で改善。輸送固定ボルトの外し忘れも要確認。
Q6.室外機が動くと配管は?
A.余長の輪がないと配管に引張りがかかります。固定金具+アンカーで本体を止め、配管の余裕を必ず確保。
Q7.床暖房の上でもマットは使える?
A.耐熱表記のある材を選べば可。高温で粘着力が落ちる材は避け、年2回は粘着を確認。
Q8.強力な接着剤で“がっちり”固定してよい?
A.不可。原状回復困難・熱で劣化・故障時の取り外し困難の三重リスク。金具+ベルト+マットの機械的固定が基本です。
Q9.高所の電子レンジが怖い。
A.耐荷重のある台へ降ろすのが第一。やむを得ず高所ならマット+ベルト+前縁返しの三点を同時に。
Q10.固定で家電の保証は切れる?
A.本体加工や分解を伴う行為はNG。外部の台・壁・ベルト側に固定し、本体には穴開けしないのが安全です。
用語辞典(やさしい言い換え)
- 重心:物の重さが集まっている点。高いほど倒れやすい。
- 転倒モーメント:倒す向きに働く力の大きさ。背が高いほど大きくなる。
- アジャスター脚:回して高さを微調整できる脚。
- 防振:振動を減らす工夫。ゴムや重い台を使う。
- 余長:ケーブルやホースの“たるみ”。引張り防止に必要。
- 下地:壁の中の柱や合板。ここにビスを打つと強い。
- 受け板:壁に穴を開けず、合板に金具を留めるための板。
- 放熱間隔:機器の熱が逃げるために必要なすき間。
まとめ
家電の地震対策は、上部を結ぶ(固定)+足元で止める(足止め)+途中で受け流す(ベルト)の三位一体で完成します。柱に留める/二本で支える/四点で接地の三原則を守り、配線・配管の余長を忘れずに。
点検シートで月1の増し締めを習慣化し、写真記録で“元の位置”を見える化。これで、家電は**揺れても“動かない・倒れない・外れない”**に近づきます。