非常時ほど“情報の洪水”は判断を鈍らせます。 家族のだれかが情報係となり、集める→選ぶ→整える→伝える→記録する→見直すを一定の型で回せば、むだな心配や重複行動が消え、行動が揃います。本稿は家庭内の役割分担としての情報係を、手順・道具・台本・表・訓練まで落とし込み、今日から実装できる形に整えました。
要点先取り(まずここだけ)
- 一次情報を最優先(自治体・インフラ・学校・職場)。うわさは採用しない。
- 30秒台本で「結論→家の行動→次回確認」をそろえて伝える。
- 紙の“状況ボード”を原本に。全員がそこを見る→同じ文を転送。
- 通知は時間枠で(通常は朝・昼・夕)。非常時のみ間隔を短縮。
- 静寂タイム(就寝前1時間)は更新停止。心身を守る。
1.情報係の役割を決める:範囲と線引き
1-1.情報係の基本任務(6つ)
1)収集:公的機関・学校・職場・インフラの発表を拾う
2)選別:家に関係するものだけ残す(地名・時刻・影響)
3)要約:一文で結論、一行で行動、一時刻で次回
4)掲示:冷蔵庫・玄関・家族グループに同じ文を掲示・送信
5)記録:時刻/出所/要点/行動/次回で残す
6)見直し:古い紙をはがし、最新版だけを残す
1-2.“やらないこと”を先に決める(疲れの芽を摘む)
- うわさの追跡をしない、感想の転送をしない、出所不明は保留。
- 速報の連投をしない。**まとまった枠(例:30分ごと)**で通知。
- 意見の討論は別枠。情報係は事実と行動だけに集中。
1-3.平常時と非常時の切替え(運用表)
状態 | 収集間隔 | 通知回数 | 重点 |
---|---|---|---|
平常 | 1日1回 | 朝のみ | 連絡網更新・機器点検 |
注意 | 1〜2時間 | 朝・昼・夕 | 断水・停電の見込み、通行情報 |
警報 | 10〜30分 | その都度 | 避難・安全行動、集合方針 |
復旧 | 1〜3時間 | 昼・夕 | 復旧めど、節水・節電の運用 |
2.情報源の設計:一次情報を最短で取る
2-1.優先順位の原則(一次→二次)
優先度 | 情報源 | 例 | 使いどころ |
---|---|---|---|
1 | 公的機関 | 自治体、防災、気象、警察、消防、電力・水道・ガス | 避難・断水・停電・通行止め |
2 | 学校・職場 | 学校メール、連絡網、社内掲示 | 登校・勤務判断 |
3 | 現場観察 | 家の周り、近所の状況 | 足元の危険 |
4 | 報道 | テレビ、ラジオ | 広域の状況 |
5 | 個人発信 | SNS、掲示板 | 参考。裏取りできたら採用 |
2-2.情報の棚(フォーマット)を用意(実例)
時刻|出所|要点(結論)|家の行動|次回確認
10:00|区役所|本日18時まで断水|風呂水保管・飲水3L/人確保|17:30
- 色分け:赤=命に関わる/青=生活/緑=復旧。古い紙は即廃棄。
2-3.“裏取り”の簡易ルール(3条件)
- 出所が2つ以上一致、時刻が新しい、地名が具体で採用。
- 写真・地図・番号付き発表は優先、再掲は1回まで。
2-4.弱い通信の時の取り方(電気がない時)
- 電池ラジオ→近所の掲示→人づての順。
- 人づては地名・施設名・時刻まで聞けた内容のみ採用。
3.伝え方の設計:短く、揃えて、届かせる
3-1.30秒で伝える台本(テンプレ)
結論:○○区で断水、18時までの見込み。
家の行動:風呂残り湯を保管、飲み水3L/人を確保。
次の確認:17:30に更新。担当:母。
ポイント:数字・地名・時刻を入れる/1家族1文に集約/復唱して誤解防止。
3-2.掲示・配布の型(家の中と家の外)
- 冷蔵庫前のA4掲示:時刻・出所・要点・次の行動を1枚に。
- 玄関の一枚:避難方針・集合場所・持出袋の確認事項。
- 家族グループ:同じ文章を一度に送る。追記は編集で一本化。
- 近所向け:集合場所の掲示は住所・時刻・代表者名を明記。
3-3.音声と視覚の二重化
- 停電時はラジオ+手書き。
- 夜間は小声読み上げ+懐中電灯で掲示を指し示す。
- 耳の不自由な家族には筆談カードを常備。
3-4.うっかりミスを減らす「三つの確認」
1)人:誰に伝えたか(名前)
2)文:どの紙・どの文を使ったか(原本)
3)時:次回いつ確認するか(時刻)
4.役割分担の作り方:情報係だけに負荷を寄せない
4-1.家庭内の役割マップ(標準)
役割 | 主担当 | 代行 | 主な仕事 |
---|---|---|---|
情報係 | 大人A | 大人B | 集める・要約・掲示・更新 |
現場係 | 大人B | 高校生 | 家の外の確認、写真、危険の見張り |
物資係 | 大人C | 中学生 | 水・食材・電池の残量、配分、補充案 |
連絡係 | 高校生 | 大人A | 親族・近所・PTA連絡、要支援者の確認 |
記録係 | 中学生 | 大人C | 時刻・出所・行動記録、後日の振り返り |
4-2.通知の頻度と“静寂タイム”(時刻めやす)
- 通常:朝7:30/昼12:00/夕19:00。
- 注意報相当:1〜2時間ごと。
- 警報・避難:10〜30分ごと。
- 静寂タイム:就寝前1時間は更新を止める(命に関わる情報は除く)。
4-3.合言葉で確認ミスを減らす
- 合言葉:「要点三つ」。伝える側は結論・家の行動・次回時刻の三つだけ必ず言う。受ける側は復唱。
4-4.高齢者・幼児・ペットへの配慮
- 文字を大きく(18pt以上)、色分けでわかりやすく。
- 薬・アレルギーは物資係が台帳化。
- ペットの避難同行・水量・フード量も数で管理。
5.道具・台帳・訓練:情報が回る家にする
5-1.情報係の道具箱(最低限+あると安心)
区分 | 具体例 | ねらい |
---|---|---|
受信 | ラジオ、携帯、モバイル電源 | 停電時も受信を切らさない |
記録 | A4バインダー、太ペン、ふせん | 立っても書ける、見やすい |
掲示 | 画びょう・マグネット・テープ | 冷蔵庫・玄関に一括掲示 |
明かり | 懐中電灯、頭につける灯り | 手を空けて作業できる |
予備 | 乾電池、紙の地図、呼び笛 | 迷子・停電時の備え |
5-2.家族用“状況ボード”の作り方(版下)
きょうの方針:__________________
時刻|出所|要点(結論)|家の行動|次回確認
__|__|______|____|__
__|__|______|____|__
完了印:□水 □食材 □充電 □ごみ □連絡
担当:__ 次の更新:__:__
- 終わった行動に**✔印**、古い紙は破棄。一枚だけ掲示。
5-3.週10分の訓練台本(家庭版)
- 土曜の朝:前週の連絡網を見直し。
- 避難所まで徒歩で一度だけ歩く(要支援者の速度で)。
- ラジオ受信→30秒要約→家族へ伝達の練習。
- 紙の地図で“集合地点”を指差し確認。
5-4.月次の見直し(5分)
- 連絡先変更、役割交代、道具の場所を更新。
- 掲示位置(冷蔵庫・玄関)の視認性を再点検。
6.情報の“重さ”を見分ける:暮らしに効く優先順位
6-1.三段ふるい(命→生活→予定)
段 | 内容 | 例 | 判断 |
---|---|---|---|
1 | 命にかかわる | 避難指示、河川氾濫、火災 | 即伝達・即行動 |
2 | 生活に直結 | 断水、停電、通行止め | 30分単位で更新 |
3 | 予定 | 学校や行事の中止・延期 | 朝夕で十分 |
6-2.言い換え辞典(むずかしい言葉→やさしい言葉)
- 氾濫危険情報 → 川があふれそう
- 計画停電 → この時間は電気が止まる
- 給水車運用 → 水を配る車が来る
- ライフライン → 電気・水道・ガス
- 物流の乱れ → 荷物が予定どおり届かない
6-3.不安を広げない書き方(三つの型)
- 数字と時間:「18時まで断水の見込み」。
- 行動を一つ:「風呂の水を残す」。
- 次の確認:「17:30に更新」。
6-4.情報の重み付け(家の事情に合わせる)
- 乳児・高齢者がいる家は水・医療を重く。
- 通勤が必須の家は交通を重く。
- 在宅勤務中心なら停電・通信を重く。
7.実行テンプレート:朝・昼・夜の運用
7-1.朝(登校・出勤前)
1)夜間の公式発表を確認。
2)きょうの方針をA4に書く。
3)登校・勤務の可否を決め、連絡係が送信。
4)持ち物・充電残量を点検。
7-2.昼(状況変化のチェック)
1)断水・停電の復旧見込みを確認。
2)買い物や外出の可否を判断。
3)夕方の準備(水・食材・充電)を指示。
4)要支援者の安否を近所と共有。
7-3.夜(静寂タイム前)
1)翌日の予定を再確認。
2)充電・持ち物の点検。
3)静寂タイムに入ることを宣言。
4)紙を一枚だけ残し、他は廃棄。
7-4.非常時(避難が視野)
- 結論→行動→次回のみを10分ごとに更新。
- 集合場所・連絡が途絶えたときの合図(家の前・張り紙)を徹底。
8.よくある失敗と対処
失敗 | 原因 | 対処 |
---|---|---|
通知が多すぎて読まれない | 速報の連投 | 朝昼夕+非常時のみ高頻度に制限 |
家族内で情報が食い違う | 複数チャンネルで別文 | 同じ文を掲示→それを転送 |
デマに振り回される | 出所不明を採用 | 一次情報2本の一致で採用 |
記録が散らばる | 紙・端末が混在 | A4ボードを“原本”に固定 |
古い紙が残る | 差し替え忘れ | 掲示は常に一枚だけの運用 |
子どもが理解できない | 難語・長文 | 短文・大きな字・色分けに変更 |
9.チェックリスト(印刷して使える)
- 情報係・現場係・物資係・連絡係・記録係を割り当てた
- A4状況ボードを冷蔵庫と玄関に掲示
- 家族グループにテンプレ文章を保存
- ラジオ・懐中電灯・太ペンを定位置に
- 週10分の訓練をカレンダーに登録
- 合言葉「要点三つ」を全員が復唱できる
- 集合場所と“連絡断絶時の合図”を決めた
Q&A(よくある疑問)
Q1.情報係は一人でいい?
A. 主担当1人+代行1人が安心。体調不良や外出時に代行が回せます。
Q2.子どもにも役割を持たせてよい?
A. 可。記録係や近所見回りの補助など、年齢に応じて安全な範囲で。
Q3.端末が使えないときは?
A. ラジオ+手書きに切替。掲示を読んで声で伝える体制へ。
Q4.SNSは見ないほうがいい?
A. 見てもよいが“参考”扱い。公的発表で裏取りできたものだけ採用。
Q5.仕事と家庭の情報が混ざる…
A. 家の原本はA4ボードに統一。仕事は別端末・別帳で分ける。
Q6.親族が多くて連絡が大変。
A. 連絡係が代表1人へまとめて送信。代表から親族へ展開してもらう。
Q7.高齢の親が難しい言葉を理解しづらい。
A. 言い換え辞典の表現に差し替え、大きな字・短文で掲示する。
用語辞典(やさしい言い換え)
一次情報:発信元そのものの情報(自治体や会社から直接)。
裏取り:別の信頼できる所で同じ内容を確かめること。
静寂タイム:更新を止めて休む時間。心身の疲れを防ぐ。
原本:家の中の正式な紙。ここに書かれた内容が正しいとする。
集合場所:はぐれた時に集まる地点。地図に丸印で示す。
まとめ:情報は“減らして・揃えて・回す”
家族に必要なのは大量の情報ではなく、行動に結び付く少数の要点です。情報係が一次情報→要点→掲示→行動→記録の流れを保ち、静寂タイムで心身を守る。これで情報疲れは大きく減り、いざという時も家族の足並みがそろう。今夜、A4一枚から始めましょう。