走っている最中に「息が上がる」「胸が苦しい」と感じたら、それは単なる体力不足ではなく、技術としての呼吸が整っていない可能性があります。呼吸はフォームと同じく練習で伸びます。
本稿では、鼻呼吸と口呼吸のちがい、場面ごとの使い分け、呼吸筋の鍛え方、環境に応じた調整、トラブル時の立て直しまで、実地で役立つ内容を初心者から中級、記録狙いの走者まで幅広く使える形で詳しくまとめました。
持久走における呼吸の基礎
酸素供給が走りを決める
持久走は有酸素のはたらきが中心です。筋肉に十分な酸素が届くほど乳酸のたまり方がゆるやかになり、同じ努力感で長く・速く走れます。息切れはしばしば酸素不足だけでなく、呼吸が浅い/吐き切れていないことが原因です。まずは「深く吐く→自然に入る」の順を意識します。
呼吸の量は「回数×一回あたりの量」
呼吸数だけを増やしても浅いままでは効果が薄く、肩や首の力みを招きます。一回の吐き・吸いを深くすることで、呼吸数をむやみに上げずに酸素を確保できます。目安として、ゆっくり走では10〜16回/分、会話が難しい強度では30回/分前後まで上がることがありますが、どの強度でも吐きの長さを最優先に整えます。
フォームと呼吸は連動する
呼吸が浅く乱れると上体が固まり、肩がすくみがちです。胸郭(あばらのかご)が動かないと肺の出入りも小さくなり、苦しさが増します。肩を落として肘をゆるめ、みぞおちをつぶさないだけで息の通り道が広がります。骨盤が後ろへ倒れる猫背姿勢は横隔膜の動きを妨げます。**背すじを“軽く伸ばす”**意識で、胸を張り過ぎないのが要点です。
吐く・吸うのリズムと足の回転
足の回転と呼吸を合わせると、動作全体のぶれが減ります。代表例を挙げると、
- 4歩吸って4歩吐く(4-4)…ゆっくり走で安定。
- 3-3…会話は短文まで。巡航の基礎。
- 3-2…やや速め。吐く時間がやや長くなり、胸のつかえが抜けやすい。
- 2-2…きつめの区間や終盤の上げで用いる。
自分の歩幅と足の回転に合わせ、吐きを長めに保てる型を探します。
呼吸は鍛えられる
肺そのものより、空気を出し入れする横隔膜・肋間筋を鍛えると、同じ努力感でより深く吸えて、呼吸数をむやみに増やさずに走れます。日々の短い練習でも効果は積み上がります。
鼻呼吸と口呼吸の違いと使い分け
比較表で理解する基本
項目 | 鼻呼吸 | 口呼吸 |
---|---|---|
酸素の取り込み | ゆっくり・安定。量は控えめだがリズムが整う | 短時間で多く取り込めるが乱れやすい |
空気の処理 | ろ過・加湿・加温が働き気道にやさしい | 乾燥しやすく喉が荒れやすい |
自律神経 | 落ち着きやすく心拍の上がり過ぎを抑える | 興奮側に傾きやすい |
会話・合図 | 不向き | しやすい |
向いている場面 | ゆっくり走・長めのジョグ | スピード練・坂・終盤の追い上げ |
どちらか一方に固定せず、場面で切り替えるのが実戦的です。
ペース別の選び方(主観強度と心拍感)
走りの強さ(主観) | 目安の心拍感 | 推奨呼吸 | ねらい |
---|---|---|---|
とても楽(会話できる) | 低め | 鼻中心(必要に応じ軽く口) | リズム作り・体温の安定 |
普通(短文なら話せる) | 中 | 鼻+口の併用 | 酸素量と安定の両立 |
きつい(会話困難) | 高 | 口中心 | 供給を最優先 |
体調・環境で変える判断
花粉・かぜ・鼻づまり時は、無理せず口呼吸を主に。ただし乾燥対策として水分・うがいをこまめに入れます。寒い朝は鼻で空気を温める利点が大きく、暑い日は口呼吸を交えて熱のこもりを減らします。強風や向かい風では呼吸回数が増えがちなので、吐きの長さを合図に落ち着かせます。
ありがちな思い込みの整理
- 「鼻だけでフルも高速も走れる」は体質と練度に強く依存。多くの人は併用が現実的。
- 「口呼吸は悪い」ではなく、使い所と喉の保護が大切。
- 「苦しい=吸えていない」だけでなく、吐けていない場合が多い。
場面別・実戦の呼吸法
ウォームアップからイージー走まで
走りはじめは鼻中心で、歩き→小走り→ゆっくり走と段階を踏みます。肋骨の横に手を当て、横に広がる呼吸を感じると胸だけの浅い吸い方を防げます。吐くときは口をすぼめて長めに。吐き切ると自然に吸え、息苦しさが消えやすくなります。最初の10分は4-4→3-3へなだらかに移行すると無理がありません。
変化走・インターバル・坂
強度が上がる区間は鼻+口、さらにきつければ口中心へ。合図として「腕振りを少し速く→吐きの回数を増やす」。苦しくなったら2回短く吐いて1回長く吐く(短短長)で二酸化炭素を抜き、胸のつかえをととのえます。坂では一歩ごとに小さく吐くと脚のこわばりが抜けます。向かい風では顎を引き、上体をわずかに前へ倒すと胸が広がります。
巡航ペース〜レース後半・ラストの粘り
巡航では3-3または3-2で吐きをやや長めに。後半は吐く時間をさらに長く取り、上体の余計な力みをほどきます。上を向かず、視線は水平の少し先に。腕を重く振らず、肩から下げる意識が呼吸の通り道を確保します。最後の上げでは完全口呼吸でよく、呼吸回数を増やし過ぎないよう吐きの長さで整えます。
距離別の呼吸イメージ
種目 | 前半の型 | 中盤の型 | 終盤の型 |
---|---|---|---|
5km | 3-3→3-2 | 3-2 | 2-2(口中心) |
10km | 3-3 | 3-2 | 2-2(短短長で整える) |
ハーフ | 4-4→3-3 | 3-3 | 3-2(吐きを長く) |
フル | 4-4 | 3-3 | 3-2(肩の力を抜く) |
呼吸を強くするトレーニング
呼吸リズムの練習
歩きやジョグで**「2歩吸って2歩吐く」「3歩吸って2歩吐く」などを試し、楽に保てる型を見つけます。大事なのは息をはき出す量**。吐き切るほど横隔膜が下がり、次の吸気が深くなります。週に数回、10分だけでも積み重ねる価値があります。
横隔膜・肋間筋の鍛え方
仰向けで膝を立て、片手を胸、もう片手をへその上に置きます。お腹の手が上下するようにゆっくり吸い、口をすぼめて長く吐きます(5分)。座位では両手をあばらに当て、横に広がる感覚を確かめながら吸い、吐きでは肋骨が締まるのを感じます。風船ふくらましや、口をすぼめての抵抗呼吸も効果的です。
胸郭の可動性を高めるケア
走る前後に、壁に手をついて胸を開くストレッチ、肋骨の斜め回し、肩甲骨の寄せ・下げを行い、息が入る空間を広げます。猫背が強い人は、胸を張るよりみぞおちを前に出さない意識が有効です。
日常での習慣づけ
歩行中や階段で鼻から吸い、口ですこし長めに吐く。仕事の合間に肩を回し、胸郭の固さをほどきます。就寝前は4秒吸って6〜8秒吐くを数分行い、からだを落ち着かせます。こうした小さな積み上げが、走るときの呼吸の幅を広げます。
4週間の呼吸強化プラン(例)
週 | 実施内容 | 重点 |
---|---|---|
1 | 毎回の走前に4-4で5分→3-3で10分 | 型づくり・吐きを長く |
2 | 変化走で3-2に切替える区間を各1分×6 | 切替の敏感さ |
3 | 坂の流し6本:一歩ごとに小さく吐く | 高強度の安定 |
4 | 60分ゆっくり走:前半4-4、後半3-3 | 長時間の持続 |
環境・装備と呼吸の関係
季節・天気で同じ距離も負担が変わる
暑い日は呼吸が浅くなりやすく、早い時間の開始と強度を一段落とす調整を。寒い日は鼻で空気を温める利点が大きく、鼻中心が楽です。雨や強風の日は視線と上体の角度で胸の通り道を確保します。
装備の工夫
帽子やひさしで直射日光を避けると、息の荒れが抑えられます。のどの乾燥対策に小分けの給水、冷感タオル、薄手のネックカバーも有効です。花粉の時季は、走前後の鼻洗浄と帰宅後の洗顔で粘膜を守ります。
環境別の調整早見表
環境 | 起こりやすい乱れ | 調整 | 合図 |
---|---|---|---|
高温多湿 | 浅い呼吸、心拍上昇 | 早朝開始・強度一段下げ | 吐きの長さが保てるか |
低温・乾燥 | 喉の痛み | 鼻中心・首元の保温 | 口内の乾きがないか |
強風・向かい風 | 過呼吸ぎみ | 顎を引き前傾わずか・3-2へ | 肩の力みが取れたか |
花粉・ほこり | 鼻づまり | 口併用+水分・うがい | 胸のつかえが減ったか |
トラブル対策と安全管理
鼻づまり・口の乾きへの対策
走る前にぬるま湯で鼻うがい、室内は加湿で粘膜を守ります。走行中は小まめな水分、到着後はうがいで回復を早めます。口が乾くときは舌先を上あごに当てると唾液が出やすく、喉の違和感が減ります。
わき腹の痛み(差し込み)
腹式の吐きが弱いと起こりがちです。痛みが出たら歩きで数呼吸、次に吐きを長くして再開。食後すぐの高強度は避け、補給は少量ずつに分けます。
暑さ・寒さ・標高への順応
暑い日は汗と呼吸の負担が重なります。給水と塩分を早めに入れ、強度を下げます。寒い日は鼻で空気を温める利点が大きく、鼻中心が楽です。標高の高い場所では初日はゆっくり長く吐くに徹し、体がなじむまで記録を追わないのが安全です。
呼吸が乱れたときの立て直し
苦しくなったら、いったん息を吐き切る→歩きで3〜5呼吸。胸と首の力を抜き、肩を一度すくめて落とす。視線を少し遠くへ移し、**短短長のリズム(短く2回、長く1回吐く)**で胸のつかえを流します。30秒整えたら、ふたたびゆっくり走へ戻ります。
症状→原因→対処の早見表
症状 | よくある原因 | その場の対処 | 予防 |
---|---|---|---|
息が浅い | 肩の力み・猫背 | 肩を上げ下げ→吐きを長く | 胸郭ストレッチ・4-4で開始 |
喉が痛い | 乾燥・口のみ呼吸 | 小分け給水・鼻併用 | 走前のうがい・首元保温 |
過呼吸ぎみ | 呼吸数の上げすぎ | 短短長で吐く・歩く | リズム練・強度調整 |
差し込み | 吐き不足・食後 | 歩いて深く吐く | 補給の量とタイミング |
実例:距離別の呼吸プラン
5km記録狙い
1km目は3-3で整え、2〜4kmは3-2、残りは2-2で押し切ります。苦しくなったら短短長で胸のつかえを流し、顎を引いて腕を軽く振ります。
10km・ハーフ
前半は4-4→3-3で入って巡航を安定。中盤は3-3、終盤の登りや向かい風は3-2に切替え、吐きを長く保ちます。
フル
最初の10kmは4-4で体温と心拍を安定。中盤は3-3で巡航を守り、30km以降は3-2。肩・首のこわばりをこまめにほどき、吐きの長さ=粘りの長さと捉えます。
まとめ
呼吸は、才能ではなく身につける技術です。要点は三つ。しっかり吐く/場面で切り替える/日々すこしずつ鍛える。鼻呼吸の安定と口呼吸の即応力を両輪として使い分ければ、同じ心拍でも一段軽く走れます。今日から、ウォームアップの最初の10分だけでも吐きの長さを意識してみてください。走りの苦しさは、きっと薄れていきます。