浸水後の家では、電気の安全と衛生の両立が最優先です。濡れた家電は通電すると感電・発火の危険があり、基板やモーター、圧縮機に泥や塩分が残れば短命化を招きます。
本ガイドは、現場で迷わないように**「触らない→乾かす→点検→判断」を一本の線にし、機器カテゴリ別の基準、乾燥時間の目安、点検項目、廃棄・保管・データ救出までを表と手順で具体化。さらに、水質(雨水/下水/海水)別の影響や保険・補助の準備**、買い替え優先度、仮住まい期間の代替手段まで踏み込み、初動1時間→48時間→1週間の時間軸でやるべきことを整理しました。
1.初動と共通原則:通電禁止から始める
1-1.最初にやること(5ステップ)
- 主幹ブレーカーを切る(乾燥・点検完了まで復電しない)。
- 水位の跡(ぬれ線)を撮影し、家電ごとに型番・シリアルを写真に残す。
- 家電は電源プラグを抜く→ケーブルを拭く→高所へ移動。
- バッテリー機器(モバイル・電動工具・掃除機)は電池を外し、耐火容器で保管。
- 汚水が触れた機器は素手で触らない。手袋・マスク・ゴーグルを着用。
1-2.通電禁止の対象と立入可否
- 床上浸水:床より下に置いていた家電は原則すべて通電禁止。
- 床下浸水:据置型エアコン室外機・給湯器の基板・ポンプは点検まで通電禁止。
- 建物の傾き・土台のずれ・外壁のはらみがある場合は立入禁止。踏み抜き防止に厚板の仮敷き。
1-3.「乾燥→点検→判断」フロー
- 乾燥(泥除去+送風)→外観・臭い・腐食の点検→試験通電(専門家)→継続使用/修理/廃棄を決める。
- 自己判断の通電は不可。漏電・発火・二次被害を招きます。
1-4.水質別のダメージ傾向(雨水/下水/海水)
水質 | 主な成分 | ダメージ傾向 | 重点対策 |
---|---|---|---|
雨水(泥混じり) | 土砂・有機物 | カビ・堆積物 | 洗浄→乾燥を徹底 |
下水混入 | 細菌・硫化物 | 腐食・臭気・衛生 | 防護具+消毒必須 |
海水 | 塩分(NaCl) | 塩害・電食が急速 | 洗い流し→真水すすぎ→乾燥 |
初動フロー早見表
段階 | 行動 | 誰が | 注意 |
---|---|---|---|
1 | ブレーカーOFF | 居住者 | 濡れ手で触れない |
2 | 記録撮影 | 居住者 | 型番・ぬれ線必須 |
3 | 分離・回収 | 居住者 | バッテリー外す |
4 | 乾燥準備 | 居住者 | 泥落とし→送風 |
5 | 点検・試験通電 | 有資格者 | 自己判断通電× |
2.カテゴリ別:再生可/要修理/廃棄の目安
2-1.小型家電(ケトル・ドライヤー・照明など)
- 再生可の条件:基板が高所・泥なし・端子腐食なし・乾燥後に絶縁抵抗良好。
- 要修理:スイッチ部に砂泥、電源コード被覆劣化、異臭。
- 廃棄:水に沈んだ時間が長い、内部へ泥侵入、発熱跡。
2-2.中型家電(電子レンジ・炊飯器・掃除機)
- 再生可:底面吸気口に泥なし、電子基板が上部、乾燥後の絶縁良好。
- 要修理:ファン・モーターに砂、表示不良、錆発生。
- 廃棄:タンクや空洞内に汚水残留、焦げ臭、基板腐食。
2-3.大型白物(冷蔵庫・洗濯機・乾燥機)
- 冷蔵庫:コンプレッサ・基板部が浸水→原則廃棄。扉より下だけが濡れた場合も衛生上慎重判断。
- 洗濯機:ドラム・モーター・制御基板が濡れたら廃棄優先。上部のみ濡れで基板無事なら要点検。
- 乾燥機:ヒーター・温度ヒューズ浸水は通電厳禁。
2-4.空調・給湯・キッチン据置
- エアコン室内機:高所で無事でも室外機浸水なら専門点検必須。
- 給湯器:下部基板の浸水で発火・一酸化炭素の危険。復電前に業者。
- 食洗機・ビルトイン:配線・排水系の汚水侵入で衛生リスク。技術者点検。
2-5.情報機器(PC・HDD・ルーター)
- PC:通電せず分解乾燥→データ優先救出。基板腐食・ショート跡は修理非推奨。
- HDD/SSD:電源を入れない。密封してデータ復旧業者へ。濡れたSSDは腐食が急速。
- 通信機器:ACアダプタの塩害・腐食に注意。アダプタは交換前提。
カテゴリ別判断マトリクス(現場版)
機器 | 再生可 | 要修理 | 廃棄推奨 |
---|---|---|---|
小型家電 | 泥なし・腐食なし | 砂入り・端子腐食 | 長時間浸水 |
中型家電 | 底面乾燥・絶縁良 | ファン砂・錆 | 空洞に汚水残 |
冷蔵庫 | コンプレッサ無事 | 制御盤湿り | 基板/圧縮機浸水 |
洗濯機 | 上部のみ湿り | モーター砂 | ドラム浸水 |
エアコン | 室外機無事 | 端子腐食 | 基板浸水 |
PC/HDD | データ救出優先 | 端子腐食軽度 | 通電痕/腐食進行 |
3.乾燥と洗浄:泥を抜き、電気を戻す準備
3-1.乾燥の原則(分解・送風・吸湿)
- 外装→フィルタ→ファン→基板カバーの順で取り外し、泥落とし→真水で軽くすすぐ→アルコールで水分追い出し→送風。
- 急加熱しない。40℃前後のぬるい空気で48〜72時間。直射日光の高温放置は劣化を招く。
- シリカゲル・乾燥剤を袋・容器に同梱し、密閉乾燥ボックスを自作して効率化。
3-2.洗浄のしかた(場所を選ぶ)
- 基板:水洗いは避ける。泥が付いたら無水アルコールで軽くブラッシング。
- モーター・ベアリング:水を避け、泥を除去→防錆スプレー薄塗り。
- 配線端子:接点洗浄剤で酸化膜を落とし、完全乾燥。延長コード・テーブルタップは廃棄が安全。
3-3.乾燥時間のめやす(気温20〜25℃)
機器 | 部位 | 目安 |
---|---|---|
小型家電 | 内部空洞 | 24〜48h |
中型家電 | ファン・基板周り | 48〜72h |
洗濯機 | ドラム周り | 72〜96h |
冷蔵庫 | 断熱層 | 乾燥困難(衛生上廃棄) |
室外機 | 端子・基板 | 48〜72h(点検必須) |
PC/HDD | 基板・端子 | 72h以上(通電不可) |
3-4.除湿器・送風機の配置と能力の目安
- 6〜8畳:除湿能力6〜8L/日×1台、送風×2台。12〜16畳:12L/日+送風×3台が目安。
- 排水は連続排水ホースで止めずに捨てる。フィルタは毎日洗浄。
4.点検・試験通電:OK/NGの分岐点
4-1.点検項目(目視・嗅覚・計測)
- 目視:錆、白い結晶(塩害)、焦げ跡、端子の緑青、断線、膨れ。
- 嗅覚:焦げ臭・酸っぱい匂い(電解液)。
- 計測:絶縁抵抗計(0.5〜1.0MΩ以上を目安)、アース導通、漏電ブレーカー作動。
4-2.試験通電の段取り
- 可変電源/絶縁トランスで低電圧→定格へ段階上げ。異音・異臭・過電流で即停止。
- 負荷なし→軽負荷→実運転の三段階で各5〜10分、表面温度を非接触温度計で監視。
4-3.OK/NG判断の基準と更新計画
- OK:絶縁良好、端子腐食なし、温度上昇なし、動作正常。
- NG:漏電・スパーク・温度急上昇・回転不良・制御不良。修理より更新が安全な場合が多い。
- 保留:動作はするが錆・塩害がある場合は短期使用に限定し、早期更新を計画。
点検チェックリスト(印刷用)
項目 | 良 | 注意 | 不良 |
---|---|---|---|
端子腐食 | 無 | 軽微 | 進行 |
基板汚れ | 無 | 清掃要 | 泥付着 |
絶縁抵抗 | 〇 | 要再測 | × |
異音・異臭 | 無 | 微 | 有 |
表面温度 | 常温 | やや高 | 高温 |
5.廃棄・保管・データ救出:次の一手まで
5-1.廃棄の流れ(家電リサイクル・小型家電)
- 冷蔵庫・洗濯機・エアコン・TVは家電リサイクル法。リサイクル券を準備し、指定引取所または収集運搬を依頼。
- 小型家電は自治体の回収ボックスや戸別回収へ。電池は事前に外す。モバイル電池は耐火容器で搬出。
5-2.保管・記録(保険・助成用)
- 処分前に写真・型番・購入年・購入額を記録。見積・領収書を封筒にまとめる。
- 濡れ証拠(ぬれ線・泥付着)を残し、日付入りで保存。罹災証明の取得を忘れずに。
5-3.データ救出の優先順位(情報機器)
- 最優先:HDD/SSD・NASのデータ(本体は二の次)。
- 方法:通電禁止のまま復旧事業者へ。乾燥後の自己通電は致命傷になり得る。
5-4.買い替え優先順位と仮住まいの代替手段
- 優先1:冷蔵・調理・洗濯(生活維持)。
- 優先2:通信・照明(情報確保)。
- 優先3:空調(季節対応)。
- 仮住まい期間は小型冷蔵庫・二口コンロ・コインランドリーの活用で初期費用を抑制。
廃棄・保管の手順表
手順 | 目的 | 書類 |
---|---|---|
記録 | 保険・助成 | 型番・購入年・写真 |
見積 | 費用確認 | 修理/処分見積 |
申請 | 補償・助成 | 罹災証明 等 |
搬出 | 安全処理 | リサイクル券 |
Q&A(よくある疑問)
Q1. 乾いたように見えるので電源を入れていい?
A. 不可。 目に見えない箇所に水分・塩分が残り、ショート・発火の恐れ。絶縁測定→段階通電が必須です。
Q2. 冷蔵庫は洗って使える?
A. 衛生と構造の面から非推奨。 断熱層に汚水がしみ込むと臭気・菌が残り、圧縮機・基板の信頼性も低下します。
Q3. 洗濯機は槽洗浄で復活する?
A. 不可。 モーター・制御の浸水は安全上のリスク。専門点検でもダメなら廃棄。
Q4. PCは乾燥後に電源投入で様子見してよい?
A. やめましょう。 データが最優先。通電で損傷拡大の恐れ。業者で救出→新機で復元が安全です。
Q5. エアコンは室内機が無事なら使える?
A. 室外機が浸水ならNG。 端子・コンプレッサの腐食・絶縁低下があり、専門点検後に判断します。
Q6. バッテリー機器が濡れた。膨らんできた。
A. 緊急対応。 耐火容器へ隔離し、穴を開けない・押し潰さない。可能ならリサイクル拠点へ相談。
Q7. 延長コードや電源タップはどうする?
A. 廃棄推奨。内部に水・塩分が残ると発火・漏電の原因。迷ったら捨てるが正解です。
Q8. 海水をかぶった家電でも復活する?
A. 難易度が高い。 直後に真水ですすぎ→乾燥しても塩害が残存しやすく、短期使用に限定し早期更新を。
Q9. 太陽光パワコンや蓄電池は?
A. 自己判断不可。 浸水痕があればメーカー・施工店に連絡。高電圧を扱うため通電厳禁です。
Q10. においが取れない家電は使ってよい?
A. 不可。 断熱材・内部空洞の汚水残留の疑い。衛生上の理由で廃棄を検討してください。
用語辞典(やさしい言い換え)
- ぬれ線:壁や機器に残る水位の跡。
- 絶縁抵抗:電気が漏れにくい状態かの指標。
- 通電試験:低い電圧から徐々に電気を流す試験。
- 塩害:塩分でさびやすくなること。沿岸・海水混じりで要注意。
- リサイクル券:対象家電を適切に処理するための券。
- 電食:異なる金属が電気を介して腐食すること。
- 含水:内部に水分が残っている状態。
まとめ:命→安全→記録→判断の順で
家電は命より後です。通電禁止→乾燥→点検→判断を守り、データは機器より先に救う。再生できるものは確かな手順で、危険なものは迷わず廃棄。記録と書類をそろえ、生活再建のスピードを落とさないことが最大の近道です。
付録:48時間タイムライン(貼り出し用)
- 0〜2時間:ブレーカーOFF、記録、バッテリー分離、搬出、送風開始。
- 2〜24時間:乾燥ボックス・除湿器フル稼働、基板の泥落とし、床下送風。
- 24〜48時間:点検準備(絶縁測定)、更新優先家電の選定、廃棄・回収の予約。