停電の暗闇で「見える・識別できる・迷わない」を実現するには、明るさだけでなく“光の質=演色性”と“置き方=配置計画”が決め手になる。
本稿は、家庭・小規模オフィス・集合住宅の共用部までを想定し、演色性(色の見え方)・光の色味・まぶしさ対策・電源の持ち時間・取り付け高さと距離・点検運用を、表と実践手順で体系化した。読めばそのまま非常用照明の仕様書兼、設置工事の指示書として使える。
1.非常用照明の基礎設計——「明るさ+演色性+色味」で見やすさを作る
1-1.演色性(色の再現度)を理解する
非常時は血色・配線色・避難標識色など色の区別が命綱になる。演色性はRa(アールエー)という総合指標で表され、数字が大きいほど本来の色に近く見える。目安はRa80以上、読み書きや応急手当を想定する場所はRa90前後が安心。またR9(赤の再現性)が高いと皮膚や血の色が判断しやすい。階段・通路=Ra80/手当スペース=Ra90+R9重視と覚える。
1-2.光の色味(相関色温度)と体感
電球色(約2700〜3000K)は落ち着くが、色の見分けはやや鈍くなる。昼白色(約4000〜5000K)は視認性・作業性・肌の見えのバランスがよい。昼光色(約6500K)は純白でコントラストが出やすいが、霧・煙・反射でまぶしさが増すことがある。実務の定石は、避難動線=4000K前後、手元作業=3500〜4500K。寝室周りは眩しさ回避のため3500〜4000Kが無難。
1-3.明るさ(照度)と配光の考え方
通路・階段は足元の段差が見えることが最優先。足元で10〜30lx、踊り場・分岐点は30lx以上を狙う。広い部屋は作業面で50lx以上を確保。まぶしさを避けるには拡散カバー・壁面反射・間接照明を使い、視線方向へ直接光源を向けない。
用途別の推奨目安
場所 | 演色性(Ra) | 色味(K) | 足元照度 | ポイント |
---|---|---|---|---|
住まいの廊下・階段 | ≥80 | 3500–4500 | 10–30lx | 目線より上から面で照らす |
玄関・屋外通路 | ≥80 | 4000–5000 | 20–50lx | 雨・防塵と寒さに強い機種 |
LDK・会議室 | ≥80(応急手当想定で90) | 3500–4500 | 30–100lx | 机面のムラを減らす |
洗面・医療ケア | ≥90 | 3500–4000 | 50–100lx | 肌色判断を優先 |
簡易計算のコツ:必要光束→台数
目安として照度(lx)=光束(lm)÷面積(m²)。例えば12m²の廊下に20lxなら必要光束=240lm。器具1台150lmなら2台で届く。拡散や汚れで実効は落ちるため**+20〜30%**を上乗せすると余裕が生まれる。
2.機器の選び方——内蔵電池・蓄電池・ソーラーの使い分け
2-1.電源方式の比較
方式 | 長所 | 注意点 | 向く場所 |
---|---|---|---|
内蔵電池一体型(壁直付け) | 施工が簡単・停電で自動点灯 | 電池寿命・容量が限られる | 廊下・個室・倉庫 |
蓄電池+照明分離型 | 長時間点灯・複数灯を一括供給 | 機器サイズ・配線設計が必要 | LDK・会議室・共用部 |
ソーラー+蓄電(独立) | 停電が長引いても自立 | 屋外条件に左右・冬は弱い | 玄関外・屋外通路 |
2-2.点灯時間・バッテリー計画と交換周期
非常用は30分〜3時間以上持続が実用的。集合住宅の共用部や夜間避難を想定するなら1〜3時間を選ぶ。内蔵電池の交換目安は3〜7年、蓄電池は5〜10年が一つの指標。バッテリー計画は必要電力(W)×時間(h)=必要容量(Wh)で概算。例:合計6W×3h=18Wh。余裕として×1.3〜1.5を見込む。
2-3.器具の形・配光の合う/合わない
- 面発光(パネル):ムラが少なく通路の均一性に強い。低い天井でも眩光が出にくい。
- スポット(小型):ピンポイントに明るいがまぶしさが出やすい。壁面反射でやわらげるか高め位置に設置。
- 足元灯・建築化照明:眩光が少なく影が出にくい。段差識別に有効。煙が発生した場合も低い位置に光があると見やすい。
点灯時間の設計例(目安)
運用シーン | 灯数×出力 | バッテリー実効容量 | 予想持ち時間 | 備考 |
---|---|---|---|---|
30分運用(最小限避難) | 2灯×3W | 10Wh | 約90分 | 余裕を持たせて劣化に備える |
1時間運用(室内待機) | 3灯×4W | 25Wh | 約2h | 部屋+通路の最低確保 |
3時間運用(停電長引く) | 4灯×5W | 60Wh | 約3h | 共有部や高齢者宅向け |
3.配置計画——「距離・高さ・向き」で迷わない動線を作る
3-1.取り付け高さの基本
通路灯の取り付け中心は床から1.8〜2.2mを目安。目線より少し上で眩光を避け、足元に光を落とす。足元灯は床から30〜50cm、階段は蹴込み板沿いに設置すると影が出にくい。寝室はまぶしさ回避のため器具をベッドの足側・視線外に置く。
3-2.灯間距離と“連続性”の設計
廊下は2.5〜4.0mピッチ、階段は1フロア2灯(上がりきり+中央)が基準。曲がり角・分岐・段差はピッチを短く。光の連続性が切れると暗順応→明順応の繰り返しで疲れるため、均一な明るさ勾配を意識する。
3-3.避難サイン・障害物との連携
避難方向サインと照明の向きをそろえ、床の段鼻テープ・滑り止めのコントラストを活かす。鏡・ガラスで反射し進行方向が誤認される場合は、器具角度を2〜5°調整して反射を外す。
設置早見表(住宅の例)
場所 | 取り付け高さ | 灯間距離 | 重点ポイント |
---|---|---|---|
玄関→廊下 | 1.8–2.2m | 3m前後 | 曲がり角・物置扉の近く |
階段 | 1.8–2.2m(足元灯30–50cm併用) | 上・中の2灯 | 踊り場の足元明るさ |
LDK | 2.2m前後(面発光) | 2〜4灯で分散 | 作業台・机面のムラ低減 |
寝室 | 1.8–2.0m(足元灯併用) | 2〜3m | ベッド周りのまぶしさ制御 |
間取り別・注意すべき“死角”
間取り | 死角が出やすい場所 | 処方 |
---|---|---|
細長い廊下 | 中間の曲がり角 | 角の手前後に1灯追加 |
吹き抜け階段 | 踊り場の足元 | 足元灯+壁面反射で補光 |
LDK一体 | 食器棚の陰 | 天井+足元の二層で照らす |
4.まぶしさ・見間違いを防ぐ“仕上げ”——拡散・遮光・色の工夫
4-1.眩光(ギラつき)対策
拡散カバー・乳白カバーで発光面を広げ、視線方向に直接光源が見えないよう器具の向きを調整。金属光沢の家具・ガラスの反射は一歩引いて確認し、角度を微調整する。高照度=安全ではなく、低眩光=安全の場面も多い。
4-2.壁・床の色と反射の活用
白〜明るいグレーの壁面は光をよく回す。黒系の床は足元が暗く見えやすいため、段鼻テープや明るめのマットで補う。赤・緑の表示は色味の再現が重要なのでRaの高い器具を優先。色覚多様性に配慮し、矢印形状・ピクトも併用する。
4-3.手元作業エリア/煙対策の工夫
応急手当・配線確認を行う場所は、可搬式ライトを常備し、机面で100lx前後を確保。影の向きを見て左右2方向から当てると見やすい。煙は上部にたまるため、低い位置の足元灯が避難時に有効。コンセント高さ=床から25〜30cmの付近に低輝度の誘導灯を計画すると安心。
5.点検・運用・Q&A・用語——「点く・続く・見える」を維持する
5-1.点検の型(月次・季節・年次)と貼り出し用シート
- 月次:点灯試験(1分)、充電・電池ランプ、汚れ拭き、遮蔽物の確認。月初に家族で声かけして実施。
- 季節:結露・湿気が出る場所の端子チェック、屋外機のパッキン確認、ソーラーパネルの清掃。
- 年次:満充電→実点灯試験で持ち時間を記録し、電池交換計画を更新。製造年月を本体側面に記入。
点検記録シート(例)
月 | 点灯 | 充電表示 | 清掃 | 障害物 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1月 | ○/× | ○/× | ○/× | ○/× | |
2月 | ○/× | ○/× | ○/× | ○/× | |
3月 | ○/× | ○/× | ○/× | ○/× | |
… |
5-2.よくあるQ&A(実務に効く要点)
Q:明るさは十分なのに色が見分けにくい。
A:演色性が低い可能性。Ra80→90相当に切り替えるか、色味を4000K前後へ。表示板の退色も点検。
Q:階段でまぶしくて足元が見づらい。
A:発光面を大きく、器具高さを上げ、足元灯を併用。真下照射より壁面反射を使うと改善。
Q:停電が長引く時の運用は?
A:可搬式ライトに切替え、避難動線の常時点灯を優先。人のいない部屋はこまめに消灯して持ち時間を延ばす。
Q:スマホで照度をざっくり測れますか?
A:白紙を小さな拡散板にして机上で測定→アプリ値の相対比較で十分。点検は同じ位置・同じ角度で毎月実施。
Q:子ども・高齢者に配慮したい。
A:低い位置の足元灯を増やし、寝室は3500〜4000K、まぶしさの少ない拡散タイプを選ぶ。段差テープのコントラストを上げる。
5-3.用語辞典(平易な言い換え)
演色性(Ra):本来の色にどれだけ近く見えるかの指標。大きいほど色が正確。
R9:赤の見えやすさの指標。肌色や血の判断に影響。
相関色温度(K):光の色味。数値が低いほど暖かく、高いほど白っぽい。
照度(lx)/光束(lm):明るさの量/光の量。目安はlx=lm÷面積。
眩光:まぶしさで見づらくなること。低眩光の器具が歩行安全に効く。
配光:光の広がり方。面で広く、点で狭い。
足元灯:床近くを照らす小さな灯り。段差識別に役立つ。
維持率:汚れや経年で明るさが落ちる割合。余裕を見込むとブレが減る。
まとめ
非常用照明は、明るさを足すだけの“予備灯”ではない。演色性(Ra)とR9を確保し、色味(K)を整え、眩光を抑えた配置が、転倒・見間違い・迷走を減らす。今日、廊下・階段・玄関のRaとKの見直し→灯間距離の再計算→点検シートの設置から始め、**必要光束の簡易計算(lx=lm÷m²)**で不足を洗い出そう。