停電・断水・物流遅延のなかでも体力を落とさず動ける食事は作れます。鍵は、非常食を主食(エネルギー)/主菜(たんぱく質)/副菜(ビタミン・ミネラル・食物繊維)でそろえ、水・火・時間の制約に合わせて調理負担を最小化すること。
本ガイドは3日/7日/14日の備蓄設計、家族構成別の必要量、アレルギー・持病・年齢差への配慮、ローリングストック運用、具体献立と台所オペレーションまでを一気通貫でまとめました。収納設計、費用の目安、味の工夫、衛生管理も実務レベルで解説します。
要点先取り(まずここだけ)
- 主食:主菜:副菜=3:2:1の比率で箱に区分すると欠品・偏りが出にくい。
- 1人1日目安:エネルギー2,000±400kcal/たんぱく質60g前後/食物繊維15g以上/水2〜3L。汗を多くかく日は塩分・電解質を追加。
- “即食3食分”(開封してすぐ食べられる)を最上段に常備。次段は短時間調理、最下段は加熱調理。
- 調理の手間=水と燃料の消費。無洗米・アルファ化米・乾麺・缶詰・レトルトを軸に、**鍋ひとつ(ワンポット)**で完結させる。
- 期限は“月”で貼る→月末に使って同数補充。家族が見ても分かる大きい文字のラベルが基本。
- 収納は“箱+台帳+役割”で運用。台所・寝室・持ち出し袋に分散し、一か所消失に備える。
1.非常食の栄養設計:主食・主菜・副菜と基準値
1-1.主食(エネルギー源)
- 役割:活動の燃料。ごはん・パン・麺・芋。疲労時ほど安定供給が大切。
- 候補:アルファ化米、無洗米、もち、乾麺(うどん・そば・パスタ)、クラッカー、乾パン、オートミール。
- コツ:水量の明記と戻し・ゆで時間で棚を分ける。粉物は湿気対策(乾燥剤・密閉容器)。
1-2.主菜(たんぱく質・鉄・亜鉛)
- 役割:筋肉・免疫・回復の材料。
- 候補:魚缶(さば・いわし・鮭)/鶏肉缶/ツナ/焼き鳥缶/高野豆腐/大豆ミート/レトルト豆/卵粉末。
- コツ:油漬け缶は高エネルギー、水煮は味付け自由。歯の弱い人向けにやわらか食も用意。
1-3.副菜(ビタミン・ミネラル・食物繊維)
- 役割:代謝・整腸・疲労低減。汗で失われるカリウム・マグネシウムも補給。
- 候補:カットわかめ、乾燥野菜ミックス、野菜ジュース、レトルト野菜スープ、青菜粉末、切干大根、乾しいたけ、ドライフルーツ。
- コツ:汁物1品で水分+ミネラルを同時確保。海藻・乾物は薄味でも満足度が高い。
1-4.簡易“基準値”早見表(大人)
項目 | 1日目安 | 補足 |
---|---|---|
エネルギー | 1,600〜2,400kcal | 体格・活動で調整 |
たんぱく質 | 50〜70g | 缶詰+豆+高野豆腐で安定 |
食塩 | 6〜10g | 汗量で増減、むくみ注意 |
水 | 2〜3L | 飲用2L+調理0.5〜2L |
食物繊維 | 15g以上 | 乾物と豆で確保 |
2.3日・7日・14日の数量設計と箱分け
2-1.人数×日数の基本式
- 主食:1人1日主食換算3食(ごはん茶碗3杯相当)。
- 主菜:1人1日たんぱく質60g前後(魚缶・肉缶・豆の組み合わせ)。
- 副菜:1人1日野菜200〜300g目安(レトルト・乾物・ジュース換算)。
2-2.モデル在庫(大人2・小学生1の3人家族)
期間 | 主食例 | 主菜例 | 副菜例 | 補助 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
3日分 | アルファ化米9食、無洗米1kg、クラッカー1箱 | さば缶6、ツナ缶3、豆レトルト3 | 乾燥野菜2袋、レトルトスープ6、野菜ジュース6 | 味噌汁粉末、ふりかけ、塩、油、梅干し | 水 18〜27L(飲用+調理) |
7日分 | アルファ化米15食、無洗米2kg、オートミール1袋 | さば缶10、ツナ缶7、鶏むね缶6、豆レトルト7、高野豆腐1袋 | 乾燥野菜4袋、野菜ジュース14、海藻各種 | マルチビタミン、電解質粉、砂糖、蜂蜜 | 水 42〜63L |
14日分 | 無洗米5kg、アルファ化米20食、乾麺6束 | 魚缶20、鶏缶10、豆レトルト10、高野豆腐2袋 | 乾燥野菜8袋、野菜ジュース28、切干・海藻 | 油2本、粉末だし、香辛料、黒糖 | 水 84〜126L |
2-3.箱分け(三層+側面ポケット)
- 上段:即食ゾーン…開けてすぐ食べられる(クラッカー、レトルト粥、ツナ缶、野菜ジュース、ゼリー)。
- 中段:短時間調理ゾーン…アルファ化米、レトルト丼、乾燥スープ、春雨。
- 下段:加熱調理ゾーン…無洗米、乾麺、高野豆腐、雑穀。
- 側面ポケット…使い切り塩・砂糖・油・粉末だし・スプーン・割りばし・紙皿・手袋・ラップ・アルミホイル。
2-4.家族構成別の概算(例:大人2+高齢1+幼児1=4人)
- 主食:1日12食換算(ごはん12杯相当)×7日=84食。
- 主菜:たんぱく質合計約240g/日×7日=1,680gを、魚・肉・豆で配分。
- 副菜:野菜約1kg/日をレトルト・乾物・ジュースで確保。
3.火・水・時間の制約別メニューと調理法
3-1.水・火なし(初動24時間)
- 主食:レトルト粥/クラッカー/乾パン。
- 主菜:ツナ缶・鶏むね缶・豆パウチ。
- 副菜:野菜ジュース・ドライフルーツ・乾燥わかめの水戻し。
- 工夫:開封→即食→食器最小。体調不良者にはゼリー飲料と湯を使わない味噌汁粉。
3-2.水あり・火なし
- 主食:アルファ化米を水戻し(時間は長めでも燃料ゼロ)。
- 主菜:さば水煮+粉末味噌+水で即席汁。
- 副菜:乾燥わかめ+水戻し+缶汁で和え物。
- 小技:保温袋に入れて戻し時間短縮。缶汁は捨てず調味へ転用。
3-3.水・火あり(炊事可能)
- 主食:無洗米+固形燃料で湯取り式。乾麺はワンポットでゆでる。
- 主菜:高野豆腐+ツナで煮含め、鶏缶で親子風煮。
- 副菜:乾燥野菜と油揚げで味噌汁、切干大根で即席煮。
- 燃料節約:鍋をタオルで包む保温調理、沸騰後は弱火、ふた厳守。
3-4.季節・環境別の配慮
- 猛暑:電解質粉+水、冷たい水戻しごはん、塩分を梅干し・塩昆布で。
- 寒冷期:温かい汁物を1食に必ず、油漬け缶でエネルギー確保。
- 粉じん多い環境:食品は密閉、開封後はすぐ食べ切り。
4.年齢・体調・制限食への対応
4-1.乳幼児・高齢者
- やわらか食:レトルト粥、豆腐ハンバーグ缶、スープ。
- 小分け:小容量パウチで衛生と食べ残し防止。
- 水分:ゼリー飲料・経口補水粉。むせに注意しとろみを活用。
4-2.アレルギー・食事制限
- 特定原材料を箱の外側にも大きく表示。代替表を用意。
- 低塩・低カリウムが必要な人はだし・香辛料で味を補い、汁は量を調整。
- 小麦を控える場合は米・米麺・春雨・雑穀を主力に。
4-3.妊娠・授乳・重労働者
- 妊娠・授乳:鉄・葉酸・たんぱく質を増やす(魚缶+豆+海藻)。
- 重労働者:油漬け缶・ナッツ・羊羹・黒糖で即エネルギー補給。
4-4.代替早見表(抜けを埋める置き換え)
不足・避けたい | 代替の例 | ねらい |
---|---|---|
小麦を避ける | 米・米麺・春雨 | 主食の継続 |
動物性を減らす | 豆・高野豆腐・大豆ミート | たんぱく質維持 |
野菜が不足 | 乾燥野菜・海藻・ジュース | ミネラル確保 |
塩分を控える | だし・香辛料 | 満足度維持 |
5.ローリングストックと台所オペレーション
5-1.入替ルール(台帳の作り方)
項目 | 記載例 |
---|---|
食品名 | さば水煮缶 190g |
賞味期限 | 2027-03 |
在庫数 | 12 |
先入先出 | 2/月消費→月末に2補充 |
保管場所 | 台所・寝室・持ち出し |
5-2.“月1回・10分”の棚卸し手順
1)期限が近い順に前出し。
2)普段の献立に組み込んで消費。
3)食べた分だけ補充(箱単位で購入)。
4)台帳更新→箱前面の期限ラベル張り替え。
5-3.水・燃料・道具の紐づけ
- 水:飲用+調理で1人1日3〜5L想定。ペットボトルは大小混在で運搬を容易に。
- 燃料:固形燃料・カセットガス(屋内は換気・警報機・離隔)。火災警報器と消火具もセット。
- 道具:小鍋・飯ごう・折りたたみボウル・計量カップ・はさみ・ラップ・アルミホイル・厚手手袋。
5-4.収納設計(住宅事情に合わせる)
- 高温を避ける(直射日光・熱源近くは不可)。
- 高低分散(床下収納+吊戸棚)で水害・地震の両方に備える。
- 持ち出し袋には即食1日分+水1Lを常備。
5-5.費用の目安(3人×7日)
項目 | 数量 | 概算 |
---|---|---|
主食(米・アルファ化米・乾物) | 30食 | 7,000〜10,000円 |
主菜(魚・肉・豆) | 21〜30品 | 8,000〜12,000円 |
副菜(乾物・汁物) | 21〜30品 | 4,000〜6,000円 |
水・電解質 | 50〜60L | 3,000〜5,000円 |
合計 | 22,000〜33,000円 |
6.具体献立:主食・主菜・副菜で1日を組む
6-1.“水・火なし”の1日例
- 朝:レトルト粥+ツナ+野菜ジュース
- 昼:クラッカー+鶏むね缶+ドライフルーツ
- 夜:オートミール水戻し(缶汁+粉末スープ)+さば缶
6-2.“水あり・火なし”の1日例
- 朝:アルファ化米の水戻し+梅干し+青菜粉末スープ
- 昼:春雨サラダ(ツナ・わかめ・缶汁)
- 夜:雑炊(レトルト粥+高野豆腐+粉末だし)
6-3.“水・火あり”の1日例
- 朝:白飯+味噌汁(乾燥野菜)+のり
- 昼:うどんワンポット+さば水煮
- 夜:ごはん+豆カレー(レトルト)+切干大根
6-4.7日間の循環献立(例)
日 | 朝 | 昼 | 夜 |
---|---|---|---|
1 | レトルト粥+鮭缶 | クラッカー+鶏缶 | ごはん+豆カレー+わかめ汁 |
2 | オートミール+果物缶 | うどん+ツナ | ごはん+さば味噌+乾燥野菜汁 |
3 | 白飯+卵粉末スープ | 春雨+豆 | ごはん+焼き鳥缶+切干大根 |
4 | 粥+梅干し+海苔 | 乾パン+いわし缶 | ごはん+高野豆腐煮+味噌汁 |
5 | オートミール+ナッツ | パスタ少量+ツナ | ごはん+鶏缶親子風+青菜汁 |
6 | 粥+ドライフルーツ | そば+豆レトルト | ごはん+鮭缶+野菜スープ |
7 | 白飯+味噌汁 | クラッカー+さば水煮 | ごはん+カレー+サラダ(乾物) |
7.味・衛生・ゴミの最小化(失敗しない実務)
7-1.味の工夫
- ふりかけ・梅干し・缶汁で単調さ回避。香辛料を少量入れると満足度が上がる。
- 油漬け缶の油は炒め油・あえ物に再利用。無駄がない。
7-2.衛生管理
- 手指の清潔・加熱が基本。開封品は速やかに食べ切り。
- 缶切り・はさみは毎回洗浄またはアルコール拭き。
- 夏場は常温放置を避ける。残った食品は小分け密閉→早期消費。
7-3.ゴミ抑制と臭気対策
- 紙皿+ラップで洗い物を減らす。
- 空き缶は水切り、におう物は二重袋、回収日に出しやすい形に。
- 外袋に区分表示(可燃/不燃/資源)で後処理を楽に。
8.主要アイテム比較表(保存性・手間・栄養・用途)
食品群 | 保存性 | 調理手間 | エネルギー(/100g) | たんぱく質(/100g) | 用途・備考 |
---|---|---|---|---|---|
アルファ化米 | ◎ | ◯(湯/水) | 360kcal | 6g | 水でも戻るが時間長め |
無洗米 | ◯ | △(炊飯要) | 360kcal | 6g | 燃料・水が必要 |
クラッカー/乾パン | ◎ | ◎ | 400kcal | 8g | 即食、喉が渇きやすい |
オートミール | ◎ | ◎(水戻し可) | 380kcal | 13g | 甘味・塩味どちらも可 |
乾麺(うどん等) | ◎ | △(ゆで) | 340kcal | 8g | ワンポットで省水 |
もち | ◎ | ◯(焼/煮) | 230kcal | 4g | 少量で高エネルギー |
ツナ缶(油漬) | ◎ | ◎ | 280kcal | 18g | 油も活用可 |
さば水煮缶 | ◎ | ◎ | 200kcal | 20g | 汁は汁物へ |
鶏むね缶 | ◎ | ◎ | 140kcal | 25g | 低脂質・高たんぱく |
高野豆腐 | ◎ | △(戻し) | 520kcal | 50g | 高たんぱく・高脂質 |
レトルト豆 | ◎ | ◎ | 140kcal | 8g | 食物繊維も確保 |
乾燥野菜/わかめ | ◎ | ◯(戻し) | 50kcal | 3g | ミネラル・食物繊維 |
野菜ジュース | ◯ | ◎ | 40kcal | 1g | ビタミン補助 |
ナッツ・種実 | ◎ | ◎ | 600kcal | 15〜20g | 間食・非常時の即補給 |
羊羹・黒糖 | ◎ | ◎ | 300kcal | 1g | 速効エネルギー |
数値は代表値の目安。製品により差があります。
9.アレルギー・宗教・嗜好の整理(運用を止めない工夫)
- 家族の禁止食材を一覧表にして箱ふた裏へ。
- 代替調味(しょうゆ→塩+酢、乳→豆乳など)をメモ。
- 辛味・香りは別添えで後入れ。
Q&A(よくある疑問)
Q1.ごはん派でもパン派でも満足できる?
A. 主食は米+粉物の二刀流が安定。アルファ化米+クラッカー+乾麺を組み合わせましょう。
Q2.子どもが野菜を食べない。
A. 野菜ジュース・乾燥野菜の味噌汁・ドライフルーツで補い、ふりかけでごはんを進めます。
Q3.缶詰ばかりで塩分が心配。
A. 水煮・減塩タイプを混ぜ、汁は量を調整。汗が多い日は電解質粉を活用。
Q4.ガス・電気が止まったら炊けない?
A. 水戻し可の主食(アルファ化米・オートミール)と固形燃料で小鍋調理に切り替えます。
Q5.賞味期限がすぐ切れてしまう。
A. 月末に使い→同数を補充の循環に。期限は“月”で記録し、箱の前面に貼ります。
Q6.たんぱく質が不足しがち。
A. 魚缶+豆+高野豆腐を1日3枠入れると安定します。
Q7.甘い物が欲しくなる。
A. 羊羹・黒糖・干し芋を少量。疲れの回復と気持ちの安定に役立ちます。
Q8.鍋や食器が少ない。
A. 紙皿+ラップ、湯せん調理、ワンポットで洗い物最小に。
Q9.高齢の親が固い物を噛みにくい。
A. 粥・煮物・スープ中心に。魚水煮缶+豆腐+乾燥野菜でやわらか主菜を。
Q10.非常食の味に飽きる。
A. 香辛料・酢・ごま油を一滴。味変で食欲が戻ります。
Q11.水が足りない。
A. 即食中心へ切替。調理は缶汁・レトルト汁を活用し水使用を圧縮。
Q12.便秘がちになる。
A. 乾物・豆・海藻と水分を意識して増やし、温かい汁物を毎食に。
用語辞典(やさしい言い換え)
主食:体の燃料になる食べ物(ごはん・パン・麺・芋)。
主菜:体を作る材料になる食べ物(魚・肉・大豆製品)。
副菜:体の調子を整える食べ物(野菜・海藻・きのこ)。
ローリングストック:普段から食べ、食べた分を補充する備蓄法。
アルファ化米:水や湯で戻して食べられるようにした米。
ワンポット:鍋ひとつで調理する方法。
電解質:汗で失われる塩分など、体の水分調整に必要な成分。
保温調理:加熱後に鍋を布や袋で包み、余熱で火を通す方法。
まとめ:非常食は“足し算”ではなく“組み合わせ”
非常食は個別の品を足していくより、主食・主菜・副菜を1食の形に組むと抜けが出ません。即食→短時間調理→加熱の三層棚で並べ、水・燃料・道具をセットで管理。月1回の棚卸しと家族での試食を習慣にすれば、どんな非常時でも身体が動く食を安定供給できます。備蓄は見える化・小分け・回すの三原則。今日から一箱作るところから始めましょう。