強風や台風の接近時、迷いを減らす最短の道は風速を行動に翻訳することです。数字を見て終わりではなく、体感(歩ける/歩けない)、飛散物(飛ぶ/転がる)、設備(外れる/壊れる)の三本柱に落とし込めば、やることが明確になります。
本ガイドは、平均風速と最大瞬間風速の使い分けを土台に、家庭・職場・移動の判断を表・手順・チェックリストで具体化。準備の順番、ベランダ・庭の撤去優先、車の運用、窓の守り、停電備えまで、風の強さを“いま取るべき行動”へ直結させます。
1.基礎の確認:平均風速と最大瞬間風速、体感のズレ
1-1.平均風速と最大瞬間風速の違い
- 平均風速:一定時間(例:10分)の平均。持続的な押しの強さ。
- 最大瞬間風速:一瞬のピーク。体をあおる突風の強さ。
- 判断の基本:屋外作業や移動の中止判断は瞬間、窓・固定物など持続影響は平均を重視。常に**「平均+瞬間」セット**で見ます。
1-2.体感のズレ:風向・遮蔽・路面で変わる
- 建物の角・ビル風は局所的に1.5倍以上の体感。角を回る瞬間が最も危険。
- 橋・海沿い・谷状地形は風が集中。欄干付近は上から吹き下ろす風でふらつきやすい。
- 雨×風は視界と体温を奪うため、体感を2段階増しで見積もるのが安全。
1-3.家庭の行動は「先手」へ(時間軸で準備)
- 前日(〜24時間前):ベランダの大物撤去、雨戸点検、車の給油。
- 当日朝(〜6時間前):小物の一掃、窓の養生、移動の中止基準を家族で共有。
- 接近直前(〜1時間前):玄関・窓際の再確認、屋外作業終了、屋内退避へ。
風速別・体感と行動の総合早見表(自宅用)
平均/瞬間の目安 | 人の体感 | 飛散物の変化 | 家庭・職場の行動 | 移動・車 |
---|---|---|---|---|
3m/s(瞬間5) | 風を感じる | 紙くずが舞う | 軽い小物をまとめる | 通常 |
5m/s(瞬間8) | 向かい風で歩きにくい | ビニール袋が舞う | ベランダ小物を屋内へ | 自転車は注意 |
10m/s(瞬間15) | 体があおられる | 軽い鉢・洗濯物が飛ぶ | 植木鉢撤去、雨戸点検 | 二輪は控える |
15m/s(瞬間20) | まっすぐ歩きづらい | プランター・屋外椅子が転がる | ベランダ空に、遊具は室内 | 高所・橋を避ける |
20m/s(瞬間30) | 立っていられない | トタン・看板の一部が外れる | 窓養生完了、屋外作業中止 | 車は必要最小限 |
25m/s(瞬間35) | 歩行困難 | 大型看板・脚立が倒れる | 室内退避、停電備え | 走らない判断へ |
30m/s(瞬間40) | 屋外危険 | 屋外構造物に被害 | 室内待機を堅持 | 走行中止 |
瞬間風速が基準を超えやすい場所(角・橋・海沿い)は、表の1段階上で判断。
2.風速を“見える化”する:自宅基準での観察と計り方
2-1.家の周りの観察ポイント(風の通りと影)
- 通り道:直線の路地、建物の角、谷筋、橋上、ビルの間。
- 風の影:壁・植栽・駐車場の奥。待避・合流の安全位置として把握。
- 風向別の危険場所:
- 南風:南向きベランダ・玄関が直撃。
- 北風:北面の窓・勝手口からすきま風が増える。
- 西風:夕方は帰宅動線と重なりやすい。
2-2.簡易計測と体感スケール(器具あり/なし)
- ハンディ風速計:玄関外・ベランダで地上1.5mに。体で風上を向いて計測。
- 体感スケール:
- 木の枝が常に揺れる:約5〜7m/s。
- 旗が常時はためく:約8〜10m/s。
- 電線がうなる・砂埃が舞う:約12〜15m/s。
- 看板がきしむ音:20m/s級を疑う。
- 簡易風向サイン:ビニールひも・紙テープを胸の高さに垂らして風の向きとばたつきを確認。
2-3.平均と瞬間を分けて記録(再現性を高める)
- 1分間の最大値=瞬間、連続10分の平均=平均。
- 時刻・場所・高さ・遮蔽をメモ。翌回も同じ条件で測ると比較が効く。
- 風向の矢印を地図に書き足して、家族と共有。
自宅向け・観察記録シート(例)
時刻 | 場所/高さ | 体感/音 | 風速計(平均/瞬間) | 風向 | 行動 |
---|---|---|---|---|---|
16:00 | 玄関/1.5m | 旗がはためく | 7/12m/s | 南 | ベランダ小物撤収 |
18:30 | ベランダ/1.5m | 砂埃が舞う | 11/18m/s | 南西 | 植木鉢撤去・雨戸 |
21:00 | 駐車場奥/1.5m | 看板きしむ | 16/27m/s | 西 | 室内退避・走行中止 |
測る場所を固定すると、次回以降の判断がぶれません。
3.飛散物の目安:何が飛ぶかで行動を決める
3-1.ベランダ・庭の基準(撤去の順番)
- 道路側へ飛ぶ物→高さがある物→重い物の順で手を付ける。
- 5〜10m/s:洗濯物・軽い鉢・バケツ→屋内へ。
- 10〜15m/s:プランター・折りたたみ椅子→ロープ固定 or 撤去。
- 15m/s超:物干し台・簡易柵→完全撤去。手すりの結束バンドは補助であり、主固定にはしない。
3-2.屋外設備・建材の基準(弱点と補強)
- 波板・トタン:端部の浮きが出やすい→ビス増し締め+端部テープ。
- 看板・旗:支柱の根元が弱点→取り外しまたは巻き取り。
- 脚立・自転車:風下に倒す+鎖固定、壁沿いへ寄せる。
3-3.近隣への配慮(先に守るのは人の通り)
- 通学路・歩道側に面した物を最優先で撤去。
- ゴミ箱の蓋はベルト固定、ペットの小屋は屋内へ。
飛散物別・対策の一覧表(保存版)
物品 | 飛び始めの目安 | すべき対策 | 置き場所 |
---|---|---|---|
洗濯物・軽い鉢 | 5〜8m/s | 屋内退避 | 室内・浴室 |
プランター・折り畳み椅子 | 10〜12m/s | ロープ固定/撤去 | 玄関内 |
物干し台・簡易柵 | 15m/s〜 | 完全撤去 | 室内保管 |
自転車・脚立 | 12〜15m/s | 風下に倒す+鎖 | 壁沿い |
波板・トタン | 20m/s〜 | 端部補強+ビス増し | 事前補修 |
撤去タイムライン(目安)
時間軸 | ベランダ | 庭 | 外周 |
---|---|---|---|
24時間前 | 大物の撤去開始 | 片付け・整理 | 看板・旗の取り外し準備 |
6時間前 | 小物の一掃 | 遊具・テーブルを屋内 | 自転車・脚立を固定 |
1時間前 | 最終見回り | 残りの鉢撤去 | ゴミ箱の蓋固定 |
4.移動と作業の中止基準:歩行・自転車・車・屋外作業
4-1.歩行・自転車(姿勢と通路)
- 10m/s:傘は使わず雨合羽へ。建物沿いを歩く。
- 12〜15m/s:自転車は押し歩きに切替。風上に体を傾けると安定。
- 横断は最短距離、風下側の歩道へ。橋・高所は回避。
4-2.車の運転(区間と停車位置)
- 15m/s:橋・高架は避け、速度を落とし、車間を長めに。
- 20m/s:車体があおられる。必要最小限にとどめ、屋内駐車へ早めに退避。
- 停車の向き:風に正対させるとドアのばたつきが抑えられる。風下ドアの開閉に注意。
4-3.屋外作業・工事(中止ライン)
- 10m/s:脚立作業中止、高所は安全帯でも無理をしない。
- 15m/s:高所作業・看板作業中止、足場は点検のみ。
- 20m/s:屋外作業原則中止、室内作業へ切替。
行動基準のまとめ表(家庭・職場)
風速 | 歩行/自転車 | 車 | 作業 | 家庭 |
---|---|---|---|---|
〜8 | 自転車注意 | 通常 | 軽作業可 | 小物屋内へ |
10〜12 | 自転車控える | 橋・高架を避ける | 脚立中止 | 植木鉢撤去 |
13〜15 | 歩行も建物沿いへ | 速度落とす | 高所作業中止 | ベランダ空に |
16〜20 | 屋外移動最小限 | 走らない判断 | 屋外作業中止 | 窓養生完了 |
20〜 | 原則屋内待機 | 走行中止 | 室内作業のみ | 室内退避 |
中止基準は家族・職場で事前にカード化し、玄関や掲示板に貼ると迷いません。
5.窓・出入口の守り方:養生・二重化・待機場所
5-1.窓の養生(簡易〜強化の優先順位)
- 基本:カーテン閉+飛散防止フィルム(平時施工)。
- 強化:雨戸・シャッター。ない場合は養生テープを**“枠周り”中心**に(米字は破壊防止ではない)。
- 優先順:風上の角部屋→2階以上→大きい窓の順で対応。
5-2.出入口の管理(押し戻しと指挟み対策)
- 風圧でドアがはねるため、内開き側に人を立たせない。
- 段ボール・マットで足元のすき間風を弱め、室温低下を防ぐ。
- 宅配ボックス・表札など、外れやすい付属品は一時撤去。
5-3.室内の待機場所(安全帯を決める)
- 風下側の部屋、窓の少ない中央寄りが安全。
- 停電備え(ライト・モバイル電源・ラジオ)を手の届く範囲に集約。
- 割れた時は窓から離れて足元確認→厚手の靴・手袋で移動。
窓と出入口のチェックリスト
区分 | すること | 完了 |
---|---|---|
窓 | フィルム/雨戸/テープの順で確認 | □ |
ベランダ | 小物撤去・手すり固定 | □ |
玄関 | 風圧の挟み込み対策 | □ |
室内 | ライト・ラジオ・電源を手元に | □ |
Q&A(よくある疑問)
Q1. 平均と瞬間、どちらを重視?
A. 両方。屋外作業や移動の中止は瞬間風速、窓や固定物など持続影響は平均風速を重視。
Q2. 風速計がなくても判断できる?
A. 体感スケール(旗・木・砂埃・看板音)で段階判定は可能。迷えば一段上で行動。
Q3. 養生テープは米字が良い?
A. 枠周りの補強が優先。米字は破片の飛散軽減が目的で、破壊防止ではない。雨戸・フィルムが基本。
Q4. 車はどこに避難させる?
A. 高台・屋内上階・風下の壁沿いが基本。橋の上・樹木直下・看板直下は避ける。
Q5. ベランダは何から片付ける?
A. 道路側へ飛ぶ物→高さがある物→重い物の順。物干し台・パラソル・折り畳み椅子は優先撤去。
Q6. 通勤や登校の判断は?
A. 15m/sを一つのめやすに在宅・時差を検討。20m/sが見込まれるなら原則見合わせ。
Q7. 停電が心配。窓を開けて換気して良い?
A. 風下側の小窓を短時間だけ。風上の大窓は開けない。割れ物から離れて換気。
Q8. 雨どいが外れそう。応急でテープして良い?
A. 高所作業はしない。風が弱いうちに地面から届く範囲で固定、無理は禁物。
用語辞典(やさしい言い換え)
- 平均風速:一定時間のだいたいの強さ。
- 最大瞬間風速:一番強く吹いた一瞬の風。
- 飛散物:風で飛ぶ・転がる物。
- 遮蔽(しゃへい):風よけになる物(壁・林など)。
- ビル風:建物の形で風が速くなる現象。
- 風下(かざしも):風が通り過ぎた側。待機場所に向くことが多い。
まとめ:風速を行動に変える三原則
- 平均+瞬間で段階判定。迷えば一段上で行動。
- 飛散物の目安から片付け順を決め、風が上がる前に完了。
- 歩行・車・作業は中止基準をカード化し共有。——これで、風の数字が具体的な安全行動に変わります。