日本は地震・台風・豪雨・津波・土砂災害・火山噴火と、多様なハザードが重なる国です。発災の瞬間に備えの差が“安全の差”になります。本記事では、リスク把握→事前準備→初動→72時間運用→復旧まで、家庭で実装できる手順を表・チェックリストで具体化し、さらに電力・水・衛生・移動・情報の5軸で運用レベルまで落とし込みます。
自然災害の基礎知識とリスク把握
ハザードを“地図と生活動線”で重ねる
自宅・職場・通学路・実家の位置を、防災ハザードマップと重ねて確認します。津波浸水想定・土砂災害警戒・洪水/内水氾濫・液状化の各レイヤーを見比べ、どの方向へ逃げるか、どこが危ないかを家族で共有します。地図は“眺める”だけでなく、普段使う道に赤ペンで危険印、安全な高所や堅牢建物に星印を付け、徒歩15分の安全圏を描きます。
家の弱点を“構造・設備・収納”で点検
家具固定・ガラス飛散・出入口の確保・ブレーカー位置・止水板/土のうの有無を点検。通路を塞ぐ収納は発災時の転倒・転落を招くため、腰より上に重い物を置かないを徹底します。給湯器・ガス元栓・水道メーターバルブの位置を家族全員が把握し、閉める/開ける手順を実演しておきます。
災害別の主な被害像と一次対策(早見表)
| 災害 | 主なリスク | 初動の焦点 | 家庭での一次対策 |
|---|---|---|---|
| 地震 | 家具転倒・ガラス・火災 | 身を守る/出入口確保 | L字金具固定、飛散防止フィルム、感震ブレーカー |
| 台風/暴風 | 飛来物・停電 | 屋外物撤去/雨戸 | ベランダ片付け、シャッター、窓補強 |
| 豪雨/洪水 | 浸水・感電 | 早期避難/高所移動 | 止水板・土のう、重要物資の上階移動 |
| 土砂災害 | 斜面崩壊 | 斜面から離脱 | 危険斜面を避けた避難計画 |
| 津波 | 急激な浸水 | 即時高台へ | 最寄り高台/ビル階段経路の事前確認 |
| 火山灰 | 火山灰吸入・視界不良 | 屋内退避/マスク/車走行回避 | 目張り・フィルター、ゴーグル準備 |
警戒レベルと“行動トリガー”の作り方
- 平常(レベル0):備蓄・固定・訓練。ハザード図の更新。
- 注意(レベル1-2):ガス・電力満充電、車は満タン、現金1万円札+小銭の補充。
- 警戒(レベル3-4):親族宅・安全拠点へ前日移動を検討。在宅避難か立退避難かを家族チャットで確定。
- 緊急(レベル5):命を守る最優先行動。高台/上階へ即時避難、流域から離脱。
地震対策|事前準備・初動・避難・余震
家具固定・ガラス対策・生活導線の確保
大型家具はL字金具+突っ張り棒の併用、冷蔵庫は耐震ベルト、テレビは転倒防止プレート。窓と鏡に飛散防止フィルムを貼り、寝室は頭上落下物ゼロを原則に。玄関/ベランダのドアは荷物でふさがない配置にします。懐中電灯は枕元/玄関/トイレに固定設置し、ヘルメット・手袋・靴をベッド下へ。
初動マニュアル(10-30-90秒ルール)
- 0〜10秒:姿勢を低く、頭を守る、動かない。 机の下・枕・クッションで頭部保護。
- 10〜30秒:出入口を開けて退路確保。 可能ならガス火を消火。裸足厳禁、スリッパや靴を装着。
- 30〜90秒:火災・ガス臭・水漏れ確認、ブレーカー位置の再認識。 感震ブレーカーがない家は主幹を落とすタイミングを共有。
建物別の注意点と避難判断
- 木造低層:揺れが大きい。屋根瓦・塀の落下に警戒。
- RC/鉄骨中高層:長周期化。エレベーター停止を前提に階段位置を把握。
- タワー型:揺れが長引く。室内収納は扉ロック、家具は低重心に配置。
余震期の行動・連絡・情報
余震で倒壊リスクが上がるため、安全確認が済むまで再立入は最小化。連絡は短文+既読で安否確認を基本にし、定時報告(例:毎正時)を家族で決めます。情報はテレビ/ラジオ/緊急速報/防災無線の複線化で取得。
風水害(台風・豪雨)対策|浸水・暴風への備え
事前48時間のタイムライン運用
- T−48〜24h:排水溝/雨どい清掃、ベランダ片付け、車の燃料満タン。家電の防水/上置き。
- T−24〜6h:止水板・土のう設置、冷凍庫を満たし保冷力UP、洗濯・入浴を前倒し。電池・モバイル電源を満充電。現金・身分証コピー・保険証券控えを防水ポーチへ。
- T−6h〜接近:屋内退避完了。窓は内側から養生、カーテンを閉め飛散時の拡散を抑える。浴槽に生活用水を確保。
浸水深と行動の基準(目安)
| 水深 | 歩行 | 車 | 室内 |
|---|---|---|---|
| くるぶし | 可(慎重) | 危険 | 下階への流入開始。電源は高所へ |
| ひざ | 困難 | 不可 | 家電は上階/棚上へ移動 |
| 腰 | 不可 | 不可 | 上階/高所へ避難、ブレーカーを落とす |
浸水・冠水時のNG行動と代替行動
- 車で横断しない → 深さ不明は引き返す。30cmの流れで車は流されることがあります。
- マンホール上を歩かない → 蓋が外れて吸い込まれる危険。側道・建物沿いを選ぶ。
- 長靴での歩行 → 水が入ると動きにくい。ひざ下レインパンツ+運動靴に切替。
風水害の家庭内チェックポイント(表)
| 場所 | 事前対策 | 発災時の運用 |
|---|---|---|
| 玄関/勝手口 | 止水板・吸水土のう設置 | 濡れ物置き場確保、滑り止め配置 |
| 窓/ベランダ | 飛散防止・雨戸・物撤去 | カーテン閉、窓際に物を置かない |
| 配電盤 | 高所・防水カバー | 感電に注意し漏電遮断器確認 |
| 駐車場 | 砂袋・輪止め | 高台へ事前移動、バッテリー上げ |
断水・停電・衛生の備蓄設計|物資と運用
家族人数×期間で“使い切れる量”を設計
| 期間/人数 | 1人 | 2人 | 4人 |
|---|---|---|---|
| 水(飲用+調理)/日 | 3L | 6L | 12L |
| 主食(kcal/日) | 1800〜2000 | 3600〜4000 | 7200〜8000 |
| トイレ(回/日) | 5〜7 | 10〜14 | 20〜28 |
| 電力(目安Wh/日) | 150〜300 | 300〜500 | 500〜900 |
電力の“型”を作る(家族4人の例)
- 必須:スマホ×4(各8Wh)、LEDランタン×2(各5Wh)、ラジオ(3Wh) → 合計約40Wh/日
- あると安心:小型扇風機(15Wh)、モバイルWi-Fi(10Wh) → +25Wh
- 電源構成例:ポータブル電源300Wh+ソーラーパネル100W(晴天で1日300Wh目安)。昼充電・夜放電で回す。
非電化×電化のハイブリッド運用
調理はカセットコンロ、保温は断熱・毛布、照明はLEDに寄せると電力消費を圧縮。衛生は簡易トイレ・アルコール・歯磨きシートで水使用を抑えます。洗濯は押し洗い+圧縮袋で脱水、入浴はボディシート+部分洗い。
非常持ち出し袋(一次)と在宅備蓄(二次)
- 一次(肩掛け/15分で出る):水500ml×2、行動食、ヘッドライト、モバイル電源、ホイッスル、医薬品、現金、充電ケーブル、個別情報カード、防寒具、軍手。
- 二次(在宅72h):水/食、簡易トイレ50回分、ウェットティッシュ、ポリ袋、ブルーシート、養生テープ、電池、ソーラー、紙皿/ラップ、衛生用品、カセットコンロ。
トイレ運用のミニ設計
- 分別:便器+防臭袋+凝固剤。1回ごと密閉。
- 臭気:重曹/消臭剤を併用。ベランダ保管は直射日光回避。
- 清掃:使い捨て手袋・ペーパー・アルコールで外周を拭く。
家族の避難計画と訓練・情報収集
避難判断と集合計画(平時に決め切る)
避難勧告の区分と地域の避難所を地図で確認。自宅安全なら在宅避難、危険なら避難所/親族宅と条件分岐を事前に決定。集合場所は第1(近場)/第2(遠方)の二段階で設定し、徒歩・自転車・車の代替ルートも描いておく。
連絡プロトコルと役割分担
通信途絶を前提に災害用伝言・家族チャットの定時報告をルール化。持ち出し/施錠/ブレーカー/ガス閉栓/高齢者の介助/ペット搬送など役割を分担し、誰が不在でも回る体制にします。**合流できない場合の“24時間後の最終集合地点”**も決めておく。
訓練の型:月例15分×3メニュー
- 避難導線ウォーク:自宅→避難先まで実踏。危険物・暗所を記録。
- 停電ナイト:1時間の擬似停電で照明配置・動線を検証。
- 持ち出し袋ドリル:取り出し→装着→出発までの所要時間を計測・短縮。
追加シナリオ訓練
- 夜間大雨/停電/子連れの条件付けで再実施。
- 片親のみ在宅、エレベーター停止、道路冠水を想定してロールプレイ。
車中泊避難・ペット同行・重要書類
車中泊避難の安全策
一酸化炭素対策としてアイドリングは控え、換気と就寝時の姿勢変換を徹底。エコノミークラス症候群予防にこまめな水分・足の体操・着圧ソックス。窓は目隠しシェードでプライバシー確保。
ペット同行避難のポイント
キャリー・リード・トイレ砂・フード3〜7日分を個別に。迷子対策(名札/マイクロチップ情報控え)、ワクチン証明のコピーを書類ポーチへ。
防災書類ポーチ(原本/コピー/デジタル)
- 身分証・保険証・通帳/カード控え・保険証券
- 賃貸/持家の契約・保証書、家電の保証/型番
- USBメモリ/クラウドにスキャン一式を保管
復旧期(72時間〜30日)|安全・申請・生活再建
現場安全と片付けの基本
感電・ガス漏れ・瓦礫・ガラス・釘に注意。厚手手袋・長袖長ズボン・ゴーグル・マスクで防護。片付け前に被害写真を各角度から撮影しておくと、申請に有利です。
罹災証明・保険・生活支援
- 罹災証明:自治体へ申請。写真・位置・日時の記録を添える。
- 保険連絡:契約番号・被害状況・写真を整理して連絡。
- 生活支援:物資配布/入浴/充電/相談の拠点を役所サイト・掲示で確認。
心身のケア
睡眠・水分・塩分・温度の4点管理。子どもはスケジュール表を貼り、安心できるルーティンを回復。大人も15分の休息ルールで疲労を溜めない。
付録|家の安全点検テンプレート(抜粋)
| 区分 | 点検項目 | 状態 | 対策期限 |
|---|---|---|---|
| 家具 | 本棚固定/L字金具/ベルト | □未/□済 | / |
| 窓・鏡 | 飛散防止フィルム | □未/□済 | / |
| 設備 | 感震ブレーカー/漏電遮断器 | □未/□済 | / |
| 玄関 | 靴/ライト/ヘルメット配置 | □未/□済 | / |
| 台所 | カセットコンロ/ガス缶本数 | □未/□済 | / |
| 書類 | 身分証・保険・契約の控え | □未/□済 | / |
まとめ|“今日の15分”が明日の安全を変える
今日から始める3ステップ
- ハザードマップに自宅・職場・学校を重ねる。
- 家具3点の固定(本棚・冷蔵庫・テレビ)を今日終わらせる。
- 非常持ち出し袋を15分で仮組みし、玄関に定位置をつくる。
ミニチェックリスト(貼って使える)
- 水1人3L×3〜7日 - [ ] 簡易トイレ50回分/家族
- ヘッドライト人数分 - [ ] モバイル電源+充電ケーブル
- カセットコンロ+ガス - [ ] 常備薬・処方箋コピー
- 防災書類ポーチ - [ ] 現金+小銭
よくある誤解と修正ポイント
「非常食は保存だけ」→日常でローリングして味と量を最適化。
「避難所に行けば安心」→混雑・物資不足に備えた在宅/親族宅の選択肢を持つ。
**「スマホがあれば何とかなる」→**停電で無力。モバイル電源/ソーラーをセットで準備。
行動は最小単位から。 家族の安全は、今日の15分で確実に前進します。


