停電・断水・在宅避難・避難所生活——非常時の暮らしは、「電気・水・暖(冷)・衛生・情報・プライバシー」のいずれかが欠けるところから始まります。キャンプ用品はそもそも、インフラのない自然環境で快適と安全を自力で作るための道具群。だからこそ災害時に代替インフラとして機能し、生活の立て直しを助けます。本稿では、防災の実務目線で優先順位の決め方、アイテムの選び方、安全運用、家族単位の導線設計、メンテ/ローリングまでを、すぐ使える粒度で体系化します。
0. まず決めること|災害別シナリオと優先順位
被災直後は“判断の速さ”が命を守る。 家の状況と外部インフラの断絶度を見て、以下の順で意思決定します。
- 安全確認(ガス臭・電気火災・建物損傷)→ 2) 人の保護(保温/止血)→ 3) 情報取得(ラジオ/スマホ)→ 4) 光/水/トイレの確保→ 5) 食と睡眠の確保→ 6) 翌日以降の計画。
災害別×ライフライン影響と有効ギア
| 災害 | 電気 | 水道 | ガス | 通信 | 有効なキャンプ用品 |
|---|---|---|---|---|---|
| 地震 | ×/△ | ×/△ | ×/△ | △ | LEDランタン、ヘッドライト、カセットコンロ、ポータブル電源、簡易トイレ、寝袋/マット、タープ仕切り |
| 台風・豪雨 | ×/△ | △/× | △ | △ | 防水照明、防水スマホケース、ソーラー充電、ウォーターキャリー、タープ、レインウェア |
| 大雪・寒波 | ×/△ | ○/△ | △ | △ | 高保温寝袋、断熱マット、カイロ、クッカー(温飲料)、ポータブル電源(CPAP等) |
| 停電(広域) | × | ○/△ | ○/△ | △ | 大容量ポータブル電源、USB照明、手回しラジオ、PB給電対応ランタン |
1. 停電に強い「照明・電源」——暗闇とバッテリー不安を断つ
1-1. LEDランタン:一次照明の主役は面光源×長時間
- LED+拡散シェードの面光源は、眩しさが少なく広範囲を均一に照らせます。
- 乾電池式/充電式の二択。入手性の高い単三/単四互換は停電時に強い。充電式はUSB-C/Power Bank給電対応を選ぶと汎用性が高い。
- 吊り/置き/磁石など多ポジションは停電生活での配置替えが容易。
- ロー/ナイトモードを備えるモデルは72時間戦に強い。
照明タイプ比較(目安)
| 製品タイプ | 明るさ(lm) | 連続点灯 | 電源 | 向く場所/作業 | 注意 |
|---|---|---|---|---|---|
| LEDランタン(面) | 200–800 | 8–120h | 乾電池/充電 | 居室・避難所全般 | 低照度モードで電池節約 |
| スティックライト | 100–300 | 6–30h | 充電 | 廊下・トイレ・手元 | 磁石付は配線不要で便利 |
| ヘッドライト | 100–600 | 4–60h | 乾電池/充電 | 作業・移動・夜間点検 | 両手フリー=安全↑、赤色灯で眩惑抑制 |
小技:白いペットボトルやジップ袋に光を向けると拡散灯に。タープ天井の中央は眩しすぎるので端オフセットで吊るすと快適。
1-2. ポータブル電源:必需デバイスの“稼働時間”を買う
- 出力(W)はスマホ/PC/小型家電の合算に20–30%の余裕を。
- 容量(Wh)の目安:
- スマホ 1台/日 ≈ 10–15Wh、Wi‑Fi ≈ 8–10Wh、ノートPC ≈ 40–60Wh
- 300–500Wh:在宅1–2日の安心ライン/1,000Wh超:家族・CPAP・小型家電に現実的
- 必須機能:USB-PD 60W以上、純正弦波AC、パススルー充電、LED表示の残量%。
- 充電手段の冗長化:商用電源+ソーラーパネル(100W級)+車載12Vの3系統。パネルは日射に直角+南面、角度は緯度±季節補正で。
ざっくり電力設計(例)
| 機器 | 消費 | 時間/日 | 1日の必要量 |
|---|---|---|---|
| スマホ×2 | 12Wh | 1回 | 24Wh |
| ルーター | 8Wh | 8h | 64Wh |
| LED照明 | 5Wh | 6h | 30Wh |
| 合計(例) | 118Wh → 300Whで2日弱 |
1-3. 電池・充電小物と安全
- エネループ等Ni‑MHは自己放電が少なく非常用に向く。電池→USB化のアダプタも有効。
- ケーブルはUSB‑C/Lightning/micro‑USBの3種まとめを家族分。
- 感電・発熱リスク:濡れた手/床での充放電は避け、延長タップは防滴を使用。
2. 火起こし・調理——「温かい一杯」が士気と衛生を守る
2-1. カセットコンロ:都市ガス停止でも5分で湯が沸く
- CB缶(家庭用ボンベ)は入手しやすく、普段使い→ローリング備蓄が最強。耐熱ボード/耐火シートを敷き、換気徹底&可燃物を1m以上離す。
- ボンベは直射日光/車内高温NG、逆さ保管NG、使用期限刻印を確認し古い順に消費。
2-2. 小型バーナー/固形燃料:湯沸かし専用の切り札
- OD缶(登山用)は低温に強く、風防と組み合わせると燃費安定。固形燃料は長期保存・軽量・静音で夜間にも向く。室内は一酸化炭素(CO)リスクに注意し換気・警戒を徹底。
2-3. メスティン/クッカー:お米・麺・缶詰アレンジの万能器
- アルミは熱伝導に優れ短時間で調理完了=燃料節約。蒸し/炊き/煮るが1台で完結。
- 洗い物削減:クッキングシート/アルミ箔の活用、ワンポット運用が基本。
燃料・熱源の比較(目安)
| 燃料 | 入手性 | 低温性 | 保管性 | 騒音 | 主用途 | 注意 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| CB缶 | 高 | 中 | 中 | 低 | 家庭/在宅 | 直射・過熱NG |
| OD缶 | 中 | 高 | 中 | 低 | 屋外/低温 | 専用器具必要 |
| 固形燃料 | 中 | 中 | 高 | 無音 | 湯沸/簡単調理 | 室内換気必須 |
| アルコール | 低〜中 | 中 | 高 | 低 | 予備 | 引火・漏洩注意 |
5分で温まる“非常時レシピ”(燃料節約)
| 料理 | 材料 | 手順/コツ |
|---|---|---|
| しょうが雑炊 | アルファ米/生姜チューブ/だし/塩 | 湯+だし→米→生姜→1–2分保温。体が温まる |
| 缶詰アヒージョ | 鯖缶/オイル/にんにく/唐辛子 | 缶を軽く温め薬味投入。パン/ビスケットと |
| スープパスタ | 早茹でパスタ/スープの素 | 水少量で吸水茹で→粉末スープで仕上げ |
安全距離の目安:火器と可燃物は1m以上、タープ直下はオフセット配置、CO警戒(換気・就寝前完全消火)。
3. 寝具・シェルター——体温・休息・プライバシーを守る
3-1. 寝袋:“快適温度”で選ぶと失敗しない
- 指標は**快適温度(Comfort)**基準。**3シーズン(−5〜+5℃快適)**は多用途。避難所は床冷えが強く、化繊中綿が濡れに強い。
- 子どもは小さめサイズで空気層を減らす。就寝前に糖質+温飲料で入眠を助ける。
3-2. マット:R値で“床からの冷え”を断つ
- 断熱力はR値で比較。R2–3:春秋の体育館床/R4–5:冬の体育館/冷床が目安。銀マット+エアマットの二層で底付き解消。
3-3. タープ/簡易テント:避難所の“自分の部屋”
- 簡易テント/パーテーションは視線遮断=心理的安全。タープは天吊り+養生テープで区切り、**動線(出入口/物資/寝床)**を分離。
- 耳栓・アイマスク・ネックピローは睡眠の質を底上げ。
寝具・シェルター早見表
| アイテム | 目的 | 指標/目安 | コツ |
|---|---|---|---|
| 寝袋 | 体温保持 | 快適温度を基準 | 化繊は濡れに強い |
| マット | 断熱 | R2–5 | 二層化で底付き解消 |
| タープ/テント | 視線対策 | 自立 or 天吊り | 出入口は風下へ |
4. 衛生・防寒・水——“日常感”を取り戻す
4-1. ポータブルトイレ&衛生動線:ニオイと交差汚染を断つ
- 凝固剤+防臭袋で便・尿を個別封緘。回収日付をラベルで明記。
- 手指消毒は入口/退出の二重設置で遵守率UP。清掃は一方向拭きで再汚染を防ぐ。
4-2. 水運用:運ぶ・溜める・きれいにする
- **ウォーターキャリー(10–20L)**で運搬、折タンクで保管。浄水ボトル/タブレットは屋外給水の安心材料。
- 目安は飲用+調理で1人/日 3L。手指/器具はアルコール拭き→最小水の順で節水。
4-3. 体温維持:レイヤリング+カイロ+ブランケット
- ベース(速乾)→ミッド(フリース)→シェル(防風)の三層。末端(首/手首/足首)を温めると効率的。エマージェンシーブランケットは体熱反射で即効性。
衛生・水・防寒の実務表
| カテゴリ | 推奨ギア | 運用のコツ |
|---|---|---|
| トイレ | 凝固剤/防臭袋/簡易便座 | 二重封緘・回収日付ラベル |
| 水 | キャリー/折タンク/浄水ボトル | 3L/人/日を基準に割当 |
| 防寒 | 使い捨てカイロ/ブランケット | 末端温め+防風で効率UP |
5. 情報・連絡と導線設計——“知らない不安”と“迷い”を減らす
5-1. 手回しラジオ&多電源:情報遮断を回避
- 手回し/ソーラー/電池/USBの多電源で冗長化。イヤホン端子は夜間の静音聴取に便利。
- AM/FMに加えワイドFM対応だと都市部で受信安定。
5-2. 防水スマホケース&ホイッスル:個の安全を底上げ
- IPX防水ケースで雨・泥から保護。ホイッスルは声の数倍の到達、LED点滅と併用で夜間視認性↑。
5-3. パッキングと分散配置:“取り出し3秒”が命を守る
- 玄関/寝室/車内の三点分散が基本。**家族役割(照明・水・救急・情報)**を割り振り、点呼→担当が自動起動する仕組みを作る。
- 色分け/ラベル/QRで中身と利用期限を可視化。チェックリストは袋の外に貼る。
非常時コミュニケーション・ツール比較
| ツール | 電源 | 強み | 弱み | 用途 |
|---|---|---|---|---|
| 手回しラジオ | 手回し/電池/USB | 放送情報が即時・信頼性高 | 天候で受信左右 | 広域情報収集 |
| スマホ+モバ電 | 充電 | 地図/連絡/記録が一台完結 | 通信障害に弱い | 個別連絡・位置共有 |
| ホイッスル/LED | 不要/電池 | 低コスト/即応 | 伝達範囲は限定 | 近距離合図・救難 |
6. 家族構成別の実装テンプレ
6-1. 一人暮らし(高層マンション)
- 停電+断水を想定。水は折タンク×2(20L)、照明はヘッドライト+面光源。
- 階段移動を見越し、持ち出し袋は10kg以内、キャリー一体型が便利。
6-2. 乳幼児のいる家庭
- ミルク用の湯(保温ボトル+固形燃料)、おむつ処理袋、簡易ベビーサークル(タープ仕切り)。
- 泣き対策に耳栓・ホワイトノイズアプリ、授乳ケープでプライバシー確保。
6-3. 高齢者/要配慮者
- 段差・暗所の事故対策に足元灯/手すり代わりのポール。トイレは便座高の確保と移動距離最短化。
- 服薬は1週間分をトラベルケース、処方の写しを防水袋へ。
6-4. ペット同伴
- クレート=安心できる“部屋”を優先。水皿はこぼれにくい浅型、ペットシーツは十分量を。
7. 72時間タイムライン(在宅想定)
| 時間 | 優先行動 | 使うキャンプ用品 |
|---|---|---|
| 0–3h | 安全確認・出火/ガス遮断・家族点呼 | ヘッドライト、ホイッスル、ラジオ |
| 3–12h | 水と照明の確保、トイレ導線設計 | ランタン、ウォーターキャリー、簡易トイレ、タープ仕切り |
| 12–24h | 温かい食事、睡眠環境の確保 | カセットコンロ、メスティン、寝袋、マット |
| 24–48h | 充電計画・情報更新・衛生ルーチン化 | ポータブル電源、ソーラーパネル、除菌用品 |
| 48–72h | 消耗品補充・近隣連携・ローリング | チェックリスト、色ラベル、キャリー |
8. 在庫とローリング運用
8-1. 消費量の目安(1人/1日)
- 水:飲用+調理 3L/カイロ:2–4枚/CB缶:0.5–1本(調理内容に依存)
- 電力:100–150Wh(通信+照明中心)
8-2. ローリングの基本
- 普段使い→月1点検→消費→補充。電池は半年に1回容量確認、寝袋は年1回陰干し、バーナーは四半期ごと着火確認。
メンテ・更新表
| アイテム | 点検周期 | 交換/整備 |
|---|---|---|
| 乾電池 | 半年 | 漏液確認・容量チェック |
| ポータブル電源 | 3ヶ月 | 20–80%で保管・FW更新 |
| 寝袋/マット | 季節替わり | 陰干し/バルブ動作確認 |
| CB/OD缶 | 半年 | 期限確認・外観点検 |
9. よくある質問(FAQ)とミス回避
Q. 室内で火器を使っていい? 換気とCOリスク管理が必須。就寝前は完全消火、タープ直下はオフセット配置。
Q. 何から買えばいい? ①ヘッドライト ②面光源ランタン ③カセットコンロ+CB缶 ④簡易トイレ ⑤寝袋/マット の5点セットが“最低限の代替インフラ”。
Q. 電源はどの容量? 個人の通信+照明中心なら300Whで2日前後、家族/医療機器併用は1,000Wh超を検討。
Q. 断水時の清潔は? アルコール拭き→最小限の水洗いの順。歯磨きはうがい最小化+キシリトールガムで代替。
よくあるミスと対策
| ミス | 何が起きる | 対策 |
|---|---|---|
| 明るすぎ運用 | 電池が早く尽きる | ローモード/局所照明に切替 |
| 火器の近接 | 溶損・火災リスク | 1m以上の離隔・耐火シート |
| 床冷え軽視 | 体力低下・不眠 | R値重視+二層マット |
| ラベルなし | 在庫迷子・期限切れ | 色分けとQR/日付ラベル |
10. チェックリスト(印刷推奨)
A. 持ち出し袋(個人)
ヘッドライト/小型ランタン/モバイルバッテリー/マルチ充電ケーブル/ホイッスル/手回しラジオ/カッパ/薄手ダウン/手袋/アルファ米・バー類1〜2日分/固形燃料小缶/軽量クッカー/折りたたみコップ/小分け調味料/500ml水×2/簡易トイレ×3/除菌アルコール/ウェットティッシュ/常備薬・処方写し/救急セット/現金小銭/マスク/耳栓・アイマスク/スペースブランケット/ビニール袋/油性ペン・ガムテープ小巻/身分証写し/緊急連絡カード。
B. 在宅避難(世帯)
LEDランタン×部屋数/乾電池在庫/カセットコンロ+CB缶×(人数×3日)/メスティン・鍋/耐火シート/ウォーターキャリー20L×2/折タンク×2/浄水タブレット/簡易トイレ(人数×7日)/タープ+養生テープ/寝袋人数分/R値2–5のマット/ポータブル電源300–1,000Wh/ソーラーパネル100W〜/延長ケーブル防滴/カラーラベル・QR用紙。
C. 車載キット
ヘッドライト/スティックライト/ブースターケーブル/グラスハンマー/反射ベスト/折畳スコップ/毛布/非常食・水/簡易トイレ/軍手/レインポンチョ/タオル/紙地図。
まとめ:キャンプ道具は“代替インフラ”になる
大切なのは、(1)優先順位の設定 →(2)安全手順 →(3)分散配置 →(4)ローリングの4ステップ。今日できることは、
- 家にあるキャンプ用品を棚卸し、足りない隙間を最小限の追加で埋める。
- 停電シミュレーション30分:夜にブレーカーOFFで動線と照明配置を確認。
- 家族の担当表を作り、寝床にヘッドライト、玄関に持ち出し袋、車内に車載キットを常設。
アウトドアで磨いた“自活力”は、そのまま非常時の生活力です。楽しみながら備え、備えをそのまま楽しめる——それが防災×キャンプ融合のいちばんの価値です。


