まず結論:DIYでできる範囲と、絶対に専門工事へ回す線引き
DIYで効果が出やすい“軽作業”
家具固定・転倒防止・窓ガラスの飛散防止・戸棚ロック・家電の落下抑止・非常時動線の確保は、DIYで即効性がある分野だ。これらは表層の被害を減らすことに特化しており、家の骨組み(構造耐力)には手を触れないのが安全。加えて、寝具の位置替え・通路の確保・非常照明の設置は費用対効果が極めて高い。
専門工事が必須の“骨組み”領域
耐力壁の新設/補強、基礎の補修/増し打ち、壁の筋かい変更、梁・柱の欠損補修、屋根の重量計画変更、増築を伴う間取り変更、土台の交換、接合金物の計画的な増設は構造計算・施工精度が問われる。DIYで安易に着手すると荷重経路の破綻や耐震等級の低下を招くため、専門家の調査→設計→施工が前提になる。
判断の物差し:“見えるリスク”と“見えないリスク”
- 見えるリスク(家具・窓・照明・家電)→ DIYの一次対策で被害を減らせる。
- 見えないリスク(基礎・柱・梁・壁の耐力・接合部・屋根重量)→ 専門工事。
線引きは**「建物本体の強さを変える作業かどうか」**で判断する。強さを変える作業=プロ、動かないようにする・割れないようにする=DIYと覚えると迷わない。
DIY耐震の到達点|家の中を“転ばない・落ちない・割れない”へ
家具固定の基準と優先順位
- L型金具+下地固定:タンス・本棚は**天井・壁の下地(柱/間柱)**に固定。石膏ボードの空打ちは不可。
- ベルト式+滑り止め:背の低い収納や冷蔵庫には面で受ける固定。冷蔵庫は前脚アジャスターで沈み込みを作ると滑りにくい。
- 配置の最適化:寝室・子ども部屋の周辺を無人化(頭上・通路に倒れるものを置かない)。背の高い家具は部屋の角へ寄せる。
開き扉・引き出しのロック
チャイルドロック/マグネットキャッチ/耐震ラッチで飛び出し→足元散乱を防ぐ。食器棚は下重心(重い皿を下段)+耐震マットで滑りを抑える。引き戸には戸車の調整+戸当たりの増設が効く。
ガラス・照明・家電の飛散対策
- 飛散防止フィルム:腰高窓・掃き出し窓・食器棚ガラスに。端部は数mm巻き込み、角は丸めて剥がれを防ぐ。
- ペンダント照明:ワイヤーの二重吊り+落下方向が人のいない場所へ。シーリングライトは落下防止パーツを追加。
- テレビ/電子レンジ/水槽:金具固定+耐震ジェル。テレビは前方向の転倒が多い。水槽は水位8〜9割で余裕を作り滑り止めマットを敷く。
室内動線の確保
ドア前・廊下・階段に物を置かない。非常持出袋・ヘッドライト・靴を寝室ドア外にまとめ、停電でも触れる位置に。玄関収納の扉ロックで散乱→出口封鎖を避ける。寝室の窓際に軍手とスリッパを常備。
部屋別のDIY優先順位(例)
部屋 | 最優先 | 次点 | 補足 |
---|---|---|---|
寝室 | 頭上ゼロ/通路確保 | 窓フィルム | 懐中電灯・笛を枕元に |
台所 | 食器棚ロック | 冷蔵庫固定 | ガス機器の転倒防止 |
居間 | テレビ固定 | 本棚固定 | 窓の飛散対策 |
子ども部屋 | 背の高い家具撤去 | 低い収納へ入替 | 扉ロックの再確認 |
DIY達成度の点検表(室内)
項目 | 基準 | チェック |
---|---|---|
本棚・食器棚固定 | 下地へ金具2点以上 | □済 □未 |
テレビ・家電 | 金具+ジェル | □済 □未 |
窓フィルム | 端部まで貼付 | □済 □未 |
扉ロック | 開戸/引出とも実装 | □済 □未 |
通路確保 | 90cm以上を死守 | □済 □未 |
照明 | 二重吊り/落下防止 | □済 □未 |
専門工事の出番|“構造に触れる”サインを見逃さない
基礎・外壁・土台の危険サイン
- 基礎の斜めクラック(幅0.3mm超)、土台の腐朽・白蟻痕、外壁の連続的なひびは構造の弱りの合図。
- 床の大きなたわみ、建付けの急な悪化(ドアが急に閉まらない/開かない)は沈下・傾きの疑い。ビー玉/水準器で傾きを手早く確認する。
壁量不足・耐力壁の偏り(ねじれ)
間取り変更や開口拡大で壁量が不足した家は、揺れでねじれる(偏心)。簡易壁量計算→詳細解析の順で必要壁量と配置を見直し、面材耐力壁や筋かい+金物で補う必要がある。**直下率(上下階の壁の重なり)**も要確認。
屋根の重量バランスと経年劣化
重い屋根から軽い屋根へ変えると上部の慣性力が減り耐震上は有利だが、下地・防水・金物の計画が伴う。瓦のズレや棟の破損、雨漏りは構造材の腐朽に直結するため、早期に専門点検へ。
接合部・金物・筋かいの欠損
柱頭・柱脚金物の欠落、筋かいの割れ、釘の仕様不足は地震時に破断しやすい。天井裏や床下の目視では限界があるため、専門家の部分解体調査が有効。
基礎の種類と対処の方向性
基礎タイプ | 傾向 | 対処の方向性 |
---|---|---|
布基礎 | 連続梁だが一体性に課題 | 増し打ち・一体化・地盤確認 |
ベタ基礎 | 面で支える | ひびの幅・長さの管理、止水 |
既存+増築混在 | 継ぎ目で不均一 | 継手補強・段差解消 |
専門点検の優先度表
症状 | 想定リスク | 優先度 |
---|---|---|
斜めクラック0.3mm超 | 基礎せん断・不同沈下 | 最優先 |
土台腐朽・蟻害 | 支持力低下 | 最優先 |
屋根破損・雨漏り | 構造材腐朽 | 高 |
建付け急変 | 傾斜・沈下 | 高 |
外壁微細クラック | 仕上げの問題 | 中 |
“DIYでやってはいけない”作業集|取り返しがつかなくなる前に
壁を抜く・筋かいを外す・大開口を設ける
壁を抜く・筋かいを外す・掃き出し窓を拡幅は、水平力を受ける道を断つ危険作業。構造用合板や耐力壁の設計を伴わない拡張は、倒壊メカニズムを作る。耐力壁の位置替えは設計図と施工管理が必須。
基礎の斫り・アンカーの打ち直し
基礎を削る・穴を開ける行為は鉄筋切断・断面欠損につながる。エポキシ樹脂アンカーやあと施工アンカーは設計と試験成績に基づく施工が前提で、DIYの領域を超える。
梁・柱の欠き込み・配管のための切欠き
梁・柱に溝や穴を安易に開けると断面欠損で耐力低下。配管・配線は補強設計とセットで行う。天井点検口からの無理な配線通しも避ける。
窓を重くする・屋根を重くする
防犯ガラスや瓦の追加など、上部重量の増加は地震力の増大を招く。重量計画の見直しが必要。サンルームや大きな庇の後付けも偏心を招く場合がある。
NG作業のまとめ表
作業 | 何が危険か | 代替案 |
---|---|---|
壁抜き・開口拡大 | 壁量不足・偏心 | 構造設計のうえで耐力壁を再配置 |
基礎斫り・アンカー自施工 | 鉄筋切断・付着不足 | 専門業者の設計施工 |
梁柱切欠き | 断面欠損・座屈 | 経路変更・補強設計併用 |
重い屋根・窓 | 慣性力増大 | 軽量化+下地補修 |
大きな庇・サンルーム | 偏心・増荷重 | 構造検討の上で軽量化案 |
専門工事へ切り替える判断軸|費用・効果・優先順位
3ステップの意思決定
1)診断:現地調査+簡易耐震診断で弱点の見える化。必要に応じ詳細診断へ。
2)設計:補強計画(壁量配分・金物・基礎補修・屋根軽量化)を数値化。工程と居住しながらの可否を確認。
3)施工:住みながら分割工事か短期集中かを選ぶ。粉じん・騒音・養生の計画も書面で合意。
代表的な補強メニューの効果感
補強 | 主な効果 | 住み心地 | 備考 |
---|---|---|---|
面材耐力壁の増設 | 水平力に強くなる | 内装復旧が必要 | 位置計画が命 |
金物補強 | 接合部の耐力向上 | 施工の見える化が容易 | 単体では効果限定 |
基礎一体化/増し打ち | 連続性の向上 | 外構工事あり | 設計検討が必須 |
屋根軽量化 | 上部加速度の低減 | 断熱・遮熱と相性良 | 雨仕舞の設計が鍵 |
床剛性の向上 | 水平変形の抑制 | 体感の改善 | 根太間合板など計画的に |
予算と優先順位の立て方
- 命に直結=最優先:基礎・土台・接合部。
- 被害縮小=第二優先:耐力壁のバランス・床剛性。
- 生活回復=第三優先:屋根・内装・設備。
補助金・減税の適用可否も早めに確認し、最小コストで最大効果の順に並べる。
おおまかな費用の目安(相場イメージ)
項目 | 小規模 | 中規模 | 大規模 |
---|---|---|---|
金物補強 | 数十万円 | 50〜100万円 | 100万円〜 |
面材耐力壁 | 1面 数万円〜 | 10面 100万円前後 | 20面〜 200万円〜 |
基礎補修/一体化 | 数十万円〜 | 100〜200万円 | 200万円〜 |
屋根軽量化 | 80〜150万円 | 150〜250万円 | 250万円〜 |
※物件規模・地域・仕様で大きく変わる目安。 |
工程と暮らしの両立(スケジュール例)
1週目:診断・採寸→2〜3週目:設計・見積→4週目:契約・近隣挨拶→5〜8週目:工事→9週目:検査・引渡し。住みながらの場合は部屋単位で順番に進め、粉じん対策を徹底。
見積比較のチェックポイント
観点 | 確認したいこと |
---|---|
仕様 | 面材の種類・釘ピッチ・金物の品番が明記か |
数量 | 壁面数・金物点数・基礎長さが図と一致か |
養生 | 家具移動・粉じん・騒音の対策が書面化か |
保障 | 工事保証・点検周期・不具合時の連絡先 |
追加 | 想定外発生時の単価・上限の取り決め |
専門家への相談準備セット
- 図面(平面・立面・仕様)、過去の改修履歴、ひび写真(ものさし付き)、床の水平測定。
- **希望順位(命→復旧→快適)**を紙に書き、決裁者を家族で決めておく。
- 雨漏り・結露・害虫など構造劣化の兆候も一緒に伝える。
迷ったときの“応急”と“本復旧”の線引き
応急(いますぐ)
家具固定・飛散防止・通路確保・仮の補修(ブルーシート・止水)。命の確保と延命が目的。構造をいじらない。
本復旧(計画して実施)
耐力壁・基礎・接合部・屋根・床剛性など強さに関わる部位。診断→設計→施工の正式な手順で行う。
応急で終わらせないために
期限と次の工程を紙に書く。写真と記録を残し、保険・補助制度に備える。
Q&A(よくある疑問)
Q1.築古の木造でもDIYで強くできますか?
A.室内被害の低減は可能だが、構造耐力の向上は専門領域。診断→設計→施工の流れが必要。
Q2.耐震等級ってDIYで上げられますか?
A.不可。 等級は設計と検査の結果で決まる。DIYは被害の軽減に寄与するが、等級の変更はできない。
Q3.壁に合板を貼れば耐力壁になりますか?
A.条件付き。 合板の種類・釘ピッチ・柱梁の取り合いが規定を満たして初めて耐力壁になる。設計図が必要。
Q4.屋根だけ軽くすれば十分?
A.偏心が残ると不十分。 壁量バランスと接合部も同時に整えることで全体の挙動が改善する。
Q5.費用を抑えるコツは?
A.弱点集中。家全体を均一にではなく、ねじれの原因部位や劣化の強い面に集中投資する。
Q6.シロアリが心配。耐震と関係ある?
A.大いにある。 土台が傷めば耐力は急落する。防蟻処理と土台補修を優先し、湿気経路も断つ。
Q7.中古購入前に見抜くポイントは?
A.基礎のひび・床の傾き・屋根の劣化・外壁の一体感。改修履歴と増築の有無を確認する。
Q8.マンションにも当てはまる?
A.室内の転倒・飛散対策は同じ。構造部分は管理組合の領域。家具固定・窓フィルム・通路確保を優先。
Q9.どの順で手をつければ?
A.命の危険が高い所(寝室・通路)→割れる物(窓・食器)→重い物(冷蔵庫・テレビ)→専門点検の順。
Q10.雨漏りが少しだけ。放置してよい?
A.不可。 構造材の腐朽→耐力低下へ直結。水の入り口の特定と止水を先に。
用語辞典(やさしい言い換え)
耐力壁(たいりょくかべ):横から押す力に耐える壁。
壁量(へきりょう):必要な耐力壁の“量”。
偏心(へんしん):力の中心と強い所がズレること。ねじれの原因。
筋かい:斜めの材で壁を強くする部材。
金物:柱や梁をつなぐ金属の部品。
基礎一体化:分かれている基礎をつないで一つにすること。
あと施工アンカー:後から基礎に棒を差し込んで固定する工法。
屋根軽量化:屋根材を軽くすることで揺れを減らす工夫。
直下率(ちょっかりつ):上下階で同じ位置に壁や柱がある割合。
まとめ
DIY耐震の本分は、転ばない・落ちない・割れないを実現して命の時間を稼ぐこと。家そのものの強さを変える作業は、診断→設計→施工の専門プロセスへ。線引きを明確にし、室内の即効対策→専門工事の計画の順で進めれば、最小コストで最大の安全に近づける。今日、まず室内5項目の点検から始め、危険サインを1つでも見つけたら専門点検に切り替えよう。