地上より低い場所は、短時間で状況が一変します。地下駐車場・地下街・駅コンコース・半地下の住居や店舗は、雨水・下水の逆流・側溝の洪水が重なると数分で階段が滝、通路が川になります。さらに地下は狭い・暗い・逃げ道が限られるという構造上の弱点が重なり、判断が遅れると被害が拡大します。
本ガイドは、地下特有の水の入り口・あふれ口・逃げ道を見取り図に落とし込み、事前準備→発生直前→発生中→復旧までを、家庭・職場・管理者がそのまま運用できる形で詳述します。合言葉は、**「内は流す、外で止める、上へ逃げる」**です。
地下が危ない理由を見える化:水の入る道・抜ける道
地下の水の三経路(雨・下水・建物内)
- 雨の流入:出入口スロープ・階段・換気口・シャッターの隙間から**表面流(路面水)**が雪崩れ込む。
- 下水の逆流:マンホールや排水桝から下から湧く水(圧力で噴き上がる)。
- 建物内からの漏水:屋上や上階の雨水が配管を伝い、縦配管の継ぎ目や機械室から滴下。
危険が跳ね上がるトリガー(増幅条件)
- アンダーパス側の道路冠水が始まる(周辺の水位が既に高い)。
- 下水管の容量超過(マンホールに渦・泡・音)。
- シャッター前の水位が靴底→くるぶしへ上がる。
- 北風・側面風で水しぶきが換気口に打ち付けられる。
- 長時間の強雨後の短時間豪雨(飽和+追い打ち)。
地下の“赤信号”を早期に掴む
- 階段・スロープの側溝があふれる。
- 排水口から泡や音(ボコボコ)。
- 換気口から風と水しぶき。
→ ひとつでも出たら退避開始。測りに行かない、様子を見ないが鉄則。
地下の水の入り口・抜け道(一覧表)
区分 | 代表箇所 | 兆候 | 先手の一手 |
---|---|---|---|
入り口 | スロープ・階段・出入口 | 路面水が帯状に流入 | 止水板・簡易土のう設置、見張り配置 |
下から | 排水桝・マンホール | 泡・噴き上げ・臭い | 逆止弁の点検、電源を守る |
建物内 | 雨樋・縦配管・機械室 | 滴下・にじみ | バケツ受け・床上げ・漏れ経路の遮断 |
抜け道 | 集水ピット・排水ポンプ | ポンプ音の変化・振動 | 詰まり除去、予備ポンプ準備 |
兆候→残り時間の目安(体感)
兆候 | 危険度 | 想定残り時間 | ただちにやること |
---|---|---|---|
シャッター前くつ底浸水 | 中 | 30〜60分 | 止水板・土のう設置、車の移動開始 |
階段側溝あふれ | 高 | 10〜30分 | 地下閉鎖、上階集合、エレベーター停止 |
マンホールに渦・泡 | 高 | 0〜20分 | 下からの逆流を想定、即退避 |
ピット満水警報 | 最高 | 即時 | 退避完了、電気室遮断(余裕あれば) |
目安は施設や地形で変わります。自施設版の数値を訓練で上書きしましょう。
事前準備:止水・排水・退避の三本柱
止水:入れない工夫(出入口・通気口・隙間)
- 止水板(常設/着脱):出入口・搬入口に位置決めマーク、パッキンの劣化を半期で交換。2分以内で装着できるよう練習。
- 簡易土のう:シャッターの外側に設置。水は外で止め、内側は流すを徹底。逃げ道を塞がない配置にする。
- 隙間封止:敷居の段差・桟にスポンジ帯・ゴム板ですき間止め。落差が大きい場合は木材スペーサで高さ調整。
- 排煙・換気口:目の細かいネット+簡易カバーでゴミ流入を抑制(風量低下に注意)。
排水:ためない・詰まらせない(ピット・ポンプ)
- 集水ピット:落ち葉・泥・髪・ビニールを月1で除去。浮きスイッチ(フロート)は給水試験で動作確認。ポンプ逆止めの向きも確認。
- ポンプ冗長化:並列2台+非常電源。片方停止で即アラーム。ホースは常設ルートで曲げ最少。吸込み口は網カゴで異物ガード。
- 逆止弁:逆流防止弁の固着・ゴミ噛みを点検。半開きは逆流の原因。手での摺動確認まで行う。
- 電源の位置:分電盤・コンセントは床から高い位置へ。延長ケーブルの床置き禁止。
退避:上へ・外へ(最短・安全・明るい)
- 上階への避難階段、地上への導線、避難先(建物中層)を見取り図に明記。暗所に蓄光シール。
- 停電時の誘導灯:電池切れがないか月1点検。懐中電灯は各出入口に常備、ヘッドライトで両手を空ける。
- 掲示:止水板高さ・土のう積み方・上階集合場所を出入口の内外に貼付。
- 合言葉:「内側を開け、外側をせき止め、上へ」。
止水・排水・退避の装備比較
装備 | 役割 | 導入難易度 | 即効性 | 注意点 |
---|---|---|---|---|
止水板 | 入り口で止める | 中〜高 | 高 | 隙間・段差の調整が必要 |
簡易土のう | 水の帯をずらす | 低 | 中 | 逃げ道を塞がない |
落ち葉ネット | ごみ流入抑制 | 低 | 中 | 定期清掃が前提 |
予備ポンプ | 排水の底上げ | 中 | 高 | 電源とホース位置を固定 |
逆止弁 | 逆流防止 | 中 | 高 | 固着・ゴミ噛みを点検 |
ヘッドライト | 誘導・作業 | 低 | 高 | 予備電池を同梱 |
蓄光テープ | 暗所での誘導 | 低 | 中 | 位置を定期確認 |
雨量・水位に応じた行動レベル(例)
レベル | 目安 | 地下の行動 |
---|---|---|
1 | 大雨予報 | 点検・清掃、道具の位置確認 |
2 | 強雨接近 | 止水板・土のう仮置き、車の移動準備 |
3 | 路面に水帯 | 止水板装着、車を中層へ移動開始 |
4 | 側溝あふれ | 地下閉鎖、上階集合、エレベーター停止 |
5 | ピット満水/逆流 | 退避完了、電気室遮断(余裕あれば) |
地域や施設に合わせて自前の基準を作り、掲示しましょう。
発生直前〜発生中:秒で動く判断フロー
60分前:気配を掴んで先に閉じる・上げる
- 止水板装着/簡易土のう設置(出入口・スロープの外側)。
- 車は中層へ移動(地下→2〜4階へ)。満車時は代替地を事前に用意。
- 集水ピットのごみ取り、フロート作動を短時間で確認。
- 見張り配置:入口・スロープ・ピット・分電盤の4点監視。
15分前:水の帯が見えたら退避先へ移動
- 階段の側溝があふれたら即退避開始。
- マンホールの渦・排水口のボコボコ音で下から来ると判断。
- エレベーターは使わない(停止閉じ込め防止)。階段は手すり側一列。
- 改札・店舗は地下入口を閉鎖し、上階誘導の声かけ。
最中:水と電気の分離・命の優先
- 電気室・分電盤に水が達する前に遮断(余裕がある場合のみ)。
- 車両回収はしない。人→記録→物の順。戻らない。
- 誘導灯・懐中電灯で上へ/外へ誘導。段差・滑りに注意。
地下での「やらない→代わりにやる」表
やらないこと | 代わりにやること |
---|---|
水深を測りに行く | 入口から遠い上階へ移動 |
車を取りに戻る | 安全地で待避、あとで保険手続き |
エレベーター使用 | 階段、手すり側で一列移動 |
止水板を内側に置く | 外側に設置、内側は排水を開放 |
片付けを始める | 退避完了後、安全確認してから |
復旧:二次災害を避ける片付け・記録・保全
片付けの前に安全確認
- 感電:配電盤・床コンセント・延長コードが濡れていないか。漏電遮断器の動作確認。
- 有害物:油・洗剤・汚水の混入。手袋・長靴・マスク必須。目の保護にゴーグル。
- 構造:天井裏の漏水、壁内の断熱材の含水。崩落・はがれの危険を確認。
片付けの順番(短時間で成果を出す)
1)記録:水位線・破損箇所を写真(メジャー・時計を入れる)。
2)排水:ポンプ→ホース→外側の低地へ。屋内でエンジンポンプは使わない。
3)泥の除去:少量ずつ袋詰め、滑り防止を徹底。二重袋で運搬。
4)乾燥:送風→除湿。電気は漏電確認後に使用。窓や換気で湿気を逃がす。
5)消毒:床→壁下部。表示を守り薄め液で拭き上げ、水拭きで仕上げ。
よく使う消毒・乾燥の目安(例)
対象 | 目安 | 注意点 |
---|---|---|
床・壁下部 | 台所用漂白剤を水で薄めた液で拭く | 表示のとおりに薄め、肌に触れない |
布製品 | 日光乾燥・洗濯 | 変色に注意、再度洗い直す |
木製家具 | 風通し乾燥→軽拭き | 反り・割れに注意 |
記録と保険・修繕
- 時系列記録(いつ、どこから、どう広がったか)。
- 設備のシリアル・型式を撮影。見積もりは複数社から取得。
- 再発防止:止水板の高さ調整、逆止弁の増設、ポンプ能力の見直し、電源の高所化。
復旧用チェック表(掲示用)
項目 | 実施 | 備考 |
---|---|---|
感電リスクなし | □ | 漏電ブレーカー確認 |
記録撮影済み | □ | 水位線・時刻・設備番号 |
排水完了 | □ | 外側への流路確保 |
泥回収 | □ | 二重袋・重量注意 |
乾燥・消毒 | □ | 換気・再点検日程 |
役割分担と訓練:誰が・何分で・どの順に
3役体制で遅れをなくす
- 止水係:止水板・土のうの設置と隙間管理。段差調整材を携行。
- 排水係:ピット清掃・ポンプ起動、異音監視とホースの折れチェック。
- 退避誘導:階段で上へ、エレベーター前で使用停止の声かけ、高齢者・子ども優先。
タイムライン訓練(年2回・各15分)
- 想定雨量の共有→合図→設置→退避を一気通貫で。2分以内の止水板装着を目標。
- 停電想定で懐中電灯・蓄光表示・声かけ訓練。
- 車は回収しないを徹底(シミュレーションに明記)。
連絡テンプレと掲示物
- 短文:「地下閉鎖→上階集合」「ピット満水→退避」「エレベーター停止」。
- 掲示:出入口の止水高さ、合流点の位置、避難先(中層)、役割表。
役割・連絡の記入式
役割 | 人 | 持ち場 | 合図 |
---|---|---|---|
止水係 | 出入口A/B | 「A完了→B移動」 | |
排水係 | ピット・機械室 | 「ポンプOK/異音あり」 | |
誘導 | 階段・外部導線 | 「上階集合完了」 |
利用場面別の注意:駅・商業施設・半地下住居
地下鉄駅・大型駅
- 改札より上へ。ホーム・連絡通路へ下りない。
- 駅員の指示に従い、地上の高い側へ退避。地下入口は閉鎖。
- 弱者優先で階段移動、エスカレーターは停止して使用。
地下街・商業施設
- シャッター前の止水と店舗前の土のうを先行。
- 地下入口を閉鎖し、上階の避難場所を繰り返し案内。
- 冷凍・冷蔵設備の電源は水位に注意して遮断。
半地下の住居・店舗
- 窓井戸・ドレンの落ち葉除去、逆止弁の設置。
- ベッド・家電は脚上げで床から離す。就寝は上階側へ。
- いざという時の外扉は内からも開く設計に。
Q&A(よくある疑問)
Q1. どのタイミングで地下を閉鎖する?
A. アンダーパス冠水・マンホール渦・シャッター前くるぶしのいずれかで即閉鎖。迷う前に先に閉じる。
Q2. 車は回収できない?
A. 人命優先。地上の中層駐車へ事前移動が現実策。水が見えたら回収しない。
Q3. 止水板が足りない/段差が合わない。
A. 簡易土のうで代用し、隙間を埋める。事後に寸法を見直し、常設/着脱の再設計を。
Q4. ポンプは1台で足りる?
A. 並列2台+非常電源が基本。片方停止で即アラーム、ホースは常設ルートに固定。
Q5. 地下鉄駅ではどう動く?
A. 改札より上へ、ホームへ降りない。駅員の指示に従い、地上の高い側へ退避。
Q6. 半地下の住居は?
A. 窓井戸・ドレンの落ち葉除去、逆止弁設置、内側は流す/外側は止めるを徹底。就寝は上階側へ。
Q7. 止水板の高さはどう決める?
A. 最寄り道路の縁石高+αを基準に、出入口の段差と想定流入量で決定。訓練で漏れやすい隙間を洗い出す。
Q8. 停電したらポンプはどうする?
A. 非常電源に切替。携帯電源は容量と運転時間を把握し、重要箇所優先で使用。
用語辞典(やさしい言い換え)
集水ピット:地下の水を一時ためてポンプでくみ上げる穴。
逆止弁:配管に取り付け、水が逆向きに流れるのを止める部品。
止水板:出入口に立てて水の流入をせき止める板。
フロートスイッチ:水位でポンプの入/切を自動で行う仕組み。
滞水:水がたまって動かない状態。汚れ・臭いの原因。
縦配管:上から下へ水を通す立ち上がりの管。
蓄光:光をためて暗いとき光る素材。
冗長化:同じ役割を二重化して故障に備えること。
まとめ:内は流し、外で止め、上へ逃げる
地下の浸水対策は、入口で止める(止水)・中を流す(排水)・人を上げる(退避)の三本柱。兆候がひとつでも出たら先に閉じる・先に上げるが生き残る近道です。2分で止水板、15分で退避完了を合言葉に、今日から見取り図と役割表を整えましょう。見張り・合図・掲示を平時から回す仕組みにすれば、同じ雨でも被害の差ははっきり出ます。