台風が過ぎた直後は、気が緩む瞬間こそ最も危険である。屋根やベランダの落下物、地盤のぬかるみ、停電復旧時の電気火災、そして見落としがちなガス臭。
本ガイドは、外→建物→設備→生活→近隣の順で点検し、二次被害をゼロに近づけるための実用手順を整理した。初めての人でも迷わないよう、チェック表・判断フローチャート・タイムライン・Q&A・用語辞典まで、そのまま貼って使える形でまとめた。
1.外回りの危険除去|足元・頭上・進入路を安全化
足元:ぬかるみ・冠水・滑り
- 長靴だけに頼らない。深いぬかるみや瓦片混じりの場所では足首を固定できる靴(軽登山靴など)に履き替える。長靴は短距離の冠水路に向く。
- マンホール・側溝のフタが外れていないか杖・棒で事前確認。濁水では穴や段差が見えない。夜間はヘッドライト+反射材で自車・他者からの視認性を確保。
- 散乱したガラス・金属片は厚手手袋・火ばさみで回収し、厚紙で包んで「危険」明記。素手禁止。
- ぬかるみ脱出は歩幅を小さく、足裏全体で接地。片足が抜けないときはかかと→つま先の順でねじると抜けやすい。
安全装備(PPE)基本セット
品目 | 目的 | 備考 |
---|---|---|
厚手手袋 | 破片・金属片対策 | 予備を1組用意 |
ヘッドライト | 夜間の視界確保 | 予備電池・赤点滅で後方警告 |
反射材(腕・脚・バッグ) | 被視認性向上 | 子ども・高齢者に優先配布 |
火ばさみ・ほうき・ちりとり | 破片回収 | 家族で役割分担 |
杖・伸縮ポール | 路面確認 | 冠水時の深さ確認にも有効 |
頭上:看板・瓦・ベランダ物品
- 頭上を見上げてから前進。緩んだ看板・電線・枝に触れない。吹き返し(風向きの反転)が残る時間帯は高所作業をしない。
- ベランダの鉢・物干し・カバーは落下方向(外側)へ倒れていないかを先に確認し、内側に寄せて仮固定。
- 落下物の再落下を防ぐため、共用通路・車の進入路にある物は優先撤去。
進入路:車・自転車の導線確保
- 車の前後5m以内の飛来物・釘を除去。タイヤは目視+手触りで異物を確認。泥水走行後はブレーキの効きをテストし、片側に引かないかを確かめる。
- 自転車はブレーキシューの水切りをしてから走行開始。濡れた金属リムは制動低下。ライト点灯は常時行う。
外回りチェック表
項目 | 確認 | メモ |
---|---|---|
側溝・マンホールの浮き | □ | |
ガラス・金属片の回収 | □ | |
頭上の落下物の有無 | □ | |
車前後5mの清掃 | □ | |
夜間用ライト・反射材の準備 | □ |
2.建物の健全性確認|屋根・外壁・窓・ベランダ
屋根と樋:見る位置と順番
- 地上から双眼鏡・望遠で確認。瓦のずれ・割れ、棟板金の浮き、雨樋の外れ・詰まりを観察。室内の天井シミも合わせて確認する。
- 屋根へは上らない。滑落と隠れた破損が重なると危険。写真記録に留め、専門業者へ相談。応急でブルーシートをかける必要があっても無理はしない。
- 雨樋は地上で届く範囲のみ落葉・泥を除去。縦樋の詰まりは下端から棒で突かない(破損や逆流の原因)。
外壁と窓:ひび・水染み・コーキング
- 外壁のひび・はがれ、サッシまわりのコーキング割れを目視。打痕・欠けは触らず写真。
- 窓は内側の水染み・結露過多を確認。枠の変形があれば開閉を無理にしない。鍵・クレセントの動きも合わせて点検。
- シャッター・雨戸はゆっくり開閉し、異音・引っ掛かりがあれば停止。
ベランダ・バルコニー:排水と転落対策
- 排水口の葉・泥を除去し、受け皿・鉢は室内退避→排水口清掃→元の位置の順で戻す。手すりから30cm以内に高さのある物を置かない。
- 床面のふくらみ・浮きがあれば、防水層の損傷の疑い。踏み込み禁止。
- 避難はしご・避難口の開閉確認を行い、重い物でふさがない。
被害レベル簡易判定(メモ)
サイン | 例 | 目安対応 |
---|---|---|
軽微 | 雨樋の詰まり、小さな欠け | 写真→後日清掃・補修相談 |
中度 | 瓦ずれ、外壁ひび、天井シミ | 写真→専門相談→応急対応検討 |
重度 | 棟板金の脱落、大面積の浸水 | 立入制限→専門業者・保険連絡 |
3.設備と室内の安全確認|電気・ガス・水・室外機
電気:復電時の火災を防ぐ
- ブレーカーは主幹OFFで開始。家電のプラグを抜く→主幹ON→回路を一つずつON。異音・異臭・発熱がないか回路ごとに確認。
- 濡れた家電は乾燥確認まで使用禁止。床上浸水したテーブルタップ・延長コードは廃棄。乾燥が不十分だとトラッキング火災の原因。
- 焦げ臭・煙があれば即OFF→離れて消防へ相談。再投入を繰り返さない。
ガス:臭い・音・メーター表示
- 少しでもガス臭を感じたら、着火源になる操作は一切しない(スイッチ・コンセント・換気扇を含む)。携帯の着信音・静電気にも注意。
- 窓やドアを静かに開けて風を通し、屋外からガス会社へ連絡。在宅者全員の退避を優先。
- メーターの遮断表示や微かなシュー音は漏れのサイン。自力復旧はしない。プロパンも容器・配管の傾き・擦れを目視。
水回り:配管・トイレ・給湯器
- トイレの逆流・臭気を確認。封水切れはコップ一杯の水で回復。タンク上の手洗い蛇口は初流を捨て水にする。
- 給湯器の排気口に飛来物・泥がないか。排気・吸気をふさがない。濁り水が給湯器に入った疑いがある場合は運転停止。
- 浄化槽・排水ポンプは異音・振動を確認。ポンプ室の水没歴があれば専門相談。
室外機と換気:吸排気を塞がない
- エアコン室外機の前後30cmは空ける。泥・葉を取り除き、基礎の傾きを目視。異音・振動があれば停止。
- 換気口・レンジフードの動作音・逆流を確認。雨水が入った可能性があればフィルタ清掃。
設備の安全確認フローチャート(簡易)
ガス臭→操作しない→窓を静かに開放→屋外から連絡→退避
│
├─焦げ臭/煙→主幹OFF→離れる→消防へ連絡
│
└─浸水家電→使用停止→乾燥確認→専門相談
4.生活再開の段取り|清掃・食料管理・ごみ・記録
清掃:乾く順とカビ対策
- 濡れた敷物→家具脚→床の順で水分を取り、風を流す。窓開放+扇風機/サーキュレーターで対角換気。除湿機があれば締切状態で運転し、風→除湿→風の順で回す。
- 紙類・段ボールは早期撤去。畳は持ち上げて風を通し、床下点検口から湿気と臭いを確認。乾かない箇所は写真→専門相談。
- 手袋・長靴の洗浄・乾燥を最後に行い、次の外作業に備えてセットで保管。
食料・水:優先順位と廃棄
- 冷蔵庫は最優先で中身点検。消費期限が近い物から食べる。再冷凍はしない。停電時間が長い場合は中心温度の低下を想定し安全側で判断。
- 給水タンクの口・パッキンを洗い、初回は捨て水。飲用は煮沸を基本にし、濁り・異臭があれば飲用回避。
- 乾物の活用(水戻し・短時間加熱)で燃料節約。使い切り調味料で衛生リスクを下げる。
ごみ:破片・泥・家電
- ガラス・金属片は厚紙や段ボールで包み、「危険」表示。小さな破片は粘着ローラーで回収してから掃除機。
- 浸水したマット・家電は分別指示に従う。無理に解体しない。電池類はショート防止のため端子をテープ養生。
記録:保険・修理・共有
- 破損部位の写真を日付入りで撮影。被害の広さが分かる全景→部分→品番の順で。見積・領収を保管し、発生日・対応履歴をメモ化。
- 近隣チャットで危険箇所・停電状況を共有。デマ拡散防止のため一次情報のみを伝える。
生活再開の優先表
優先 | 項目 | 理由 |
---|---|---|
1 | 電気・ガス・水の安全確認 | 二次災害を防ぐ |
2 | 冷蔵庫・生鮮の処理 | 食中毒を防ぐ |
3 | 破片・泥の除去 | ケガとカビを防ぐ |
4 | 写真と連絡 | 後日の手続きに必要 |
5 | 衛生用品の補充 | 皮膚炎・感染を防ぐ |
初動12時間タイムライン(例)
時刻 | すること | ねらい |
---|---|---|
0〜1時間 | 外回りの落下物除去・進入路確保 | 救急・移動の導線を作る |
1〜3時間 | 建物外観点検・写真記録 | 重大リスクの早期把握 |
3〜6時間 | 設備安全確認(主幹OFF→段階ON) | 二次災害防止 |
6〜9時間 | 冷蔵庫整理・水容器洗浄・捨て水 | 食中毒防止 |
9〜12時間 | 片付け・乾燥・近隣共有 | 生活再開の準備 |
5.近隣・道路・情報の確認|通学路・通勤路・地域連絡
道路:通行止め・冠水・土砂
- 通学路・通勤路の通行止めを確認。冠水箇所や土砂崩れの恐れは回避し、迂回ルートを選定。橋のたもと・カーブ外側は土砂・流木に注意。
- 法面(斜面)の亀裂・湧水は近寄らない。立入禁止。夜間は懐中電灯を下向きにし、足元優先で歩く。
連絡体制:家族・職場・自治体
- 家族の安否連絡の定時・手段を合わせる(朝・夕の2回など)。既読を前提にしないため定時の音声連絡を基準に。
- 職場や学校の再開情報を確認。自己判断での出社・登校は避ける。集合住宅は管理会社・自治会の通達も確認。
情報の扱い:一次情報だけを選ぶ
- 自治体・警察・消防・インフラ会社の発表を基準に。チェーンメッセージは拡散しない。
- 地図アプリの通行止め表示は遅延が出る場合がある。現地表示・警察誘導を優先。
道路・情報チェック表
項目 | 確認 | 備考 |
---|---|---|
通学路・通勤路の安全 | □ | |
冠水・土砂の有無 | □ | |
家族の定時連絡 | □ | |
自治体の最新情報確認 | □ | |
管理会社・自治会の通達確認 | □ |
Q&A|よくある疑問を先回りで解決
Q1.家の中がガス臭い気がする。どうする? スイッチや換気扇を入れない。窓やドアを静かに開け、在宅者全員で屋外へ退避。離れた場所からガス会社へ連絡する。
Q2.停電が復旧、家電はすぐ使っていい? 主幹OFF→家電のプラグ抜き→主幹ON→回路ごとにON。濡れた家電は使用禁止。焦げ臭・異音は即停止。
Q3.屋根の様子を見たい。上ってもいい? 不可。地上から撮影し、専門業者へ相談。滑落の危険が高い。
Q4.室外機が泥だらけ。洗ってもいい? 電源OFF・ブレーカーOFFのうえで前後30cmを清掃。内部に水を掛けない。異音があれば停止。
Q5.飲み水が心配。 給水情報を確認し、煮沸で代替。濁り・異臭があれば飲用を避ける。
Q6.保険の申請はいつまで?何を残す? 契約により異なる。被害直後の写真(全景→部分→品番)と見積・領収を日付入りで保存し、時系列のメモを作る。
Q7.復電後に漏電ブレーカーが落ちる。 回路ごとの切り分けで原因機器を特定し、該当回路は使用停止。専門業者へ相談。
Q8.臭いが下水かガスか分からない。 着火操作はしない。窓開放→屋外退避し、ガス会社と水道局へそれぞれ相談。
Q9.ソーラーパネルが割れている。 触れない・水を掛けない。発電中は感電リスクがある。近づかず専門業者へ。
用語辞典(やさしい言い換え)
吹き返し:台風通過後に反対向きの強い風が戻る現象。
主幹ブレーカー:家全体の電気の元スイッチ。
遮断表示:ガスメーターが安全のため止めている状態の表示。
封水:排水口の水の栓。これが切れると臭いが上がる。
法面:道路や敷地の斜面。崩れやすい。
トラッキング火災:プラグのホコリに湿気が加わり発火する事故。
一次情報:公的機関や管理者が直接発信する情報。
まとめ|順番で守る。外→建物→設備→生活→近隣
台風通過直後は、外回りの危険除去から始め、建物の健全性→設備の安全→生活再開→近隣連絡の順で進めると、抜け漏れが減る。ガス臭は操作前に退避、電気は主幹から段階復旧、屋根は上らず記録に徹する。この順番の型、チェック表、初動12時間タイムラインを家族で共有しておけば、次の災害でも静かに・確実に日常へ戻れる。