停電でも最低限の暮らしを保つには、分電盤に非常用回路(優先回路)を設け、正規電源⇄発電機/蓄電池を安全に切り替える仕組みが要だ。
本稿は家庭向けの計画と運用の基礎を、安全第一の観点から徹底的に整理した。感電・火災・逆潮流の危険があるため、電気工事は必ず有資格者に依頼し、家庭では負荷選定・ラベル管理・運用手順・訓練に専念する方針で解説する。
重要:違法な接続(コンセント逆給電等)禁止。電力会社や他人の設備に危険が及ぶ。以下は計画と運用の知識であり、施工は資格者へ。
1.非常用回路の考え方|どれを生かすか、何を止めるか
1-1.優先負荷の決め方(停電48時間を想定)
- 命・健康:冷蔵庫、通信(充電/ルーター)、照明(1〜2系統)、医療・福祉機器。
- 生活の芯:炊事(電気は最小限。ガス/固形燃料が主)、換気扇、トイレ関連(温水便座は切)。
- 快適の切り捨て:大型エアコン、床暖房、乾燥機、電子レンジ長時間運転などは原則停止。
1-2.回路のグルーピング(部屋単位→用途単位)
- 部屋単位だと無駄が多い。用途単位(冷蔵庫系、通信系、照明系、補助コンセント)で優先回路を設ける。
- 延長コード前提にしない。分電盤側で専用回路を選び、壁内配線を活かす計画に。
1-3.“同時使用電力”の把握
- 家電の定格消費電力(W)と起動時の突入(×1.2〜3倍)を合算し、発電機/蓄電池の出力に合わせて20〜30%の余裕を持たせる。
1-4.季節シナリオ別の優先負荷(例)
- 夏(高温・湿度):冷蔵庫◎、扇風機○、除湿機△(短時間)、冷房×(他手段を検討)。
- 冬(低温):冷蔵庫◎、照明◎、石油/ガス暖房の送風用電源○、電気暖房×。
- 通年(在宅勤務):通信◎、PC○(バッテリー活用)、プリンタ×。
1-5.48時間モデルの電力量概算(家族3人・節電運用)
区分 | 機器 | 1時間あたり目安 | 1日 | 2日合計 |
---|---|---|---|---|
冷蔵 | 冷蔵庫(中型・扉開少) | 50Wh | 1.2kWh | 2.4kWh |
通信 | ルーター/ONU | 15Wh | 0.36kWh | 0.72kWh |
照明 | LED2室(合計20W×5h) | 100Wh | 0.1kWh | 0.2kWh |
充電 | スマホ2台(各10Wh/日) | — | 0.02kWh | 0.04kWh |
換気 | 台所換気(30W×1h) | — | 0.03kWh | 0.06kWh |
合計 | — | — | 1.71kWh | 3.42kWh |
例示。家電・気温・開閉頻度で変動。余力を見て計画する。
1-6.優先/停止の整理表(用途別・再掲)
区分 | 機器 | 目安消費 | 優先度 | 備考 |
---|---|---|---|---|
冷蔵 | 冷蔵庫(中型) | 80〜150W(起動400W) | ◎ | 扉開閉を減らすと節電大 |
通信 | ルーター・ONU | 10〜20W | ◎ | 情報・連絡の命綱 |
照明 | LED 1〜2部屋 | 10〜30W/部屋 | ○ | 作業・安全 |
換気 | 換気扇(台所) | 10〜30W | ○ | 調理・衛生 |
充電 | スマホ/小物 | 5〜20W | ○ | 夜間に集約充電 |
調理 | 電気ケトル | 800〜1200W | △ | 使うなら単発で |
冷暖 | エアコン | 300〜1200W | × | 原則停止(夏/冬は別策) |
2.切替スイッチの種類と選定軸|安全をつくる部品
2-1.切替方式(基本型)
- 手動式(メカニカル):レバーで「商用/切/非常」を選択。構造が単純で信頼性が高い。家庭向けに現実的。
- 電気的連動式:蓄電池や太陽光の据置システムと連動。自動切替も可能だが設計が複雑。
2-2.極数(2P/3P/4P)の考え方
- 単相2線式(100Vのみ)は2P、単相3線式(100/200V混在)は2P×2または3P/4Pで中性線の扱いに注意。方式は必ず有資格者が決定。
2-3.インターロック(誤接続防止)
- 商用と非常が同時に繋がらない構造が必須。逆潮流を確実に防ぐ。
2-4.選定の優先順位表
観点 | 推奨 | 理由 |
---|---|---|
安全 | 商用/非常の機械的排他 | 同時閉路を物理的に防ぐ |
容量 | 発電機/蓄電池の定格+余裕20〜30% | 突入・経年のバッファ |
局所化 | 非常用サブ分電盤 | 優先回路が見える・触る範囲に |
表示 | 大きな位置表示・ランプ | 誰が見ても状態が分かる |
2-5.発電機接続“インレット”の考え方
- 屋外防水型の専用接続口を設けると、窓や扉を開けずに安全接続できる。容量・極数は機器と一致させる。
- ケーブルは屋外用・太さ十分(電流容量と長さで決定)。巻いたまま使用しない(発熱)。
2-6.表示・誤操作防止の工夫
- 矢印+文言(例:商用→切→非常)を日本語で大きく。
- 鍵付きカバーや誤操作防止ピンで、子どもの接触を抑止。
太陽光・蓄電池と併用する場合は電力会社との協議が必要になることがある。
3.設置と配線の注意|家庭でやらない、頼むならここを見る
3-1.家庭で“やってはいけない”こと
- コンセント逆給電(いわゆるデスコード):絶対禁止。感電・火災・配電線の事故の原因。
- 無資格の分電盤開放・結線:法令違反かつ危険。
- 屋外発電機の屋内運転:一酸化炭素中毒のリスク。必ず屋外・風通しの良い場所で運転。
3-2.工事依頼時のチェック項目(見積り時に確認)
- 方式:単相2線/3線、優先回路の本数、切替スイッチの極数。
- 容量:非常回路の合計負荷と突入を踏まえた定格。
- 保護:漏電遮断器/過電流保護の位置。
- 表示:切替位置表示、商用/非常のランプ、ラベル。
- 書類:回路図、試験成績、停電訓練の手順書の提供可否。
3-3.費用の目安(機器+工事)
- 手動切替+サブ分電盤 2〜4回路:8〜20万円程度。
- 太陽光・蓄電池連携(自動切替):**数十万円〜**構成による。
- 発電機接続口(屋外防水型):1〜3万円追加の目安。
3-4.工期と当日の流れ(例)
1)現地調査(30〜60分):方式・容量・配線経路の確認。
2)見積・図面提示:単線結線図、機器仕様。
3)工事(半日〜1日):停電時間の説明あり。
4)試験:絶縁/極性/動作試験。
5)操作説明:切替手順・ラベル貼付。書類一式の受領。
3-5.工事後に受け取る書類セット(重要)
書類 | 内容 | 用途 |
---|---|---|
回路図(単線結線図) | 優先回路・容量・保護機器 | 追加工事/点検の基礎 |
試験記録 | 絶縁/動作/極性試験結果 | 初期不良の証拠 |
操作手順書 | 平常/停電/復電の切替手順 | 家族共有・訓練用 |
機器仕様書 | 切替器・ブレーカーの定格 | 更新時の照合 |
4.運用ルールと訓練|手順が命を守る
4-1.停電時の標準手順(家庭掲示用)
1)発電機/蓄電池の準備(燃料・換気・出力確認)。
2)切替スイッチを“切”へ(商用・非常どちらにも繋がない位置)。
3)発電機始動→電圧安定を確認(メーター/インジケータ)。
4)非常側へ切替。優先回路のブレーカーを順番に上げる(突入回避)。
5)復電確認後:非常→切→商用の順で戻す。発電機は負荷を切ってから停止。
4-2.“人が変わっても運用できる”工夫
- ラベル:分電盤・スイッチ・コンセントを色分け(例:非常=橙)。
- 負荷表:冷蔵庫/通信/照明など回路ごとの家電リストを扉裏に。
- 訓練:年2回、日中と夜間で練習(懐中電灯、順番、声かけ)。
- 代理人ルール:不在時は家族の誰が責任者かを決め、鍵・書類の所在も共有。
4-3.燃料・騒音・排気の管理(発電機運用時)
- 屋外・屋根のある風通し良い場所で使用。排気方向は窓と反対へ。
- 延長コードは屋外用・太さ十分(電圧降下対策)。巻いたまま使わない。
- 燃料は密閉容器・可燃物から離す。給油は停止・冷却後。
- 騒音配慮:近所への説明、防振ゴムの活用。
4-4.停電モード早見表(回路の上げ順・季節別)
順位 | 回路 | 夏の理由 | 冬の理由 |
---|---|---|---|
1 | 通信(ONU/ルーター) | 情報確保・天気確認 | 同左 |
2 | 照明(1系統) | 作業・安全 | 日没が早く必須 |
3 | 冷蔵庫 | 食品保全 | 同左 |
4 | 換気扇 | 調理・湿気対策 | 一酸化炭素対策補助 |
5 | 充電用コンセント | 端末維持 | 同左 |
6 | 一時的な調理機器 | 使う時だけ上げる | 同左 |
4-5.点検スケジュール(家庭運用)
- 毎月:分電盤の目視(異臭・焦げ・緩み)。
- 半年ごと:表示・ラベルの読みやすさ確認、懐中電灯の電池交換。
- 年1回:停電訓練(日中/夜間の両方)。
5.蓄電池・太陽光・発電機の役割分担|“組み合わせ”で強くなる
5-1.携帯電源(ポータブル電源)
- 静音・排気なしで室内可。容量はWhで比較。非常回路に常時接続はしない(過負荷・発熱回避)。
- 冷蔵庫は直接つながないのが基本。どうしても使う場合はメーカー仕様と起動電力を確認し、短時間運用に限定。
5-2.据置蓄電池+太陽光
- 自動切替・自立運転が可能な構成も。設計と申請が必要で、電力会社との連携前提。
- 停電時の出力上限や動かせる回路はシステムごとに異なる。回路表に明記。
5-3.エンジン発電機
- 長時間運転に強い。騒音・排気・燃料保管の課題。屋外専用。
- 燃料消費の目安(参考):1kW級で約0.5〜1.0L/h前後(機種・負荷で変動)。
5-4.方式別の特徴表
方式 | 強み | 注意点 | 向く家庭 |
---|---|---|---|
携帯電源 | 静音・手軽 | 容量小・高出力に不向き | マンション・短時間停電 |
据置蓄電池 | 自動/静音 | 初期費用・設計が複雑 | 在宅勤務・計画停電対策 |
発電機 | 長時間・高出力 | 騒音・排気・燃料管理 | 戸建・長期停電リスク |
5-5.簡易計画メモ(自宅用テンプレ)
非常回路:冷蔵/通信/照明/換気/充電
想定停電:48時間 必要電力量:__kWh
非常電源:蓄電池__Wh/発電機__kW(燃料__L)
上げ順:通信→照明→冷蔵→換気→充電→調理(単発)
担当:A(切替)B(燃料・騒音)C(連絡)
Q&A|疑問と不安を安全目線で解決
Q1.コンセントから家に逆給電すれば早い?
絶対にしない。感電・火災・配電線への逆潮流で大事故の危険。切替スイッチが必須。
Q2.家族だけで分電盤工事はできる?
不可。法令違反と重篤事故の恐れ。資格者への依頼が前提。家庭は負荷選定と運用を担当。
Q3.冷蔵庫と電子レンジは同時に使える?
出力と突入次第。同時使用は避け、レンジ使用時は他回路を一時OFFにする運用が安全。
Q4.太陽光があれば停電でも家全体を賄える?
構成次第。通常は自立運転対応と切替・保護回路が必要。電力会社との手続きも伴う。
Q5.マンションでも非常回路は作れる?
専有部の分電盤内でサブ分電盤化は可能な例がある。管理規約と工事可否を事前確認。
Q6.発電機はどこに置く?
屋外・風通し良好・窓から離れた場所。屋内/車庫内/軒下の密閉空間は不可。排気は人のいない方向へ。
Q7.非常回路に洗濯機を入れても良い?
推奨しない。突入電流が大きく、停電時の水・排水も不確実。
Q8.医療機器(在宅酸素など)は?
主治医と機器メーカーの指示を最優先。必要電力・連続運転の条件を事前に文書で確認。
Q9.発電機の保管燃料はどのくらい?
機種・負荷で変動。長期保管は劣化するため、定期入替と燃料添加剤の指示に従う。
Q10.復電後に家電が一斉起動するのが不安
個別ブレーカーを一段下げておき、順番に上げる。サージ対策タップも補助になる。
用語辞典(やさしい言い換え)
切替スイッチ(トランスファ):商用電源と非常電源を排他的に選ぶためのスイッチ。同時接続を防ぐ仕組み。
逆潮流:家から外の配電線へ電気が逆流すること。作業員の感電・機器破損につながる。
単相2線/3線:家庭の配線方式。100Vのみ/100・200V混在の違い。方式に応じて極数が変わる。
絶縁/極性試験:配線が漏れず(絶縁)、+−の向きが正しい(極性)かを確認する試験。
単線結線図:回路のつながりを一本線で示した図。点検や追加工事の基本資料。
インレット:屋外から安全に電源を取り込む接続口。発電機と家の間の専用コネクタ。
まとめ|“安全の型”を家族で共有すれば停電は怖くない
非常用回路は、何を生かすか(優先負荷)→どう切替えるか(排他・容量)→どう運用するか(順番・ラベル・訓練)の三段で決まる。施工は資格者、家庭は計画と運用に集中。違法接続をしない・屋外で運転・順番を守る——この安全の型を家族で共有すれば、停電下でも暮らしの芯は折れない。印刷できる上げ順カードと非常回路ラベルを分電盤に貼り、年2回の訓練で身体に覚え込ませよう。