停電や通信障害でもつながる導線を保てるかは、家族の安心・意思決定の速さ・仕事の継続を左右します。本稿は、テザリング(スマホを親機化)と予備SIM(二重回線)を核に、設計→設定→運用→節電→連絡体制→訓練までを手順化。
さらに、障害の種類別対処・家族人数別の電力/通信設計・印刷テンプレまで加え、今日すぐ動ける形に磨き込みました。比較表・チェックリスト・Q&A・用語辞典・ケーススタディを収録しています。
1.停電時の通信戦略|全体像を1枚でつかむ
1-1.基本方針:二重化・分散・省電力
- 回線の二重化:主回線が止まっても予備SIMや他社回線へ即切替。
- 分散:家族で異なる会社の回線を持ち、同時ダウンを避ける。
- 省電力:テキスト中心・更新間隔の見直しで、バッテリーとデータ量の消耗を抑える。
1-2.障害の種類別:最初の一手(フローチャート代替)
- 自宅だけ停電:固定回線は使えない前提。親機を窓際→USBテザリングでPC1台へ。
- 地域停電+基地局は生存:2.4GHz固定で壁越し安定、音声/SMS優先。
- 基地局側も障害/輻輳:予備SIMに切替→家の反対側の窓へ移動→データ最小運用。
- 長期化の気配:会議は停止、音声のみ。地図・資料を端末保存して機内+Wi‑Fiへ切替。
1-3.切替の優先順(停電時の行動台本)
1)固定回線が切れたらスマホ→テザリングでPC/タブレットを接続
2)主回線の電波が弱ければ予備SIM装着/eSIM切替
3)長引く気配ならデータ節約モード+動画会議中止→音声通話・文字へ移行
4)家族の担当(親機役/連絡係/電源係)を即時割り当て
1-4.二重化プラン比較(個人・二人世帯の例)
構成 | 月額目安 | 強み | 注意点 |
---|---|---|---|
主回線+低容量の予備eSIM | 〜1,000円台 | 物理交換不要・遠隔切替 | eSIM非対応端末は不可 |
主回線+データ専用物理SIM | 〜1,000円台 | 古い端末でも可 | 差し替えの手間 |
家族で会社を分ける | 0円(見直し) | 同時障害に強い | 管理が複雑 |
モバイルルーター+予備SIM | 〜2,000円台 | 台数が多くても安定 | 端末充電が必要 |
1-5.“準備30分”チェック(平時に一度やる)
- 予備SIMのAPN入力→接続テスト
- テザリングON→PC接続→速度確認(朝/夜の2回)
- SSID/暗号キーを紙に書き、家族に配布
- 連絡順カードを作成(家族→近隣→職場→行政)
2.端末とSIMの設計|停電時でも“物理で勝つ”
2-1.機種と回線の相性(対応バンドの確認)
- 予備SIMは自分の端末で使えるかを事前確認。周波数の対応が合わないと、電波があってもつながりにくい。
- デュアルSIM端末は主/副切替手順を家族で共有し、誤操作しない練習をしておく。
2-2.eSIM/物理SIM/モバイルルーターの使い分け
- eSIM:即時切替が速い。紛失時の再発行や機種変更時の手順を紙にも控える。
- 物理SIM:停電時でも入替で確実。ピンと小袋を持ち出し袋へ固定配置。
- モバイルルーター:親機をスマホから切り離せるので電池配分が楽。充電口とケーブル互換を統一すると故障時に融通が利く。
2-3.APN・テザリング事前テストの型
- 予備SIMを実際に挿して、APN(接続設定)が自動入力されるか確認。手動入力の控えを紙でも保管。
- テザリングON→PC接続→速度確認までを月1回テストし、朝と夜で電波の混雑差を把握。
2-4.SIMの扱いと安全(基本)
- PINロックを設定し、番号は紙で金庫/耐火袋に。
- SIM台紙のQR(eSIM)は印刷し、電子だけにしない。
- SIMの断線・汚れは接触不良の原因。柔らかい布で清掃。
3.テザリング運用の実務|安定・速さ・電池の三立
3-1.接続方式の優先度と同時接続人数
- USBテザリング>Wi‑Fi>Bluetoothの順で安定・速さ・省電力が両立。PC1台ならUSBが第一選択。
- 家族で複数台つなぐ場合はモバイルルーターかスマホのWi‑Fiテザリングを共有。SSIDと暗号キーは短い紙ラベルで配布し、誤入力を減らす。
3-2.親機の置き方と干渉対策(つながりを太くする)
- 親機(スマホ/ルーター)は窓際・高所に置き、人体・金属・水槽から離す。電波は水分と金属に弱い。
- USB延長ケーブルで親機だけ窓際、PCは机のままが定番。家の北側/南側で電波が違う場合があるので最良スポットを決めておく。
3-3.“軽い通信”の作法と安全設定
- 動画・大容量添付は停止、会議は音声のみ。
- メールはテキスト、画像は圧縮、地図は事前保存。SNSは通知を重要だけに。
- テザリングの暗号化(WPA2以上)、見分けやすいが推測されにくいSSID、接続台数の上限を設定して乗っ取り防止。
- MAC共有名の表示を簡略化し、見知らぬ端末の接続履歴を定期削除。
3-4.輻輳(混み合い)時の回避ワザ
- メッセージは短文、送信は間欠。
- 地図の再読み込みを止める(オフライン地図へ)。
- 家の向き・階層を変えるだけで改善する場合がある(階段上やベランダ手前)。
4.電源管理と通信節約|“持たせる”技術をセットで
4-1.親機・子機の電力配分(現実値の目安)
機器 | 消費のめやす | 500Wh電源での持ち時間(概算) | 省電力のコツ |
---|---|---|---|
スマホ(親機) | 3〜6W(テザリング中) | 約46〜92h(DC出力) | 画面輝度低・常時表示OFF |
ルーター | 2〜5W | 約55〜115h | 省電力モード・2.4GHz固定 |
ノートPC | 20〜40W | 約10.6〜21.3h(AC85%効率) | 低電力設定・輝度50% |
小型タブレット | 5〜8W | 約29〜46h | 機内+Wi‑Fiのみ |
※ 実効係数:DC0.92/AC0.85。低温で短くなるため体温近くで保温を。
4-2.家族人数×日数→必要電力量(めやす)
家族構成 | 親機 | 子機 | 想定日数 | 推奨電源容量 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
単身 | 1 | PC1 | 2日 | 300〜500Wh | 音声/文字中心 |
夫婦 | 1〜2 | PC1〜2 | 3日 | 500〜800Wh | 交代で親機運用 |
4人家族 | 2 | PC2+タブ1 | 3〜4日 | 800〜1200Wh | ルーター併用で効率化 |
4-3.データ節約の具体策(即効性の高い順)
1)自動更新・同期をOFF
2)動画の自動再生を止める
3)地図・資料を事前保存
4)画像送信は中サイズに固定
5)SNSは文字中心、通知は重要だけ残す
6)ブラウザの省データ機能をON
4-4.充電計画(AC/車/太陽光の合わせ技)
- AC(家庭用):復電時は親機優先で短時間急速。
- 車:シガー出力でスマホ/ルーターのみ。排気の安全と一酸化炭素に注意。
- 太陽光:小型パネルは昼にモバイルバッテリー→夜に端末の順で回す。
4-5.“朝昼夜”の電源チェック台本(テンプレ)
朝:親機/ルーター残量→低ければ発電機・ソーラーで補充
昼:地図/資料を端末に保存→夕方以降は更新を止める
夜:不要同期OFF→ナイトモード→親機は寝室外で充電
5.連絡運用と訓練|“迷わない順番”で行動する
5-1.優先連絡の順番表(家族・職場・地域)
優先 | 相手 | 手段 | 目標 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 家族グループ | SMS/音声 | 安否・集合場所 | 文字は短く要点だけ |
2 | 近隣・班長 | 音声/短文 | 状況共有・助け合い | 電話は短時間で交代 |
3 | 職場 | メール/音声 | 出欠・業務影響 | 添付なしテキスト |
4 | 行政・ライフライン | 公式サイト | 復旧・避難情報 | 混雑時は後回し |
5-2.デマ回避の基本とテンプレ文例
- 写真や動画は日時・発信元を確認。転送前に3秒停止。
- SMSテンプレ:「今は無事。○時に再連絡。集合は第1○○。」/「通信節約のため通話不可。要件を短文で。」
- 音声通話スクリプト:「安否→位置→次の連絡時刻→切断」の順で1分以内に終える。
5-3.平常時の“仕込み”で9割が決まる
- eSIM追加手順・物理SIM保管場所・APN控えを紙にも残す。
- 家族訓練:月1回、テザリングON→PC接続→5分完了を目標に。
- 持ち出し袋にSIMピン・予備ケーブル・分配アダプタを固定配置。
5-4.在宅勤務の最低限(停電/輻輳時の約束)
- 映像会議は禁止/音声のみ、録音メモで共有。
- メールはテキストで要点のみ、添付は復旧後。
- 連絡時刻帯を決め、回数を減らす。
Q&A|よくある疑問をその場で解決
A-1.基本運用に関する疑問
Q1.固定回線は無停電電源で生かせる?
ONUや宅内機器の電源が守れても局側停電で止まることがある。モバイル回線切替を前提に。
Q2.テザリングが遅い・切れる
USB優先、親機は窓際・高所。周波数を2.4GHz固定にすると壁越しで安定する場合がある。
Q3.家族のスマホを親機にすると電池が尽きる
画面消灯・USB接続・帯域制限で改善。必要に応じモバイルルーターへ役割移管。
A-2.設定・機材に関する疑問
Q4.eSIMと物理SIM、どちらを予備に?
即時切替のeSIM+物理SIMの現物の二段構えが安心。端末の相性次第で選ぶ。
Q5.地図はリアルタイムでなくて大丈夫?
目的地周辺を事前保存すれば圏外でも表示できる。
Q6.公衆Wi‑Fiは使ってよい?
使うならID/パス不要のサイトのみに限定し、重要情報の入力は避ける。テザリング優先が安全。
Q7.予備SIMの有効期限や名義は?
期限・名義の条件を事前確認。長期未使用で無効になるプランもある。
Q8.デュアルSIMは同時待受できる?
端末により片方データ/片方通話など制限がある。切替手順を覚えておく。
用語辞典(やさしい言い換え)
D-1.回線・設定
テザリング:スマホを親機にして他の端末をつなぐ機能。
予備SIM:主回線が止まった時の代替回線。eSIM(内蔵)と物理SIM(カード)がある。
APN:回線へつなぐための接続名と設定。
デュアルSIM:1台に2枚の回線を入れて切替できる端末。
2.4GHz/5GHz:Wi‑Fiの周波数帯。2.4は遠くに届きやすく、5は速いが壁に弱い。
D-2.機能・運用
親機/子機:接続を配る側/受ける側の端末。
省電力モード:電池を長持ちさせる機能の詰め合わせ。
SSID/暗号キー:Wi‑Fiの名前と合言葉。推測されにくくする。
輻輳:通信が混み合って遅くなること。
PINロック:SIMに暗証をかけて悪用を防ぐ。
付録|印刷テンプレと早見表(A4想定)
F-1.APN・テザリング設定チェック表
項目 | 端末A | 端末B | ルーター | メモ |
---|---|---|---|---|
APN名/ID/パス | □ | □ | □ | 自動/手動の別 |
IPv4/IPv6設定 | □ | □ | □ | ping通るか |
テザリング(Wi‑Fi/USB/BT) | □ | □ | □ | 優先はUSB |
速度テスト(低負荷) | □ | □ | □ | 朝/夜で比較 |
F-2.非常時プロファイル(持ち出しカード)
主回線:____ 予備回線:____
APN:____(ID__/PW__)
親機:____(テザリング:USB/ Wi‑Fi)
連絡順:家族→近隣→職場→行政
集合場所:第1____/第2____
F-3.通信量の目安(節約の指標)
行為 | 目安通信量 | 節約の工夫 |
---|---|---|
音声通話10分 | 数MB | 電波が弱い時はSMSに切替 |
メール100通(テキスト) | 数MB | 添付なし・テキストのみ |
画像1枚送信 | 0.2〜1MB | 中サイズに固定 |
音声会議30分 | 20〜40MB | カメラOFF・音声のみ |
F-4.家族別“通信ルール”掲示テンプレ
・動画禁止/音声のみ ・画像は中サイズ ・更新/同期は夜間停止
・親機は窓際高所/USB優先 ・連絡はSMS→音声→メールの順
・朝昼夜の電源チェック実施(担当:__)
ケーススタディ|3つの家庭の実装例
C-1.単身・在宅勤務
- 予備eSIMを端末に追加、月1テスト。
- USBテザリング+ノートPCで音声会議のみ。
- 500Wh電源で2日を回す設計。
C-2.夫婦・共働き
- 回線会社を別々に。
- 親機役を時間で交代、SSID/暗号キーは紙配布。
- 800Wh電源で3日を想定、太陽光で日中補充。
C-3.4人家族・学齢児あり
- 親機2台(スマホ+ルーター)。
- 学習はオフライン教材、連絡はSMS。
- 1200Wh電源で3〜4日、地図・資料は事前保存。
まとめ|“切替の速さ”が安心を作る
停電時の通信は、二重化(予備SIM)と親機運用(テザリング)を平時に仕込むだけで強くなる。USB優先・窓際設置・データ節約の三点を家族の共通ルールにし、月1テストを回す。切替の速さこそが、限られた電源と時間を守る最大の力になる。