電池切れ・圏外・故障――地図アプリが沈黙した瞬間こそ、言葉の地図が力を発揮する。要は、相手に負担をかけず、誤解の余地がない問い方で、短い時間で確実に方向を得ること。
本稿では、道をたずねる場面の型・声のかけ方・目印の拾い方・手書き地図の作り方・あと戻りしない確認までまとめた。鍵は三つ。①名詞で聞く(あいまいを減らす)、②二つの目印で挟む(位置が定まる)、③復唱と指さし(聞き間違いを消す)。さらに安全と配慮、時間帯や天候による言い方の変化も添え、迷いを少なく、歩みを確かにする。
1.道尋ねの基本型:短く丁寧に、名詞でたずねる
あいさつ→目的→制約の“三拍子”
最初に一言のあいさつ、ついで場所名、最後に**制約(徒歩/時間/階段少なめ等)**を添えると答えやすい。
例:「すみません、市役所はどちらでしょうか。徒歩で10分以内だと助かります。」
名詞を先に、動詞は後に
「どう行けば…」より**「○○へはどちらですか」が明確。建物名・交差点名・駅出入口番号など固有名詞**を最初に置く。
復唱と指さしで確認
方向を指で示し、「こちらで合っていますか」「二つ目の信号を右ですね」と短く復唱してから出発する。
声の大きさ・速さ・距離感
相手の目を見る→半歩手前で止まる→はっきり、ゆっくり、短く。風の強い屋外では一文ごとに区切ると伝わりやすい。
場面別・定型のひと言集(そのまま使える)
場面 | ひとこと例 | ねらい |
---|---|---|
入口が見当たらない | 「東口はどちらですか」 | 固有名詞で開始 |
交差点で迷った | 「○○交差点はどちらでしょう」 | 目印を先に |
のりばを探す | 「○番のりばはどこですか」 | 番号で特定 |
階段を避けたい | 「階段の少ない道はありますか」 | 条件を明確に |
時間が迫る | 「歩きで5分以内の行き方をお願いします」 | 制約を伝える |
2.誰に聞くか:答えが速い相手を見つける
立ち位置で選ぶ(近い人ほど詳しい)
売店・警備・案内所・改札・バスの運転手など場所に根付いた人は説明が具体。通行人でも近所の人の雰囲気(買い物袋・作業服)を選ぶと命中率が上がる。
混雑時は“待つより切り替える”
案内所が列なら、近くの店舗や警備へ。一人に長く聞かないのが礼儀と効率。要点だけをたずね、ありがとうの一言を忘れない。
人がいない時は“掲示物に聞く”
出入口の番号板、バス停の路線図、地下通路の柱番号は方角の代わりになる。北口/南口の表示で向きを確定。
子ども・高齢の家族と一緒のとき
段差、長い坂、暗い通路を避けるため、条件つきで聞く。「ベビーカーでも通りやすい道は?」「階段の少ない行き方は?」と添える。
聞く相手の優先度(目安)
優先 | 相手 | 強み | 一言の切り出し |
---|---|---|---|
1 | 案内所・改札・警備 | 正確・地名に強い | 「○○はどちらですか」 |
2 | 店員・施設スタッフ | 近辺の道に詳しい | 「近い道はどれですか」 |
3 | 近所の人らしい方 | 生活の道を知る | 「歩きで○分なら?」 |
4 | 通行人 | 速いが当たり外れ | 「最寄りの○○は?」 |
3.道の聞き方:目印で挟み、数で伝える
二つの目印で“位置を固定”
「川の手前」「郵便局の向かい」のように二つの目印を使うと誤差が減る。曲がり角は信号の数で表すと確実。
例:「この先二つ目の信号を右、郵便局の向かいに市役所。」
方角より進行方向と右左
東西南北は迷いやすい。自分の立ち位置から見た右左で確認。「今、こちらを向いて右ですね」。
曲がる数の数え方の注意
信号のない分岐や細い横道を曲がる数に入れるかは地域差がある。「信号のある角を二つ」のように条件をつけて復唱する。
坂・階段・地下は体力に合わせて再確認
坂道・長い階段・地下通路は人により負担が違う。「階段少なめの道はありますか」と条件を伝える。
目印と言い回しの早見表
伝えたいこと | 言い方の例 | 補足 |
---|---|---|
角を曲がる | 「二つ目の信号を右」 | 数で表す |
道なり | 「大きな道に出るまで直進」 | 太い/細いも有効 |
反対側 | 「向かい側にあります」 | 横断の可否も確認 |
地下 | 「階段をおりて左」 | エスカレーターの有無 |
行き止まり回避 | 「行き止まりの手前を左」 | 目印前で折れる |
場所別・使える目印の拾い方
場所 | よくある目印 | 当たり外れを減らす言い方 |
---|---|---|
駅前 | 銀行・交番・大型店 | 「交番の前を通って右」 |
住宅地 | 公園・集会所 | 「公園の角を左」 |
幹線道路 | ガソリン・橋 | 「橋を渡らず手前を右」 |
商店街 | アーケード・市場 | 「アーケードを抜けて左」 |
4.手書き地図の作り方:線と四角で“歩ける図”にする
紙とペンで“骨組み”を先に
今いる場所→大通り→曲がり角→目的地の順に太い線と四角だけ描く。細かい店名は不要。矢印で進行方向を付ける。
尺度は“歩数・分”でメモ
「信号まで2分」「公園の角まで100歩」など自分の歩幅で書くとズレが少ない。雨の日は足元が悪く+1分など補正も併記。
写真の一枚が頼りになる
目印となる建物の外観を一枚撮っておくと、戻った時の照合が速い。看板の色・形が手がかりになる。
失敗を防ぐ“途中確認”
目印を一つ通過するごとに紙の矢印を指でなぞり、地形と合うかを確認。合わなければすぐ人に聞き直す。
手書き地図の記号(覚えやすい形)
記号 | 意味 | 使い方 |
---|---|---|
□ | 建物 | 角に置くと交差点の目印 |
→ | 進む向き | 太めに描くと迷わない |
≡ | 階段 | 上下の矢印を添える |
~ | 川・用水 | 橋の位置を書き足す |
★ | 目的地 | 大きく書いて見落とさない |
5.あと戻りしない確認術:復唱・指さし・最後の一言
復唱は“短く要点だけ”
「二つ目の信号を右、郵便局の向かいですね」と要点だけ繰り返す。相手がうなずけば合格。
指さしと歩き出しの向き
指で方向を示しながら「こちらへ進みます」と一言。体の向きを合わせると記憶が定着する。
別れ際の一言でトラブルを減らす
「ありがとうございます。道が分からなければすぐ戻ります」と添えると安心して教えてもらえる。
違っていた時の戻り方
目印を一つ戻る→別の人に聞く→地図に追記。同じ質問をくり返さないよう、前回の説明内容を短く伝えて聞き直す。
最終確認チェック表(30秒)
確認 | できたら✓ | メモ |
---|---|---|
目印は二つ挟めたか | □ | 例:川・郵便局 |
曲がる数は数で言えたか | □ | 例:二つ目 |
右左は向きを合わせたか | □ | こちらを向いて右 |
復唱したか | □ | 要点だけ |
危険な道を避けたか | □ | 坂・暗所・工事 |
Q&A(よくある疑問)
Q1.方角で説明されると分からない。
A.「今、こちらを向いて右/左」で聞き直す。信号の数に置き換えて復唱すれば伝わる。
Q2.土地の名が分からない。
A.近くの目印(川・公園・大きな店)を先に伝える。「この公園から○○へ」の形にすると相手が地図を描きやすい。
Q3.聞いても迷ってしまう。
A.****二つの目印を過ぎた時点で再度だれかに聞く。長く歩いてから戻るより、小まめに確認した方が早い。
Q4.耳が聞こえにくい家族と一緒。
A.****紙に矢印で簡単な図を描き、指さしで確認。口の動きが見える位置でゆっくり話す。
Q5.夜道で不安。
A.****人通りの多い道と明るい通りを優先してたずねる。近道より安全を選ぶ。
Q6.雨や雪の日は?
A.すべりやすい場所、橋・坂・地下を避ける道をたずねる。「ぬれにくい道」と条件を添えると親切な道を教えてもらいやすい。
Q7.外国からの観光客に尋ねられた。
A.身ぶりと指さし地図で伝える。数字・矢印・絵は伝わる。ゆっくり、短く。
用語辞典(やさしい言い換え)
目印:場所を思い出しやすいもの。川・公園・大きな建物など。
復唱:相手の説明を短く言い直すこと。聞き間違いをなくす。
出入口番号:駅や建物の入り口についた番号。場所を特定しやすい。
向かい:道をはさんだ反対側。横断の可否を確かめる。
分岐:道が二つ以上に分かれる所。信号の有無で数え方が変わる。
まとめ:名詞で聞き、目印で挟み、復唱で固める
地図アプリが使えないときは、名詞を先に、二つの目印で場所を挟み、復唱と指さしで確実に進む。紙に太い線で骨組みを描き、迷ったらすぐ聞き直す。声の速さ・距離感・安全配慮を意識すれば、道尋ねは短く、確かに、気持ちよく成功する。今日から言葉の地図を携えて歩こう。