「回すのか、止めるのか。閉じるのか、開けるのか。」 災害時にもっとも迷いやすいのが換気扇と給気口の運用です。地震後の粉じん、近隣火災の煙、下水や工場由来の臭気、黄砂・火山灰・PMなど、状況により最適解は真逆になります。
本ガイドは**“入れず・出して・守る”を合言葉に、状況別の切り替え手順・フィルターの使い分け・停電時の代替通風までを、家庭で今日から実行できる順序でまとめました。
賃貸・持ち家の両方に対応し、部屋別テンプレ、チェック表、Q&A/用語辞典、さらに住まいの方式(戸建て/集合住宅・24時間換気の種別)別の注意点や子ども/高齢/ペットへの配慮**まで拡張しています。
1.原則と判断フロー:入気・排気・密閉の三択
1-1.災害時の“3モード”を覚える
- 遮断(密閉)モード:外気が有害/高濃度(煙・粉じん・異臭・花粉/灰)。給気口を閉じ、排気も停止。室内の隙間は養生テープや濡れタオルで塞ぐ。短時間の在宅待機に向く。
- 排気優先モード:室内で調理煙・異臭が発生、または室内汚染が主因。排気のみ運転し給気は最小(必要なら微開)。負圧で屋内汚染を外へ出す。
- 浄化換気モード:外気は相対的に安全だがこもりや二酸化炭素が高い。給気口を開け、フィルタ越しに入れて排気。対角線上に流す。
1-2.“におい・色・感覚”で判断する三信号
信号 | 兆候 | 取るべきモード | 最初の一手 |
---|---|---|---|
赤(遮断) | 外が煙い/視界が白い/灰が舞う | 遮断 | 給気口を閉、扉・窓の隙間を塞ぐ |
黄(排気) | 室内発生(焦げ臭/ガス臭/下水臭) | 排気優先 | 台所・浴室の排気を回す |
青(浄化換気) | むっとする/息苦しい/頭痛感 | 浄化換気 | フィルタ越しで対角換気 |
ポイント:災害時は**“給気”をいじる勇気が必要。入れない判断が最大の防御**になる場面が多い。
1-3.装置別の役割と相性(家にある装置を理解)
装置 | 役割 | 遮断 | 排気優先 | 浄化換気 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
台所の排気扇(レンジ) | 強力排気 | △ | ◎ | △ | 逆流防止板の動作点検必須 |
浴室/トイレ換気扇 | 常時排気 | △ | ○ | △ | 音が静か、持続に向く |
給気口(壁・サッシ) | 外気導入 | ◎(閉) | △(最小) | ◎(開) | フィルタ装着可 |
24時間換気(第1/2/3種) | 全体換気 | 内容次第 | ○ | ○ | 運転方式を把握 |
1-4.24時間換気の“種別”をざっくり把握
種別 | 仕組み | 住まいで多い例 | 災害時の基本 |
---|---|---|---|
第1種 | 給気・排気とも機械(熱交換あり) | 高断熱住宅 | 赤は一時停止も選択肢。黄/青は弱運転+給気側調整 |
第2種 | 給気は機械・排気は自然 | 特殊用途 | 赤は給気停止を最優先 |
第3種 | 給気は自然・排気は機械 | 多くの一般住宅 | 赤は給気口閉、黄/青は排気弱+給気微開 |
1-5.戸建てと集合住宅の違い
- 戸建て:風向きの影響が大。風上側は給気、風下側は排気に見立てやすい。外壁フードの逆止弁を定期点検。
- 集合住宅:共用ダクトの影響がある。近隣火災時は管理会社の指示に従い、遮断優先を基本に。共用廊下の煙が流入しやすいため、玄関足元の隙間を塞ぐ。
2.シナリオ別:最初の3手+失敗例
2-1.近隣火災・煙の流入
1)遮断モードへ:給気口・換気下部スリットを即閉。
2)扉・窓の隙間を濡れタオル/養生テープで仮封。
3)室内に煙がある場合のみ、台所or浴室の排気を弱〜中で回し室内の煙を外へ。強風下では逆流に注意。
よくある失敗:窓を大きく開けてしまい煙を大量に入れる/レンジを強で回しつつ給気全開で外の煙まで吸い込む。→ 最初は入れない、必要最小限の微開のみ。
2-2.地震後の粉じん・破片・異臭
1)遮断モードで外気遮断。
2)室内の浮遊粉じんを濡れ雑巾で床→低い棚の順に回収(舞い上げない)。
3)排気優先へ切替:浴室やトイレの換気扇を弱で回し、窓はフィルタ越しに1〜2cm微開。対角でゆっくり流す。
補足:掃除機は紙パックの目詰まりや排気の舞い上げに注意。水拭き>掃き掃除の順が安全。
2-3.黄砂・火山灰・PMが濃い日
1)遮断モードで給気口を閉。
2)室内CO2が上がったら、給気口に簡易フィルタ(不織布/キッチンペーパー)を内側から重ねて浄化換気。
3)帰宅後の衣類は玄関で払い、袋へ。浴室換気で脱衣室→浴室→排気の一方通行を作る。
コツ:網戸の内側に不織布を一枚重ねるだけでも粒子の侵入が減る。洗濯物は室内干しに切替。
2-4.下水臭・工場臭・可燃性ガスが疑われる
1)火気厳禁、電気のスイッチ操作も避ける(火花防止)。
2)排気優先モードへ:台所の排気は弱から開始、給気は上流側の最小開口から。
3)鼻・喉の刺激が強い場合は遮断モードに戻り待機。管理者/自治体の指示を確認。
豆知識:においの原因が排水トラップの封水切れの場合、コップ1〜2杯の水を流して回復。
2-5.停電時(夏・冬)
1)電動換気が止まる→ 手動で開く上げ下げ窓+玄関ドアのチェーン幅で対角通風。
2)暑さ:日陰側を給気、日向側を排気に見立て、温度差換気を利用。
3)寒さ:隙間最小で短時間の入替換気に切替。加湿器・室内干しはこもりの元なので控えめに。
2-6.風向きの読み方(簡易)
- 旗・木の葉の流れで風上/風下を把握。風上側=給気、風下側=排気のイメージ。
- 共用廊下が煙い場合、廊下側は遮断し、バルコニー側のみで操作。
3.フィルタと養生:家にあるもので“入れずに濾す”
3-1.常設できるフィルタの選び方
目的 | 推奨フィルタ | 交換目安 | 注意 |
---|---|---|---|
粉じん・灰 | 不織布/高捕集フィルタ | 汚れ具合で | 目詰まりで風量低下 |
におい | 活性炭系 | 匂い戻りで | 湿気を避ける |
総合 | 不織布+活性炭の二層 | 両方点検 | 給気口で分離装着 |
設置のコツ:外側=粗く、内側=細かくの順。枠に遊びがある場合はマスキングテープで四辺を固定。
3-2.即席で作る“簡易フィルタ”
- キッチンペーパー+不織布マスクを二層にして給気口の内側へマスキングテープで貼る。
- 窓の微開換気では、網戸の内側にストッキングや不織布を一枚重ねて粒子を減らす。
- 濡れタオルは臭気・煙に対する一時的な遮断に有効。1〜2時間で交換。
3-3.養生の基本:塞ぐ順番と剝がしやすさ
1)下から上へ(床の隙間→巾木→窓枠→ドア隙間)。
2)養生テープ→マスキング→紙の順で重ね、剝がし跡を防ぐ。
3)復旧は上から外す。一気に全開ではなく段階的に戻す。
3-4.“紙テスト”で逆流チェック
- 排気口の前に薄紙を近づけ、吸いつけば排気、はらわれれば逆流。強風・気圧差で結果が変わるため複数回測る。
3-5.家に置く“最小セット”
品目 | 最低数 | 使い道 |
---|---|---|
養生テープ | 2巻 | 隙間封止、フィルタ固定 |
不織布(シート/マスク) | 1袋 | 簡易フィルタ |
活性炭パック | 数個 | 臭気源の局所対策 |
濡らせるタオル | 数枚 | 一時遮断、拭き取り |
4.部屋別テンプレ:台所・浴室・寝室・玄関+居間
4-1.台所(最強の排気を“安全装置”に)
- 通常時は常時弱運転+給気口半開で臭気滞留を予防。
- 煙・油ミストが出たら強運転、窓は上流側を最小。ドア下のアンダーカットから空気を取り入れる。
- 災害時は逆止弁の動作と外壁フードの開閉を点検。油受けは月次で清掃。
4-2.浴室/脱衣(静かに長く排気)
- 粉じん/灰が多い日は給気口を閉、浴室換気扇だけ弱運転し、脱衣側の微開から短距離で排気。
- 梅雨・停電復旧直後は湿気・カビ対策で連続排気。
- 風呂フタは密閉して蒸気発生源を減らす。排水トラップは水を足して封水維持。
4-3.寝室(静けさ優先・微量換気)
- 遮断モードでは給気口閉+隙間塞ぎ。CO2感覚が出たら枕元から遠い側を1cmだけフィルタ越し微開。
- 冬場の冷気は窓下の隙間をドラフトストッパーで封止。
- 低騒音の浴室排気を遠くで回すと眠りやすい。
4-4.玄関(においの“入口管理”)
- 靴・衣類の粉じんは玄関で払い、袋密閉。
- におい源(ゴミ・外置きストッカー)は活性炭を併用。
- ドア足元に隙間が大きい家はドラフトストッパーで遮断。
4-5.居間(長時間滞在の空気を整える)
- 青(浄化)時は対角の窓/給気口を使いゆっくり換気。扇風機の弱を入口向きにすると流れが安定。
- 黄(排気)時は居間の給気を最小にし、台所/浴室の排気を中心に。
- 赤(遮断)時は窓・給気を閉、隙間封止を優先。
4-6.部屋別・運用早見表(拡張)
部屋 | 平時 | 赤(遮断) | 黄(排気) | 青(浄化) |
---|---|---|---|---|
台所 | 弱+半開 | 停止・閉 | 強/中+最小給気 | 弱+対角微開 |
浴室 | 弱連続 | 弱(給気閉) | 弱/中 | 弱+脱衣側微開 |
寝室 | 停止 | 閉+隙間封 | 遠方の弱排気 | フィルタ微開+遠方排気 |
玄関 | 無 | 閉+封 | 玄関扉短時間開閉 | 短時間入替 |
居間 | 弱 | 閉 | 台所/浴室主体 | 対角でゆっくり |
5.運用・点検・Q&A・用語辞典(続ける仕組み)
5-1.週間・月間・季節の点検表
項目 | 週次 | 月次 | 季節 |
---|---|---|---|
逆止弁・外フードの動作 | □ | ||
給気口フィルタの清掃 | □ | ||
浴室/トイレ換気の吸い込み | □ | ||
レンジフードの油受け | □ | ||
養生テープ・不織布の在庫 | □ | ||
黄砂・花粉シーズン準備 | □ | ||
ドア下隙間の遮断具点検 | □ | ||
排水トラップの封水確認 | □ |
5-2.非常時カード(家族と共有する台詞)
- 煙が来た:「給気閉じて、隙間ふさぐ、排気は弱」
- においが室内発生:「排気強め、給気最小」
- 息苦しい:「フィルタ越しに対角微開」
- 下水臭:「封水足して、排気弱」
5-3.“30分で整える”初日メニュー
1)給気口の開閉レバー位置を家族で確認し、赤/黄/青の貼り札を用意。
2)不織布+活性炭の簡易フィルタを1セット作って貼る。
3)逆止弁の紙テストをキッチンで実施。
4)非常時カードを冷蔵庫の扉に貼る。
5-4.Q&A(よくある疑問)
Q:遮断モードのとき、どれくらい密閉すべき?
A:短時間在宅が目的。ドア・窓の隙間、給気口、レンジフード逆止弁を中心に大穴から順に塞ぎ、体調に応じて段階的に緩める。
Q:活性炭はどこに置く?
A:給気の入口近く(給気口や上流側の窓内側)。におい源(ゴミ箱・下水トラップ)に局所配置も有効。
Q:24時間換気は止めるべき?
A:赤(遮断)では一時停止が基本。黄/青では運転継続し、給気側を調整(フィルタ・開度)。
Q:窓の“微開”は何センチ?
A:1〜2cmが目安。隙間に不織布を挟み、虫侵入も抑える。
Q:ガスのにおいがしたら換気扇を回す?
A:回さない。スイッチ操作で火花の恐れ。窓やドアを手動で開放し、屋外から連絡する。
Q:小さな子どもや高齢者がいる場合の配慮は?
A:赤(遮断)時は玄関・寝室の隙間封止を先に。足元の冷えや音に弱い場合は浴室排気の弱を遠くで回す。
5-5.用語辞典(やさしい説明)
遮断モード:外が危険なときに入気・排気を止め、隙間を塞いで待機する運用。
排気優先モード:室内の汚れを外へ出すために排気を主に回す運用。
浄化換気モード:フィルタ越しの給気+排気で室内空気を入れ替える運用。
逆止弁:外気や風の逆流を防ぐ弁。レンジフードや外フードに付く。
対角換気:部屋の対角線上で入口と出口を作り、直線的に空気を流す方法。
ドラフトストッパー:ドア下の隙間風を塞ぐ細長い部材。
封水:排水口の水の栓。においの逆流を防ぐ。
まとめ
災害時の換気は、入れない勇気(遮断)/出す判断(排気)/濾して入れる工夫(浄化)の三択を状況で切り替えることが肝心です。
今日の五手は、①給気口の開閉位置と逆止弁を点検、②不織布+活性炭の簡易フィルタを常備、③非常時カードの台詞を家族で共有、④封水の維持を習慣化、⑤赤・黄・青の貼り札で誰でも即操作。**「回すのか、止めるのか」**で迷わない家にしておきましょう。