日常では当たり前の水・電気・ガス・トイレが止まった瞬間、暮らしは“設備依存”から自分で作る生活へ切り替わります。実はその運用を、私たちはすでにキャンプで練習しています。テントを張り、火を起こし、水をやりくりし、限られた装備で快適を作る——これらはそのまま防災の実務です。
本稿は、キャンプの技術を家庭の防災運用に転写し、今日から整えられる手順まで徹底的に具体化しました。まずは最小限の装備で暮らしを回す技を押さえ、次に食・住・衛生・電源・応急手当を順番に設計します。
この記事の使い方:①章ごとの表をスクショ/印刷→②各家庭の数量に書き換え→③月1のミニ訓練で更新。完成=“運用が回ること”。
1. インフラ停止でも回る「自立術」|キャンプで培う“暮らしの最低限”
水の確保・運用:運ぶ→貯める→清潔を保つ
- 確保:ウォータージャグ(10〜20L)+折りたたみタンクで1人1日3L×7日を分散保管。浴槽に給水できるなら防水ライナーを併用して生活用水を確保。
- 家の中の水源:給湯タンク・洗濯機のホース・ペットボトル備蓄。※防錆剤・洗剤混入の恐れがある水は飲用不可、衛生・洗浄に回す。
- 浄化:フィルター→煮沸→密閉の三段。薬剤は製品表示に従う(濃度・接触時間)。透明度が低い水はまず粗ろ過(布・コーヒーフィルター等)。
- 運用:飲用・調理・手洗いを時間帯で割り当て、清潔→使用→汚染の一方通行動線を固定。**“湯を捨てない”**が鉄則。
衛生・トイレ:においと感染を“前さばき”
- 簡易トイレ:便袋+凝固剤を1人1日5回×7日で計画。袋は二重化、消臭材・ペーパー・手袋を同梱。個室カーテン/パーテーションでプライバシー確保。
- 手指・共有面:除菌アルコール+ウェットシートの二段。嘔吐/汚物は外周→内側へ拭き寄せ→密閉廃棄→乾燥→適剤で表面処理(次亜塩素酸系など)。
- 洗濯:圧縮袋+足踏みで簡易洗い→陰干し。肌着・タオルに優先配分。
熱源・電源:安全と換気を最優先
- カセットコンロ:屋内使用は換気・火気周辺1m離隔・平らな面・可燃物を寄せない。ボンベは縦置き・直射NG・ストーブと共用不可の型に注意。
- 焚火・固形燃料:屋外限定。一酸化炭素中毒を避けるため屋内・車内での使用は不可。
- ポータブル電源:通信・照明・小型調理に用途を限定。満充電→使用順の運用、ソーラーパネルで日中追充。発電機は屋外で、吸気口を居住空間の風上に置かない。
インフラ停止の標準セット(家族4人/7日)
項目 | 目安量 | 補足 |
---|---|---|
飲料水 | 84L(3L×4人×7日) | 2〜10L容器で分散保管 |
生活用水 | 80〜120L | 浴槽ライナー/雨水樋→粗ろ過で洗浄用 |
簡易トイレ | 140回分 | 便袋・凝固剤・消臭材を一箱化 |
カセットボンベ | 12本 | 1日2本想定、換気・離隔を徹底 |
ポータブル電源 | 500Wh以上×1台 | 充電日は毎月1回固定化 |
照明 | ランタン2+ヘッドライト4 | 予備電池/充電ケーブル同梱 |
水の処理方法と特性(比較表)
方法 | 有効性 | 所要 | 注意点 |
---|---|---|---|
粗ろ過(布/紙) | 濁り低減 | 即時 | 病原体は除去できない、後段処理必須 |
フィルター | 微粒子/一部微生物 | 速度依存 | 目詰まり→逆洗で回復 |
煮沸 | 広範に有効 | 燃料必要 | しっかり沸騰→冷却→密閉 |
薬剤消毒 | 広範 | 時間必要 | 製品表示厳守、濁り水は効きにくい |
2. 非常食を“おいしく回す”アウトドア調理|火・鍋・水の最小装備で温かい一食
火源と器具:軽い装備で最大効率
- シングルバーナー+風防+深型クッカー:湯沸かし→炊飯→汁物が1セットで完結。
- カセットコンロ+深鍋:家族向けの主力。五徳の安定・着火の順序を平時から確認。
- 熱を逃さない工夫:蓋を閉める・風防を使う・鍋は底広より深型。
少水・無水で回す献立テンプレ(包丁不要)
- 少水炊飯:無洗米1合+水180mlでメスティン炊飯。弱火→蒸らし10分。
- ワンポット麺:パスタ+ツナ/トマト/コーン缶+顆粒だし。湯はスープ化で廃水ゼロ。
- 無水温菜:根菜+ツナ缶オイル+塩。放置で完成、燃料消費が少ない。
- ノークック:オートミール+ミルク/ポカリ。待つだけの応急朝食に強い。
7日分ミールプラン(家族4人|水・燃料節約型)
日 | 朝 | 昼 | 夜 |
---|---|---|---|
1 | お湯+FD味噌汁/乾パン | ワンポットパスタ(ツナ+トマト缶) | レトルトご飯+カレー/温野菜 |
2 | コーンスープ+クラッカー | メスティン炊飯+サバ味噌丼 | うどん+缶詰野菜/卵 |
3 | オートミール粥(ミルク缶) | 炊き込み風ご飯(乾物+だし) | インスタントラーメン野菜増し |
4 | シリアル+UHTミルク | そうめん温麺(少水) | ツナ缶と根菜の無水煮 |
5 | スープ春雨 | レトルト丼(牛丼/中華丼) | 鯖缶と豆のトマト煮 |
6 | クラッカー+ピーナツバター | ご飯+缶詰カレー | 乾麺そば+缶詰山菜 |
7 | オートミール+フルーツ缶 | パスタ(オイル系) | 雑炊(残りご飯+卵) |
コツ:“湯を捨てない”、“包丁を使わない”、“1鍋で完結”。洗い物を減らし、水と燃料の消費を最小化。
特別な配慮(アレルギー・幼児・高齢者)
- アレルギー:原材料表示の大きい非常食を優先。専用鍋・専用スプーンを1セット。
- 乳幼児:液体ミルク+使い捨て哺乳ボトル。離乳食はパウチ中心。
- 高齢者:やわらか食・ゼリー、とろみ剤で誤嚥対策。
3. キャンプギアを“避難所仕様”に|空間・睡眠・照明・収納を設計する
住空間(プライバシーと導線)
- テント/簡易パーテーション:避難所での目隠し・更衣・授乳に。避難所ルールに沿って設営。
- タープ:共有スペースの雨避け/日陰。ガイロープは歩行導線を塞がない角度で固定。
- 収納:折りたたみコンテナで食/衛生/電源を区画。上から取らず前開きが運用しやすい。
睡眠(体力の再生)
- 寝袋:快適温度に余裕(想定気温+5℃)。
- コット+マット:床冷え・段差をカット。腰痛・高齢者の起き上がりが楽。
- 小物:枕・耳栓・アイマスクで睡眠の質=回復力を底上げ。
照明・電源(安全と情報)
- ランタン:**面発光(拡散)**が室内向け、**点発光(スポット)**は作業向け。
- ヘッドライト:両手が空きトイレ・夜間移動が安全。赤色モードは眩惑を抑制。
- ソーラーパネル:午前は東向き・午後は西向きで追尾。影を避ける。
ギア→災害時の使い道 早見表
ギア | 災害時の主用途 | 補足 |
---|---|---|
テント/パーテーション | プライバシー・更衣 | 許可と配置を遵守、転倒防止 |
タープ | 雨避け・日除け・導線整備 | ペグは養生でつまずき防止 |
コット/マット | 体温保持・床冷え対策 | 腰痛・高齢者に効果大 |
寝袋 | 保温・安眠 | 快適温度に+5℃目安 |
ランタン/ヘッ電 | 照明・夜間移動 | 充電ケーブル/電池同梱 |
折りたたみテーブル | 調理・作業台 | 高さを揃えると効率UP |
コンテナ | 収納・衛生区画 | ラベリング必須 |
4. サバイバル基礎と応急手当|“まず命を守る”を作法にする
ロープワーク:結びが作る安全
- もやい結び:荷重後も解けやすい。タープの固定に最適。
- トートラインヒッチ:張り綱長さの微調整。風対策で威力。
- 巻き結び:柱への仮固定。
水のろ過・消毒:順番を間違えない
- ろ過→消毒→密閉が鉄則。布/紙による粗ろ過→煮沸→冷却。
- 薬剤は濃度・接触時間を厳守。においが強い水は飲用に回さない。
体温管理・応急手当:低体温と出血を止める
- COLDの原則(Compression/止血・Observe/観察・Lift/挙上・Diagnosis/評価)。
- 低体温:断熱→濡衣脱→保温→温飲。振るえ停止は重症サイン。
- 熱中症:涼所→冷却→経口補水。意識障害は救急要請。
- 救急ポーチ:三角巾・滅菌ガーゼ・テープ・鎮痛解熱剤・手袋・口腔ケアを一体化。
応急(5分でできる初動)
事象 | 初動行動 | 補足 |
---|---|---|
出血 | 直接圧迫→包帯固定 | 高出血は止血帯を検討 |
熱中症 | 涼所へ移動→冷却→経口補水 | 意識障害なら救急要請 |
低体温 | 断熱→濡衣脱→温飲 | 振るえ停止=重症 |
火傷 | 冷却(流水/なければ清潔水) | 衣類張り付きは剥がさない |
5. 行動設計と家族運用|“楽しむスキル”を“守る仕組み”に昇華する
96時間タイムライン(家庭用)
相対時刻 | やること | 具体例 |
---|---|---|
T−96〜72h | 補充計画 | 生活用水容器/凝固剤/電源の不足確認 |
T−72〜48h | 点検 | 窓/雨樋/排水/ベランダ撤去、車満タン |
T−48〜24h | 物品退避 | 家具固定再確認、車を高所へ、冷蔵庫を強冷 |
T−24〜0h | 前倒し避難/屋内安全化 | 就寝部屋を内側へ、ヘッ電・靴を枕元に |
+0〜72h | 維持運用 | 食材ローテ、節水、情報取得の冗長化 |
+72h以降 | 片付け・保全 | 写真記録→保険連絡、カビ対策、在庫補充 |
家族ロールカード:役割を固定して迷いを消す
- 水担当(配給/浄化/配分)
- 電源担当(充電/残量管理/照明)
- 衛生担当(トイレ/手指/ゴミ)
- 情報担当(自治体/気象/家族連絡)
家族連絡テンプレ(SMS/チャット1通目)
無事/【現在地】〇〇小学校体育館/次【移動】なし・2時間後に再送/連絡不要OK
在宅・車・持ち出しの三層装備
レイヤー | 目的 | 主な中身 |
---|---|---|
GO BAG(持ち出し) | 24〜72hを抜ける | 水2L/食(高カロリー)/ヘッ電/モバ電/救急/雨具/現金/充電ケーブル |
STAY KIT(在宅) | 3〜7日を回す | 水・食・トイレ・カセット/ボンベ・除菌・情報ラジオ |
CAR KIT(車) | 退避・仮眠・充電 | 毛布/コット/モバ電/ケーブル/三角表示板/タイヤチェーン |
訓練とローリング:楽しさが継続の燃料
- 月1“ベランダキャンプ”で火器・照明・炊飯を回す。終わったら補充までを一連化。
- 季節替え棚卸し(年2回):寝袋温度帯・衣類・医薬品の入れ替え、保険証/身分証のコピーを更新。
6. よくある失敗と回避策|“やらかし”を先回りで潰す
失敗例 | ありがちな原因 | 回避策 |
---|---|---|
水が足りない | 1人1日1〜2Lで計算 | 3L×7日を基準、分散保管とローリング |
調理ができない | 燃料不足/器具未習熟 | 1鍋レシピを3つ決めて月1調理 |
トイレ問題 | 数が足りない/臭気対策不足 | 1人1日5回×日数で準備、消臭材と二重袋 |
停電中の寒さ | 熱源1系統のみ | 複数熱源(電気+ガス/灯油)+衣類レイヤー |
通信断 | 充電ケーブル不足/分散なし | 家・職場・車に分散、ラジオで冗長化 |
7. まとめ|“楽しむ”は最強の訓練になる
災害は止められませんが、被害の天井は下げられます。キャンプで身につく小さな作法が積み重なると、非常時の家は静かに強くなります。今日の夕方はまず水の分散保管とカセットボンベの補充。次の週末は1鍋レシピを家族で試し、連絡テンプレを冷蔵庫に貼る。来月はベランダキャンプで寝袋と照明を回す。楽しみながら防災力を底上げしていきましょう。