停電・通信障害・混雑時でも“伝わる情報”は紙で回せる。 本稿は、メモ・名札・張り紙という最小の紙ツールを使い、家庭・職場・避難所で混乱なく情報を共有するための実務ガイドです。
用紙・筆記具・色使い・掲示位置・回収の流れに加え、版管理・可読距離・雨風対策・読み上げの型・個人情報の扱いまで踏み込み、だれが読んでもすぐに動ける手順と表でまとめました。運用の型・見本文・点検表・ケーススタディをまとめました。
1.全体設計:紙の情報を“回す”ための基本
1-1.紙の強みと弱みを理解する(解決策までセット)
- 強み:電源・通信が不要、視界に入る、複数人で同時に読める、配布と掲示で到達率が高い、証跡として保管できる。
- 弱み:濡れ・風・破損に弱い、差し替えの手間、最新版の判別が難しい。
- 解決策:右下に日付・時刻・版数を必ず記入/上端に色帯で重要度を明示/古紙は回収箱へ集約/**読み上げ(音)+掲示(視覚)**で二重化。
版・色・場所の三点ルール
1)版管理:第○版を右下。2版以上は旧版を回収箱へ。
2)色帯:上端2cmで赤=危険/黄=注意/緑=完了/青=案内。
3)場所:出入口・列の先頭・トイレ前の3点に同内容を掲示し、同時更新する。
1-2.役割・ルート・締切を先に決める(流れを固定)
- 作る→掲示→読み上げ→回収→保管の順番を紙の当番表で常設。
- 朝・昼・夜の三交代で空白を作らない。
- 読み合わせは朝夕の2回、1分アナウンスの型で実施(型は4-3)。
運用ルート図(例)
受付(作成)→玄関・給水所・トイレ前(掲示)→広場(読み上げ)→回収箱(旧版)→書庫(保管)
1-3.用紙・筆記具・保護材の選び方(早見表)
項目 | 推奨 | ねらい | 代替 |
---|---|---|---|
用紙 | A4・A3 | 視認性と入手性 | B5(個人メモ) |
ペン | 油性マーカー・鉛筆2B | 耐水・読みやすい太さ | ボールペン(にじみ注意) |
保護 | クリアファイル・OPP袋・ラミネート | 防滴・耐汚れ | 透明テープで周囲補強 |
コツ:屋外はA3以上+太字、屋内通路はA4+太矢印が読み取りやすい。
1-4.情報の優先順位マトリクス(何を先に掲示するか)
区分 | 例 | 締切 | 掲示先 | 色帯 |
---|---|---|---|---|
最優先 | 危険箇所・避難指示 | 即時 | 出入口・現場前 | 赤 |
高 | 配水・物資・医療 | 30分前 | 出入口・列先頭・受付 | 黄 |
中 | 当番・清掃・点検 | 1時間前 | 掲示板・該当区画 | 青 |
低 | お知らせ・回覧 | 終日 | 掲示板のみ | 青/緑 |
1-5.時間帯と更新頻度の標準(目安)
時間帯 | 更新内容 | 実施者 | 備考 |
---|---|---|---|
朝(7–9時) | 当番表・配給予定・危険箇所点検 | 朝当番 | 1分アナウンス付き |
昼(12–13時) | 進捗・変更・注意喚起 | 昼当番 | 列形成の矢印を再確認 |
夕(17–19時) | 翌日の予定・回収・清掃 | 夕当番 | 旧版回収を徹底 |
1-6.安全配慮と個人情報(掲示の限度)
- 名簿・連絡先・顔写真は掲示しない(必要最小限の番号化)。
- 針・金具は専用ボードへ。通路側はテープ固定を基本に。
- 子どもが触れる高さでは角を丸める・カバーを併用。
2.メモ運用:一枚で動線と判断を変える
2-1.メモの書式(5行テンプレ+見本)
1)表題(一言で用件)
2)日時(○/○ ○:○)
3)場所(対象/向かう場所)
4)要点(3点まで)
5)署名(書いた人・連絡先)
見本:「配水車 本日16:30 北門/並び開始16:10/容器20Lまで/担当:総務・田中」
字と配置のコツ
- 表題は1.5行分の大字、要点は短文+動詞、数字は全角で揃える。
- 余白を上下に1〜2cm残すと遠目で読みやすい。
2-2.色と形で“優先度”を伝える(帯・矢印・角折り)
色帯 | 意味 | 使いどころ |
---|---|---|
赤 | 危険・至急 | 立入禁止・漏電注意・避難誘導 |
黄 | 注意・準備 | 配給列開始・車両出入り・工事告知 |
緑 | 安心・完了 | 点検済・配布終了・安全確認済 |
青 | 情報・案内 | 地図・ルート・名簿・受付案内 |
- 帯は上端2cm幅。色が無ければ斜線・網掛けで代用。
- 進行方向は太い矢印を一本線で。至急は右上1折り、重要は右上2折りで合図。
2-3.文体ルールと誤解削減(悪い例→良い例)
目的 | 悪い例 | 良い例 |
---|---|---|
配水案内 | すぐ来てください | 本日16:30配水/並び16:10開始/容器20Lまで |
危険箇所 | 注意してください | この先 立入禁止/濡れ床/右側通行 |
物資配布 | 多くあります | 1人1個/再配布18:00予定 |
禁止語:「すぐ」「たぶん」「できれば」など曖昧語。数字・位置・時刻で具体化。
2-4.回す流れ(班長→配布→回収)と胸ポケットメモ
- 班長が作成→読み上げ→配布→掲示の順で1回完結。
- 終了後は回収箱へ。未回収=未実施の合図に。
- 個人向けはA7〜B7の胸ポケットメモ(集合時刻・持ち物・担当)。ゼムクリップ+安全ピンで落下防止。
筆記具の耐候性と読みやすさ
筆記具 | 雨 | 速書き | 読みやすさ | 備考 |
---|---|---|---|---|
油性マーカー | 強い | ◎ | 太字で見やすい | 主掲示に最適 |
鉛筆2B | 中 | ◎ | ○ | 細かい数値向き |
ボールペン | 弱 | ○ | ◎ | にじみに注意 |
2-5.配布ルートと時間割(遅延を減らす)
役割 | 出発 | ルート | 戻り | 備考 |
---|---|---|---|---|
班長 | 09:00 | 受付→出入口→給水所 | 09:20 | 読み上げ実施 |
配布係A | 09:05 | 受付→トイレ前→階段 | 09:25 | 掲示写真を撮る |
回収係 | 17:30 | 掲示板一巡 | 18:00 | 旧版回収完了 |
3.名札・腕章・配布物:人と物の“見える化”
3-1.名札の三要素と見本(役割・氏名・連絡)
- 上段:役割(総務/医療/物資/警備)。
- 中段:氏名(大字で遠目可)。
- 下段:連絡手段(無線番号・班名)。
名札テンプレ(A6横)
段 | 記載 | 例 |
---|---|---|
上 | 役割 | 物資 |
中 | 氏名 | 佐藤 |
下 | 連絡 | 無線CH3/第2班 |
ひもは切れやすい。安全ピン+ひもの二重化が安心。雨天は透明ポケットで保護。
3-2.腕章の色分けと交代ルール(混乱を作らない)
色 | 役割 | 備考 |
---|---|---|
赤 | 救護 | 医療・応急処置 |
黄 | 誘導 | 交通整理・列管理 |
緑 | 安全 | 設備点検・危険箇所巡回 |
青 | 情報 | 受付・案内・記録 |
- 役割交代は腕章ごと交換。名札は本人固定で誤認を防ぐ。
- 子どもボランティアは黄色ベストで識別、作業は安全範囲に限定。
3-3.配布物の束ね方と“最初の1枚”
- 上綴じクリップで束ね、表紙に目的・配布先・配布日。
- 最初の1枚に地図を入れ、入口→列→受付→出口を一本矢印で。
- 余りは返却箱でカウントし、翌版の部数調整に反映。
3-4.貸出カード・配布控え(紛失を減らす)
用途 | 記入欄 | 回収先 |
---|---|---|
懐中電灯 | 番号/氏名/時刻 | 受付箱 |
無線機 | 機番/担当/返却時刻 | 情報係 |
工具セット | セット名/持出人/返却印 | 設備係 |
4.張り紙・掲示板:人が“自然に目にする”位置に
4-1.貼る場所と高さ(到達率は場所で決まる)
場所 | 目線 | ねらい | 注意 |
---|---|---|---|
玄関・出入口 | 150〜160cm | 全員の入退場で必ず目に入る | 風・雨対策 |
トイレ前 | 140cm | 行列中に読ませる | 混雑で剥がれやすい |
給水所 | 160cm | 並ぶ前にルール周知 | 係員動線を確保 |
階段踊り場 | 130cm | 上下の安全喚起 | 手すりをふさがない |
高さの基準:人の目線−10cmを目安に。子ども向けは低めに。
4-2.固定方法の選び方(屋外強度/跡残り)
固定 | 強度 | 跡 | 屋外 | 備考 |
---|---|---|---|---|
養生テープ | 中 | 少 | ○ | 汎用・色が選べる |
透明テープ | 中 | 中 | △ | 防滴補強に良い |
画鋲 | 高 | 穴 | × | 屋外不可 |
結束バンド | 高 | なし | ◎ | ポール・柵に最適 |
- 凹凸面は段ボール下地+テープで貼ると剥がれにくい。
- 屋外は上から下へ水が抜ける貼り方(上辺強固定+下辺弱固定)。
4-3.版管理と地図・矢印の描き方(1分アナウンスの型付き)
- 右下に「第○版・○/○ ○:○」を記載。新しい紙は旧版の上に重ね張り、旧版は回収箱へ。
- 地図は太矢印一本で入口→列→受付→出口。危険は赤囲み、トイレは青四角。
1分アナウンス(読み合わせ)
1)表題と対象者を先に。
2)時刻→場所→持ち物の順で短く。
3)列の方向を指さし確認。
4)質問は1分だけ受ける(長話にしない)。
4-4.可読距離と文字の大きさ(早見表)
文字の高さ | 読める距離の目安 | 用途 |
---|---|---|
30mm | 約10m | 屋外見出し(A3) |
20mm | 約7m | 屋外注意、屋内見出し |
10mm | 約3m | 屋内本文(A4) |
5mm | 約1.5m | 近距離の指示 |
太字+高コントラスト(白地に黒・黄地に黒)が基本。影や逆光を避ける。
4-5.耐候対策の層構造(屋外掲示の長持ち術)
1)紙→ 2)透明袋(OPPなど)→ 3)上辺を養生テープで強固定→ 4)四隅を補強→ 5)水抜きのため下辺は弱固定。
角は丸めると剥がれにくい。
5.テンプレ・保管・運用ルール:回す仕組みを常備に
5-1.すぐ使える紙テンプレ(見出しと本文の型)
用途 | 見出し例 | 本文の型 |
---|---|---|
給水案内 | 本日○時○分から配水 | 並び位置/容器上限/順番制 |
物資配布 | ○○の配布/対象:○○ | 配布数/身分確認/再配布時刻 |
迷子 | 迷子のお知らせ | 年齢・服装・最終目撃・連絡先 |
工事・点検 | ○○工事中/立入禁止 | 区画・時間・責任者 |
防犯 | 立入禁止・警戒中 | 連絡先/巡回時刻/範囲 |
5-2.在庫・道具の置き場と“定数管理”
- 紙・ペン・テープ・クリアファイル・画鋲・結束バンドを一箱にまとめて玄関脇へ。
- 最低在庫(例:A4用紙500枚、油性マーカー黒3本、養生テープ2巻)を決める。
- 返却箱を掲示し、旧版・余りをそこへ集め、翌日の部数調整に活かす。
5-3.日次点検(朝夕5分)と週次棚卸し
項目 | 朝 | 夕 |
---|---|---|
掲示の更新 | □ | □ |
古紙の回収 | □ | □ |
地図・矢印の破れ補修 | □ | □ |
当番表の入替 | □ | □ |
週次棚卸し(15分):用紙・ペン・テープの残量を数え、不足は翌週分を前倒し補充。
5-4.ケーススタディ:用途別の運用例(3パターン)
A.避難所の配水動線:A3で列の入口→受付→出口を一本矢印、赤囲みで危険箇所、黄帯で待ち時間を更新。読み上げは毎時00分。
B.職場の工事区画:A4で立入禁止を赤帯、責任者名と時間を明記。段ボール下地で凹凸面に対応。
C.町内会の回覧:A4で見出し大字、本文3行、版数を右下。回収箱で旧版を整理。
5-5.トラブル→対策早見表
事象 | よくある原因 | 先回り策 |
---|---|---|
情報が古いまま残る | 版管理なし | 右下に版数/旧版回収箱を徹底 |
伝わらない | 字が小さい・場所不適 | 可読距離表で文字サイズ再設計 |
はがれる | 四隅弱い | 上辺強固定+角丸+下辺水抜き |
行列の向きが乱れる | 矢印不足 | 太矢印一本線+人員誘導 |
5-6.Q&A(よくある疑問)
Q1.紙は雨に弱い。屋外掲示はどう守る?
A. クリアファイルに入れて上辺だけテープ固定で水抜けを作る。OPP袋+四辺テープも有効。
Q2.色紙やカラーマーカーがない。
A. 斜線・網掛け・角折りで代用。太字・大字で距離を稼ぐ。
Q3.更新が多くて混乱する。
A. 版数・時刻・署名を必ず記入。旧版回収箱を人の流れの途中に置く。
Q4.掲示がはがれる。
A. 養生テープで四隅+中央、屋外は結束バンドで固定。凹凸面は段ボール下地を当てる。
Q5.人手が足りない。
A. 読み上げ+指差しで一斉周知→記録写真を撮り、掲示場所へ貼る。
Q6.個人情報はどう扱う?
A. 名簿・連絡先は鍵付き保管、掲示は番号化するなど必要最小限に。不要時は裁断処理。
Q7.子どもにも伝わる掲示の工夫は?
A. 絵記号(トイレ=青四角・危険=赤囲み)とやさしい言い回し、低い掲示位置が有効。
Q8.夜間は見えにくい。
A. 反射テープで縁取り、足元灯を近くに置く。白地に黒でコントラストを上げる。
5-7.用語辞典(やさしい言い換え)
版(版数):同じ内容の更新回数。第2版など。
色帯:紙の上端に貼る色の帯。優先度を示す。
回収箱:古い紙や余った配布物を集める箱。
読み合わせ:紙を声に出して確認すること。
動線:人が移動する道筋。
下地:貼る面の凹凸をならすための台紙(段ボールなど)。
可読距離:文字が読める距離の目安。
養生テープ:はがした跡が残りにくいテープ。
まとめ:紙は“場所×時間×版管理”で生きる。
紙の情報は、貼る場所・伝える時間・版の新旧が揃ったとき最大の力を発揮します。用紙・筆記具・固定法を決め、当番と回収の道筋を固定化すれば、停電や通信障害でも迷わない掲示が回ります。まずは色帯の意味・掲示場所の地図・回収箱の三点セットを整え、今日から運用を始めましょう。