はじめに|防災キャンプの目的と特徴
防災キャンプは、災害時を“想像”で終わらせず“体で覚える”ための実践訓練です。水・電気・ガス・通信が途絶する前提で、限られた資源をやりくりしながら安全を確保し、健康を維持し、判断を誤らないためのスキルと段取りを体験で身につけます。レジャーの延長ではなく、不便・不足・不確実をあえて再現して、家庭や地域の備えを“使える計画”に更新するのが狙いです。
防災キャンプの定義と到達目標
- 定義:ライフライン途絶を仮定し、野外または自宅近傍で行う実践型の防災訓練。装備・手順・役割を検証し、次回へ改善する反復サイクルを含む。
- 到達目標:①身の安全確保②水・食・排泄の自律運用③情報収集と連絡④睡眠と体温維持⑤翌日も続けられる運営力⑥近隣・自然への配慮。
- 評価指標(KPI):設営完了までの時間、1人当たりの水確保量、調理の燃料消費、夜間体温低下の有無、トイレ運用の衛生指標、情報共有の遅延時間など。
普通のキャンプとの違い
娯楽を目的とする通常キャンプに対し、防災キャンプは代替手段の検証が主目的。電気・燃料・水を“足りない前提”で計画し、節水・節電・省燃料と安全を最優先に運用します。
項目 | 通常のキャンプ | 防災キャンプ |
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目的 | レジャー・自然体験 | 災害時の生活訓練・意思決定練習 |
主な活動 | BBQ・観光・焚き火 | 調理訓練・避難行動・衛生管理・応急処置 |
成果 | リフレッシュ | 生存スキル・連携力・装備の改善点抽出 |
リソース | 豊富な燃料・電源前提 | 乏しい資源を配分・節約 |
判断軸 | 快適さ・楽しさ | 安全・持続性・再現性 |
参加のメリット
- 対応力の向上:実物に触れ、失敗も含めて学ぶことで“使える備え”へ。
- 家族連携の強化:役割分担を決め、声掛けや合図を体に染み込ませる。
- 心理的安心:未知の不安が既知の課題に変わり、平時の備えが加速。
- 装備の目利き:不足・過剰・相性の悪さが明確になり、ムダな買い足しを防ぐ。
準備編|場所選び・持ち物・役割分担・安全計画
事前準備の質が訓練の成果を左右します。安全を最優先に、現実的で無理のない計画を立てましょう。
キャンプ地の選び方(安全・実用・アクセス)
- 安全:土砂災害警戒区域・増水ゾーン・強風の吹き抜けを避ける。トイレ・水場の位置、夜間照明、避難口を確認。
- 実用:実際の避難所や広域避難地に近い環境が望ましい。ペグが刺さる地面、風よけ、雨天退避スペースの有無を確認。
- アクセス:自宅からの徒歩・車・公共交通の複線ルートを事前に実踏。緊急時の集合場所と連絡手段を紙でも共有。
- 近隣・自然配慮:騒音・光害・直火など地域ルール遵守。Leave No Trace(持ち込んだ物はすべて持ち帰る)。
必須装備とパッキングの考え方
**「人命→体温→水→情報→食→快適」**の順で優先。重い物は下・背面側へ、よく使う物は上・外ポケットへ。
カテゴリ | 具体例 | 目安/メモ |
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安全 | ヘルメット、手袋、ホイッスル、ヘッドライト | 0秒取り出し層に配置、予備電池AA/AAA統一 |
住 | テント/タープ、グランドシート、寝袋、マット | 断熱最優先、地面冷え対策を二重化 |
水 | ウォーターバッグ、浄水器、浄水タブレット | 1人/日3L目安、運搬は分散、遮光保管 |
食 | アルファ米、缶詰、レトルト、固形燃料/アルコールストーブ | 加熱不要中心、燃料は防火ケースで管理 |
衛生 | 携帯トイレ、黒袋、凝固剤、除菌シート | 排泄→密閉→保管ルールの事前合意 |
情報/電源 | ラジオ、モバイル電源、ケーブル、ソーラー/手回し | 充電計画(誰が何Wh)を可視化 |
医療 | 救急セット、常備薬、体温計、テーピング | 既往症の服薬表を紙でも携行 |
雨寒対策 | レインウェア、アルミブランケット、ネックウォーマー | 三首保温、結露対策の通気を確保 |
1人あたりの携行量目安(1泊2日)
項目 | 量/人 | 備考 |
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水 | 6L | 飲用3L/日×2+調理・手洗い予備 |
食 | 2000〜2400kcal | 高カロリー・高たんぱく優先 |
燃料 | 固形/アルコール 100〜150g | 加熱不要を基本に節約 |
電源 | 15〜30Wh | 充電回数を決めて配分 |
役割分担と安全計画(ICSライト)
- 司令塔(全体把握/時間管理/危険予知KY)
- 安全衛生(トイレ・手洗い・ゴミ・衛生掲示)
- 水食(給水・調理・配膳・アレルギー管理)
- 住環境(設営・断熱・片付け・夜間導線)
- 通信(ラジオ・充電・連絡・記録)
役割 | 主なタスク | 交代頻度 | 予備担当 | リスク例 |
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司令塔 | スケジュール、危険予知、最終判断 | 4h | 全員ローテ | 天候急変、体調不良 |
水食 | 水配分、加水調理、衛生調理 | 4h | 通信 | 水不足、食中毒 |
住環境 | 設営・断熱・雨風対策 | 4h | 安全衛生 | 転倒、低体温 |
安全衛生 | トイレ運用、手洗い、救急 | 4h | 住環境 | 感染、外傷 |
通信 | 情報収集、電源管理、ログ | 4h | 水食 | 充電枯渇、デマ |
実践編|基本スキルを体で覚える
火を使わない調理(省水・省燃料・短時間)
- 戻す:アルファ米は規定量より**-10%の水**で食感を調整。缶詰+乾燥野菜で栄養を補完。
- 温める:化学反応式加熱袋や保温ボックスで多品同時温め。ジャー効果で燃料節約。
- 組み合わせ:ツナ×コーン×アルファ米、サバ缶×味噌汁フリーズドライで具だくさん汁。
目的 | 手順 | コツ |
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省水 | アルファ米に規定量−10%の水 | 具材の水分で不足分を補う |
省燃料 | まとめ温め→タオルで保温 | 加熱後は余熱調理を活用 |
食品安全 | 未開封優先、開封後は即時消費 | 同日内で食べ切る計画 |
簡易寝床と体温維持(断熱が命)
- 地面→グランドシート→マット→寝袋の順。濡れ対策に予備袋とテープ。
- 首・手首・足首を温める**“三首保温”**で体温ロスを最小化。
- 結露対策にベンチレーションを確保。寝袋は湿らせない。
簡易トイレと衛生管理(ニオイ・手洗い・分別)
- 黒袋二重+凝固剤で密閉。使用済みは臭気対策ボックスへ。毎回手指消毒。
- 生ゴミ・一般ゴミ・衛生廃棄物を分け、触れない管理を徹底。
スキル | 実践例 | 災害時の利点 |
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火を使わない調理 | アルファ米+缶詰 | 安全・迅速・省資源 |
簡易寝床 | 段ボール+毛布 | 断熱と睡眠確保 |
簡易トイレ | バケツ+袋+凝固剤 | 衛生確保・臭気軽減 |
ロープワーク基礎(設営・補修に直結)
結び | 用途 | ポイント |
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もやい結び | 固定・救助 | ループが締まりにくく解きやすい |
トートラインヒッチ | 張り綱調整 | テンション調整が容易 |
クローブヒッチ | 柱への仮固定 | 素早い仮止めに最適 |
トラッカーズヒッチ | 強力な張力 | タープの強張りに |
スクエアノット | 連結 | 同径ロープの繋ぎに |
応用編|電源・水・通信の確保
電源:ソーラー/手回し/車を使い分ける
- 目安:スマホ1台=約10〜15Wh/日。家族4人で40〜60Wh/日。
- 運用:昼=ソーラー、夕=蓄電→配電。手回しは要点的(無線・LED)。車は一酸化炭素/排気に注意し短時間で。
方式 | 長所 | 短所 | 用途 |
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ソーラー | 無限補給、静音 | 天候依存 | 日中の定格充電 |
手回し | 燃料不要 | 労力大、出力小 | 緊急の数分運用 |
車(シガー) | 出力大 | 燃料消費、換気必須 | 予備電源・短時間充電 |
電力予算の組み方(例)
機器 | 消費電力/回 | 回数/日 | 1日必要Wh |
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スマホ | 10Wh | 1 | 10 |
LEDランタン | 3Wh | 4 | 12 |
ラジオ | 2Wh | 4 | 8 |
合計(1人) | | | 30Wh |
家族4人 | | | 120Wh |
水:雨水活用と浄水(ろ過→消毒→保管)
- 集める:タープやレインフライのドリップポイントで清潔なバケツへ。
- ろ過:布→砂→活性炭の簡易ろ過器。濁りを取ってから消毒。
- 消毒:煮沸10分または浄水タブレット。飲用は密閉容器で遮光保管。
工程 | 目的 | 注意点 |
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収集 | 量の確保 | 雨初期の汚れは捨てる(数分) |
ろ過 | 濁り・粒子除去 | ろ材は使い回さず交換 |
消毒 | 病原体対策 | 時間・濃度を厳守 |
通信:情報収集と合図(聞く・伝える・合流)
- 聞く:ラジオで公式情報、SNSは裏取り必須。
- 伝える:ホイッスル3短吹(SOS)、合流時間は毎時00分など固定。
- 記録:紙のログに位置・人数・残量を記す。家族で共通用語を決めておく(例:優先度A=生命、B=安全、C=快適)。
参加者別配慮|子ども・高齢者・障害のある方・ペット
子ども
- 役割を与える(ライト係、タイムキーパーなど)ことで主体性と安心感が増す。
- 甘味・塩味のバランスを意識した軽食を用意。耳栓・アイマスクも有効。
高齢者
- 段差・転倒リスクを減らす設営。椅子やコットで立ち座りを容易に。
- 服薬スケジュール・血圧計・予備電池を紙とセットで管理。
障害のある方
- ハンズサインや筆談ボード、振動アラームなど代替コミュニケーションを準備。
- 車椅子の走行面(泥・砂利)を事前確認。トイレ導線を最短に。
ペット
- キャリー・リード・フード・水・排泄用品・ワクチン記録を1袋にまとめ、人用とは別に。夜間は静穏スペースを確保。
対象 | 重点配慮 | 具体策 |
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子ども | 不安軽減・参加 | 役割付与、合図練習、安心グッズ |
高齢者 | 体力・体調 | コット、手すり代替、温熱管理 |
障害 | 情報・移動 | 代替コミュ手段、段差回避動線 |
ペット | 安全・衛生 | 二重リード、除菌/消臭、餌計画 |
安全・衛生・メンタルケア
安全
- 天候・地形・河川の増水を事前/到着時/就寝前に三重点検。
- 夜間導線に蓄光テープ。刃物・燃料は子どもの手が届かない場所へ。
衛生
- 調理→食事→片付けの手順を掲示。手指衛生は食前・トイレ後・設営後に徹底。
- 歯みがきは水を使わずシートで代替し、翌朝に口腔ケア。
メンタル
- 就寝前に安否・残量・翌計画を共有し、不安を数値化して可視化。
- 15分の雑談/カードゲームで緊張をほぐす。孤立を作らない配置。
運用と振り返り|評価・改善・継続
1泊2日モデルスケジュール(例)
時刻 | アクション | 目的/チェック |
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Day1 10:00 | 到着・危険予知(KY) | 倒木・増水・風向を確認 |
11:00 | 設営(タープ→寝床→炊事) | 優先順位の徹底 |
12:30 | 省水ランチ | 加熱不要メニュー運用 |
14:00 | スキル訓練①(浄水/トイレ) | 手順の標準化 |
16:00 | スキル訓練②(ロープ/タープ) | 結びの反復 |
18:00 | まとめ温め夕食→保温 | 燃料節約・衛生 |
20:00 | 情報収集・電源配分 | 夜間の運用計画 |
22:00 | 就寝(断熱強化/三首保温) | 睡眠の質確保 |
Day2 06:30 | 朝の点検(結露/残量/天候) | 計画修正 |
08:00 | 片付け・撤収 | もとより綺麗に |
09:30 | 反省会・改善点の共有 | 次回へのToDo化 |
2泊3日拡張メニュー(要約)
- Day2 午前:発電/配電の最適化シミュレーション(快晴/曇天比較)。
- Day2 午後:帰宅困難シナリオ訓練(徒歩ルート探索・中継点設定)。
- Day3:代替地への移動・再設営ドリル(撤収→再設営60分以内)。
訓練評価シート(抜粋)
項目 | S | A | B | C | メモ |
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設営時間(タープ→寝床) | | | | | 目標30分以内 |
水運用(収集→ろ過→消毒) | | | | | 1人3L/日確保 |
調理(省水・省燃料) | | | | | 余熱調理活用 |
衛生(トイレ/分別/手洗い) | | | | | 臭気対策OK |
電源(供給計画/配分) | | | | | 充電率記録 |
情報(取得/共有/記録) | | | | | 紙ログ有 |
安全(KY/夜間導線) | | | | | 転倒物なし |
NG→正解の置き換え
NG | 何が起きる | 正解 |
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豪華装備で快適化しすぎ | 実災害で再現できない | 代替手段優先で運用を検証 |
水・電源の見積りなし | 途中で枯渇・訓練中止 | 1人3L/日・端末Whを事前計算 |
トイレ運用が曖昧 | 衛生悪化・ストレス増 | 黒袋二重+凝固剤+分別ルール |
役割固定で過負荷 | 偏り・疲弊・事故 | 4時間ローテと予備担当 |
片付けの後回し | 害虫・臭気・安全低下 | 食後10分で片付け完了 |
継続訓練のロードマップ
- 月次:半日ドリル(設営30分・調理30分・撤収30分)。
- 季節ごと:夏=熱中症対策、冬=断熱と燃料管理、梅雨=防水・浄水強化。
- 年1回:1泊2日の総合訓練+装備棚卸し・買い替え。
- 記録:毎回の**After Action Review(AAR)**を1枚に要約し、家族ノートに蓄積。
まとめ|防災キャンプで“使える備え”にアップデート
防災キャンプは、装備や知識を現場で検証し続ける仕組みです。安全な場所選び、優先度に基づくパッキング、火を使わない調理・断熱・トイレ運用・浄水・電源配分・通信の基本を一つずつ体に入れ、評価→改善→再訓練を回していきましょう。参加者別配慮と衛生・メンタルの視点を組み込み、家族や仲間の共通言語と合図を整えたとき、備えは“実戦力”に変わります。次の週末は半日ドリル、翌月は1泊2日、半年後には2泊3日へ——小さな一歩の積み重ねが、いざというときの生存確率を確かに引き上げます。