災害や停電・断水が起きたとき、かむ力・のみ込む力が弱い高齢者にとって、やわらかく栄養のある非常食を切らさないことは命綱です。本ガイドは、かたさ設計・栄養密度・保存と衛生の3本柱に、誤嚥(ごえん)予防の食べ方・口腔ケア・環境づくり・薬の飲み方まで加え、家庭でそのまま実践できる備蓄と運用の方法を網羅しました。
要点先取り(まずここだけ)
- かたさは段階管理:ペースト/舌でつぶせる/歯ぐきでかめる——3段階で無理に進めない。体調が悪い日は一段階戻す。
- 栄養は“濃く・少量・高たんぱく”:1食300〜400kcal、たんぱく質15g前後を目安。粉ミルク・スキム・卵・高野豆腐で密度UP。
- 水分と口腔ケアを優先:とろみ水と食前後の口内清拭で誤嚥を減らす。むせたら姿勢・一口量を見直す。
- 備蓄は箱ごと回す:7日×3食×人数で箱分けし、月1ローテ。中身・期限の大きなラベルを。
- 調理は“湯せん・保温・袋内”:火と水が少なくても回る手順を平時から練習。
1.やわらか食の“かたさ・形状・環境”を決める
1-1.段階別の基準(家庭向け目安)
段階 | 目安の固さ | 形状の例 | 向いている人 |
---|---|---|---|
ペースト | 舌で広がる | 粥ペースト、豆腐ペースト、野菜すり流し | かむ力・のみ込む力が弱い |
舌でつぶせる | 指で軽く押すとつぶれる | やわらか雑炊、煮崩し野菜、白身魚ほぐし | かみ切りが苦手 |
歯ぐきでかめる | バナナ程度 | 1cm弱の角切り煮物、柔らかつくね | 硬い物が苦手 |
避けたい形:丸い・つるつる・貼り付く食品(餅、こんにゃくの塊、ピーナッツ、ブドウ丸のまま等)。小さく切るか形状変更。
1-2.切り方・とろみ・味つけの基本
- 切り方:繊維に沿って短く。皮・筋・骨・種は除く。
- とろみ:片栗粉・とろみ粉を少量から。飲み物にもごく薄くでむせ予防。
- 味つけ:薄味+香り(生姜・ごま・海苔)。塩分は料理全体0.6%目安。
1-3.食べ方・姿勢・環境づくり
- 姿勢:いすに深く座り背もたれで支える。あごを軽く引く。
- 一口量:小さく、ゆっくり。飲み物は食中に少量ずつ。
- 環境:テレビ音量を下げ、咀嚼に集中できる静かな場を整える。
1-4.誤嚥サイン早見表(気づきが早期対応)
兆候 | よくある原因 | その場の対処 |
---|---|---|
食事中の咳・むせ | 一口が大きい/姿勢不良 | 一口量を半分、前かがみ気味に、とろみ追加 |
声が濡れた感じ | 水分が喉に残る | とろみ水に切替、少量ずつ |
食後の発熱・痰 | 誤嚥の可能性 | 無理して食べない、医療機関へ相談 |
2.非常時でも“濃く・少量で足りる”栄養設計
2-1.1食の目安と主な材料
項目 | 目安 | 備考 |
---|---|---|
エネルギー | 300〜400kcal | 少量で足りるよう濃度を上げる |
たんぱく質 | 15g前後 | 魚・大豆・卵・乳製品を組み合わせ |
水分 | コップ1〜2杯 | とろみ水でむせ予防 |
材料例:やわらかご飯/雑炊用米パウチ、ツナ水煮・鮭・鯖、豆腐、卵、粉ミルク、スキムミルク、高野豆腐、切り干し大根、干ししいたけ、じゃがいも、にんじん、かぼちゃ、常温保存牛乳・豆乳。
2-2.“栄養を濃くする”簡単な足し算
- 粉ミルク・スキムミルク:粥や汁に大さじ1でたんぱく・カルシウム増量。
- 高野豆腐粉末:すりおろしてとろみに混ぜるとたんぱく質アップ。
- 卵:雑炊やとろみ汁に溶き入れで粘度と栄養を両立。
- ごま・海苔:香りと微量栄養で食欲アップ。
2-3.主食・主菜・副菜の組み立てテンプレ
- 主食:やわらかご飯/雑炊/短く切ったうどん。
- 主菜:魚缶・豆腐・卵・高野豆腐(舌でつぶせる固さへ)。
- 副菜:根菜の煮もの、すり流し、具だくさん汁(とろみでまとまり)。
2-4.食べられない日の“置き換え”
状況 | 置き換え案 | ポイント |
---|---|---|
固形が入らない | ミルク粥・すり流し | 粉ミルクで密度を上げる |
水分でむせる | ゼリー・とろみ水 | 薄いとろみで安全性UP |
匂いで食欲低下 | 生姜・酢・ごま油数滴 | 香りで刺激、塩分は増やさない |
3.備蓄を作る:7日×3食×人数で箱分け
3-1.箱ごとの基本セット(1人・7日目安)
区分 | 品目 | 目安量 | 使い方 |
---|---|---|---|
主食 | 雑炊用米パウチ/レトルトご飯/やわらかうどん | 14〜21食分 | 体調で量と形を選ぶ |
主菜 | 魚缶(ツナ水煮・鮭・鯖)、豆腐パウチ、高野豆腐 | 14食分 | たんぱく中心 |
副菜 | 乾燥野菜、野菜ペースト、かぼちゃ・じゃがパウチ | 14食分 | 彩りと食物繊維 |
追加 | 粉ミルクorスキム、とろみ粉、ごま・海苔 | 各1 | 濃度・香り・安全性 |
水 | 飲用水・とろみ用 | 1日3L目安 | 調理・飲用・口腔ケア |
ローリング備蓄:月に1回、古い箱から使い同じ中身で補充。箱の前面に月・年・内容を大ラベル表示。
3-2.常温保存に強いおすすめ食材
- 魚の水煮缶(骨までやわらか)。
- 豆腐パウチ(要冷蔵品は避け常温流通品)。
- 高野豆腐(戻してつぶせる)。
- 乾燥野菜ミックス(短時間で戻る)。
- 常温保存牛乳・豆乳(開封後は早めに消費)。
3-3.味の変化を出す“最後のひと手間”
- しょうが少々:体を温め、魚のにおいを和らげる。
- 酢ひと回し:塩分を増やさず味を締める。
- ごま油数滴:香りで食欲を呼び戻す。
3-4.器具・消耗品チェック(箱に同梱)
- 小鍋/やかん、耐熱袋、紙皿・紙コップ、使い捨てスプーン、口内清拭スポンジ、ウェットティッシュ、キッチンはさみ、大きめジッパー袋(ごみ・湯せん兼用)、ラベル・太マジック。
4.断水・停電時の調理と衛生
4-1.火と水が限られる日の段取り
- 湯せん中心:パウチや缶を袋のまま湯せん。鍋は1つで回す。
- 保温調理:加熱後に布で包み余熱で仕上げ、燃料を節約。
- 袋内調理:耐熱袋で混ぜる・つぶす。洗い物ゼロ。
4-2.口腔ケアと誤嚥対策
- 食前後の口内清拭:清潔な布・スポンジで歯ぐき・頬内側・舌をぬぐう。
- とろみ水:むせやすい人は水分全体に薄くとろみ。
- 姿勢:前かがみ気味+あごを引く。急がせない。
4-3.保存と再加熱の注意
- 開封・調理後は早めに食べ切る。再加熱は中心まで。
- 生と加熱済みを同じ器具で扱わない。まな板代わりに使い捨てシートを活用。
4-4.衛生トラブルの早見表
事象 | 原因 | 対処 |
---|---|---|
変なにおい・粘り | 長時間の放置 | 廃棄し再調理。無理はしない |
下痢・嘔気 | 冷え・脂多い・不衛生 | 温かい粥・すり流しに戻す、水分補給 |
口内の痛み | 熱すぎ・塩辛い | 人肌に冷まし、薄味へ |
5.やわらか食レシピ(非常時でも作れる)
5-1.たんぱく雑炊(1人分)
- 材料:レトルトご飯100g、水200ml、ツナ水煮大さじ2、スキムミルク大さじ1、しょうが少々、塩少々。
- 作り方:鍋で温め、とろみが欲しければ片栗粉を水で溶いて加える。舌でつぶせる固さに調整。
5-2.白身魚のやわらか煮
- 材料:白身魚缶1/2、にんじんペースト大さじ2、戻した高野豆腐30g、だし150ml。
- 作り方:全て合わせて温め、必要に応じてとろみ。1cm弱の角で盛る。
5-3.すり流し野菜汁
- 材料:乾燥野菜ひとつかみ、戻し汁300ml、粉ミルク大さじ1、塩少々。
- 作り方:温めてつぶす→裏ごし。香りにごま少々。
5-4.やわらかうどん卵とじ
- 材料:やわらかうどん100g、だし200ml、卵1個、片栗粉小さじ1(同量の水で溶く)。
- 作り方:だしを温め、とろみ→卵を細く流す。麺は短く切る。
5-5.高野豆腐のミルク煮
- 材料:戻した高野豆腐50g、牛乳or豆乳200ml、スキムミルク大さじ1、塩少々。
- 作り方:弱火でふわっと煮含め、舌でつぶせる固さに。
6.7日×3食テンプレ(例)
日 | 朝 | 昼 | 夕 |
---|---|---|---|
1 | たんぱく雑炊 | すり流し野菜汁+豆腐 | 白身魚のやわらか煮 |
2 | やわらかうどん卵とじ | 雑炊+鮭ほぐし | 根菜やわらか煮 |
3 | さつまいも粥 | たんぱく雑炊 | 高野豆腐の含め煮 |
4 | ミルク粥 | すり流し+卵 | 白身魚と野菜とろみ |
5 | やわらかご飯+海苔 | 雑炊+ツナ | かぼちゃ煮つぶし |
6 | たんぱく雑炊 | うどん短切り | 豆腐つくねやわらか煮 |
7 | ミルク雑炊 | すり流し野菜汁 | 鯖のとろみ煮 |
アレンジ:食欲がない日は朝をミルク粥に、無理せず回復を優先。
7.買い物リストと費用感(1人・7日)
区分 | 品目 | 目安量 | 参考 |
---|---|---|---|
主食 | レトルトご飯/雑炊米/うどん | 14〜21食分 | 状況で選ぶ |
たんぱく | 魚缶・豆腐パウチ・高野豆腐・卵 | 14食分 | 組み合わせで調整 |
副菜 | 乾燥野菜・根菜パウチ | 14食分 | 彩りと食物繊維 |
追加 | 粉ミルク・スキム・とろみ粉 | 各1 | 濃度と誤嚥対策 |
水 | 飲用水 | 21L | 1日3L目安 |
消耗品 | 紙皿・スプーン・耐熱袋・清拭具 | 各1セット | 洗い物削減・衛生 |
8.薬と食事の合わせ方(安全メモ)
- 薬は原則水で。食べ物に混ぜると吸収や効きが変わる場合あり。主治医・薬剤師の指示を最優先。
- 錠剤が飲みにくい:とろみ水に浮かせて少量ずつ。砕かない(禁忌の薬あり)。
- 食欲がない日:低血糖・脱水に注意し、ミルク粥・ゼリーなど少量高栄養を先に。
Q&A(よくある疑問)
Q1.噛めない日がある。段階を戻してよい?
A. はい。無理に進めず、その日の体調でやわらかい段階へ戻すのが安全です。
Q2.塩分はどのくらい?
A. 料理全体の0.6%前後が目安。香り(生姜・ごま・海苔)を活かして薄味でも満足に。
Q3.牛乳や豆乳は合わないことがある?
A. 体調により下痢や腹部張りが出る場合があります。少量から試し、無理をしないでください。
Q4.缶詰の骨は大丈夫?
A. 骨までやわらかい水煮缶を選び、指でつぶしてとげがないか確認してから使いましょう。
Q5.むせが怖い。水分はどう摂る?
A. とろみ水にして食中に少量ずつ。汁物や雑炊で食べながら飲む方法が安全です。
Q6.便秘が続く時は?
A. 水分・食物繊維(乾燥野菜・切干)・油少量をプラス。強い腹圧が必要な硬い便は誤嚥リスクにも。
Q7.甘い物ばかり欲しがる
A. すり流しや雑炊に牛乳・かぼちゃを足し、塩分は増やさず甘みで食欲を引き出す。
用語辞典(やさしい言い換え)
やわらか食:かむ力・のみ込む力に合わせてやわらかく加工した食事。
とろみ:粉で汁や飲み物を少し濃くして、むせを減らす工夫。
誤嚥(ごえん):食べ物が気管に入ってしまうこと。咳や肺炎の原因。
ローリング備蓄:日常で使いながら補充して、常に新しく保つ備蓄法。
すり流し:野菜などを煮てつぶし、汁と一緒になめらかにした料理。
まとめ:段階・栄養・衛生・環境の4点を守る
非常時でも、段階に合ったかたさ、濃くて少量で満足する栄養、口腔ケアを含む衛生、落ち着ける食環境の4点を守れば、毎日の食事は安全に続けられます。箱分けの備蓄と月1回のローテで、いつでも迷わず用意できる体制を整えましょう。