震度5強は立っているのが難しく、固定の甘い家具が大きく移動・転倒・落下しやすい強さです。被害の出方は、床材(摩擦)・壁の強さ・家具の高さと重心・固定方法・設置向き・中身の詰め方で大きく変わります。
本記事は、部屋別(リビング/寝室/台所/子ども部屋・在宅ワーク/玄関・水回り・収納)に「何がどの方向へ、どれくらい動くのか」を目でイメージできるように解説し、固定・配置・避難動線を表・手順・チェックリストで具体化します。最後にQ&Aと用語辞典も付け、今日から実行できる改善策まで落とし込みました。
1.まず結論:転倒・移動の「三条件」を抑える
1-1.三条件=高さ・重心・向き
- 高さ:胸より上の家具は、揺れで上部が先に大きく振れ、てこの原理で転びやすい。
- 重心:**上に重い物(本・食器・家電)**が載ると、一度揺れてから前に倒れ込む力が増す。
- 向き:扉や引き出しが揺れの進行方向に開く向きだと、自重で飛び出し→前荷重→前倒れになりやすい。
1-2.「移動」は固定不足×低摩擦で加速
- フェルトの“滑りやすくするタイプ”は移動距離が伸びる。滑り止めは粘着系やゴム系を選ぶ。
- フローリング+埃は数十センチ単位でズレることがある。脚の下に粘着マットで摩擦を上げる。
1-3.最優先は「寝る場所・出入口・ガラス」
- 寝室の頭上、避難扉や廊下、大きなガラス前は無配置または低い家具が原則。倒れても人に当たらない配置が最後の守り。
1-4.床材別の“すべりやすさ”目安
床材 | すべりやすさ | よく起こる挙動 | 対策の要点 |
---|---|---|---|
フローリング(ワックス強) | 高い | 数十cmの横滑り | 粘着マット+短脚化 |
フローリング(マット有) | 中 | 位置ずれ | マットの四隅固定 |
畳 | 低い | ズレにくいが沈み込み | 脚面積を広く |
タイル・樹脂 | 高い | すべり+跳ね | ゴム脚/下部ストッパー |
2.リビング:テレビ・本棚・背の高い収納の動き
2-1.テレビ周りのシミュレーション
- 薄型テレビ:前方へ30〜50cmスライド→転倒が典型。角から落ちると破損が大きい。低い台でもテレビ本体だけが前に出やすい。
- テレビ台:引き出しが自重で飛び出し、重心が前へ。キャスター付きは揺れと共振して移動しやすい。
- 壁掛け:下地のない石こう面にアンカー不十分だと脱落の恐れ。
- 対策:耐震ベルト/ポール/ストッパーで壁-台-テレビを一体化。引き出しロック、背面配線の余裕も確保。
テレビ重量×台の種類 早見表
テレビ重量 | 台の種類 | 典型リスク | 対策 |
---|---|---|---|
〜10kg | ローボード | 前滑り | ベルト+前縁ストッパー |
10〜20kg | キャスター台 | 移動+前倒れ | キャスター固定+ベルト |
20kg超 | 壁掛け | 取付部の抜け | 下地固定+補助ワイヤ |
2-2.本棚・飾り棚のシミュレーション
- 上段が重い本棚は前倒れが典型。可動棚は棚板が飛び出し落下物になる。
- ガラス扉は枠の歪み→割れの流れ。観音開きは自重で開放しやすい。
- 対策:L字金具+ベルト+粘着マットの三点固定、最上段は軽量物、扉ロック+飛散防止。
2-3.ソファ・ローテーブルのシミュレーション
- 脚が細いソファは数cmのズレ。キャスター付は移動しやすい。
- ガラス天板テーブルは跳ねてずれることがある。
- 対策:脚下に耐震マット、キャスターはロック、ガラス天板は滑り止め、角保護も有効。
リビングのリスクと対策 早見表
家具/設備 | 典型動き | 主因 | 対策の優先度 |
---|---|---|---|
薄型テレビ | 前滑り→転倒 | 低摩擦・重心前 | 耐震ベルト+台固定 ★★★★ |
本棚(上重) | 前倒れ | 高さ・上重 | L金具+ベルト ★★★★★ |
ガラス扉棚 | 開放→破損 | 自重開放 | 扉ロック+飛散防止 ★★★★ |
テーブル | 跳ねズレ | 天板遊び | 滑り止め ★★★ |
3.寝室:タンス・ベッド・照明の落下
3-1.タンス・チェストのシミュレーション
- 引き出しが自重で飛び出し、前荷重→前倒れ。鏡台は鏡が振れて割れやすい。
- 脚の高いチェストは横揺れで脚が折れることも。
- 対策:L字金具+前倒れ防止ベルト、引き出しロック、上段は軽量、天板に重い収納を置かない。
3-2.ベッド周りのシミュレーション
- ヘッドボードの倒れ込み、枕元の照明/時計の落下が典型。2段ベッドは上段の転落に注意。
- 対策:枕元上は無配置、ヘッドボード背面を壁固定、足元側へ重い収納、就寝時は靴・ライト・笛を手元へ。
3-3.照明・窓ガラスのシミュレーション
- ペンダントライトは大きく振れて器具同士が接触し破損のおそれ。
- 大きな窓はサッシ歪み→ガラス応力集中で割れやすい。
- 対策:短い照明/密着型へ、飛散防止フィルム、厚手カーテンで飛散緩和。
寝室のリスクと対策 早見表
家具/設備 | 典型動き | 主因 | 対策の優先度 |
---|---|---|---|
タンス/チェスト | 引出飛出→前倒れ | 上重・引出自重 | 金具+ロック ★★★★★ |
ヘッドボード | 倒れ込み | 未固定 | 壁固定 ★★★★ |
ペンダント/窓 | 振れ/破断 | 振幅増大 | 密着型+飛散防止 ★★★★ |
4.台所:食器棚・冷蔵庫・加熱機器の挙動
4-1.食器棚・吊戸棚のシミュレーション
- 観音扉・引き戸は自重で開放し、食器が一斉に飛び出す。吊戸棚は蝶番が外れ落下の恐れ。
- 対策:扉ロック、棚板の段差でストッパー化、重い食器は下段、吊戸棚は耐震ラッチ、ガラス扉は飛散防止。
4-2.冷蔵庫のシミュレーション
- 前方に数cm〜10cm移動、上部が壁に当たり変形することも。キャスターが原因の横移動が起こりやすい。
- 対策:背面/上部の固定ベルト、前脚を下げてキャスターを浮かせる、下部ストッパー、周囲の隙間に余裕を確保。
4-3.加熱機器・ガスボンベ
- コンロ周辺の小物落下→着火源の順で危険が増す。
- 対策:耐震ストッパーで機器の滑走抑制、ボンベは転がらない収納、出火時の遮断手順を貼付、火の回りに可燃物を置かない。
台所のリスクと対策 早見表
家具/設備 | 典型動き | 主因 | 対策の優先度 |
---|---|---|---|
食器棚 | 扉開放→落下 | 自重開放 | ロック+下段重心 ★★★★★ |
吊戸棚 | ラッチ外れ | 取り付け弱 | 耐震ラッチ ★★★★ |
冷蔵庫 | 前/横移動 | キャスター | ベルト+脚調整 ★★★★ |
カセット/調理器 | 落下/滑走 | 低摩擦 | 滑り止め+遮断手順 ★★★ |
5.子ども部屋・在宅ワーク:小物の飛散と転落
5-1.学習机・本棚のシミュレーション
- 引出し飛出→前倒れ。机上の照明は跳ねて落下。
- 対策:引出ロック、机と壁をL金具で固定、スタンドはクランプ固定、机上は軽量化。
5-2.PC・モニター・周辺機器
- モニターは前滑り→角から落下、プリンターは高い振動で移動、外付け機器は配線に引かれて落下。
- 対策:粘着マット/ベルト、配線は余裕を持たせて結束(引っ張られても抜けやすく)、電源タップは固定。
5-3.ベランダ・窓際・ロフト
- 鉢植えや小物が飛散、手すり越しの落下も。ロフトははしごが外れる恐れ。
- 対策:窓際は軽量物のみ、鉢は低い位置、落下防止バー、ロフト金具点検。
子ども部屋・在宅ワーク 早見表
家具/設備 | 典型動き | 主因 | 対策の優先度 |
---|---|---|---|
学習机 | 引出飛出→前倒れ | 自重開放 | ロック+L金具 ★★★★ |
モニター/機器 | 前滑り/移動 | 低摩擦/振動 | 粘着マット ★★★★ |
ベランダ小物 | 飛散/落下 | 軽量/高所 | 低位置化 ★★★ |
6.玄関・水回り・収納:避難動線の確保
6-1.玄関・廊下
- シューズラック転倒→扉塞ぎが典型。姿見が破損→散乱。
- 対策:ラック上部固定、姿見に飛散防止、廊下は物を置かない、玄関に懐中電灯と靴を常備。
6-2.浴室・脱衣所・トイレ
- 湿った床+割れ物で負傷リスク増。洗濯機が移動してホース外れも起きやすい。
- 対策:洗濯機ベルト/ストッパー、棚の落下防止、マットでガラス片カバー、予備の止水キャップ。
6-3.納戸・押し入れ
- 高い位置の重箱/家電が飛び出す。引戸が外れると避難遅延。
- 対策:下重心化、落下防止バー、引戸ストッパー、懐中電灯の定位置。
動線確保 早見表
場所 | 典型障害 | 対策 |
---|---|---|
玄関 | ラック転倒/鏡破片 | 上部固定/飛散防止/床を空ける |
廊下 | 置物の落下 | 置かない・固定 |
水回り | ガラス片/家電移動 | ストッパー/マット |
7.固定・配置・避難の「実務」:今日から変えられること
7-1.固定の三枚看板(重ね技)
- L字金具:**壁の下地(柱/間柱)**に効かせる。位置は下地探し器・針で確認。
- ベルト/突っ張り:上下で面を取る。ベルトは上部と下部の2本が安定。
- 粘着マット:底面の摩擦を上げる。脚面積を広くし、**貼付温度15〜35℃**を守る。
7-2.配置の黄金則
- 重い物は下、軽い物は上。本・食器・水は最下段へ。
- 扉や引出は揺れ方向と直交する向きで設置。開口が前向きならロックを追加。
- ガラス前は空間を作り、通路は90cm確保。寝床の頭上は無配置。
7-3.施工がうまくいく小ワザ
- 貼付前は脱脂→乾燥→圧着→24時間養生。
- ネジは同径で長さだけ足さない(下地に合う径・長さを選ぶ)。
- 原状回復が必要なら台座プレート+粘着、石こう用アンカーなどを使う。
7-4.避難の初動(家の中)
- 靴を履く、玄関を開ける(建付けが変わる前に)、ブレーカー位置確認、大声で所在確認。通路の障害をすぐにどかす。
固定・配置のチェックリスト
項目 | できている | 要対応 |
---|---|---|
背の高い家具はL金具固定 | ||
テレビはベルトで台と一体化 | ||
引出・扉にロック | ||
重い物は下段、ガラス前は空ける | ||
玄関・廊下は無配置 | ||
冷蔵庫は脚調整+上部ベルト | ||
洗濯機はストッパー装着 |
8.間取り別ミニ設計:ワンルーム/2LDK/戸建て
8-1.ワンルーム
- ベッドを窓と高家具から離す。テレビは低い台+ベルト。通路はベッド脇→玄関へ一直線に。
- 押し入れ上段には軽い布物のみ。非常袋は玄関ドア横に。
8-2.2LDK(家族)
- 寝室は低い収納中心、子ども部屋は机と棚を壁固定。廊下と玄関の動線に物を置かない。
- 台所は扉ロック・下段重心を徹底。冷蔵庫周りに余裕。
8-3.戸建て(二階建て)
- 階段の踊り場に物を置かない。二階寝室の頭上無配置。一階は浸水・家具移動に備え低重心。
- 納戸は落下防止バーで封じ、懐中電灯の定位置を家族で共有。
9.点検と更新:暦に組み込む“家の耐震ルーティン”
9-1.月1点検(10分)
- 固定金具・ベルト・突っ張りの緩み、粘着マットの劣化を確認。
- 通路の障害物ゼロ、懐中電灯の電池、非常袋の中身を声出しで確認。
9-2.季節前見直し(梅雨前・台風前・年末)
- 家具の下重心化を再点検。飛散防止フィルムの端の浮きも確認。
- 水回りホースの劣化、止水キャップの所在、靴の置き方も見直す。
9-3.家族訓練(年2回)
- 夜間停電想定で枕元→玄関を靴+ライトで歩く。障害箇所をその場で修正。
- 集合合図(短文)と連絡先を唱和。子どもにも役割を渡す。
Q&A(よくある疑問)
Q1.L字金具なしでベルトだけでも大丈夫?
A. ベルトは有効ですが、壁下地に効かせた金具との併用が理想。家具-壁-床の一体化で強くなります。
Q2.賃貸で壁に穴を開けられない
A. 粘着ベース+突っ張り+下部ストッパーの三点セットで代替。原状回復タイプの金具も検討を。
Q3.食器棚の扉ロックは普段が面倒
A. 自動ロック(耐震ラッチ)なら揺れたときだけ作動。日常の手間が少ない方式を選びましょう。
Q4.冷蔵庫は重いから動かないのでは?
A. キャスター+低摩擦で意外と動きます。前脚を下げてキャスター浮かせ、上部をベルト固定が有効。
Q5.ガラスは全部フィルムが必要?
A. 大きい一枚物や就寝・出入口付近を優先。全部でなくても効果があります。
Q6.固定しても倒れたら?
A. 倒れても人が居ない配置へ。寝る位置・歩く通路から離すのが最後の砦。
Q7.突っ張り棒だけで安心?
A. 天井の下地に当たらないと滑ります。L金具やベルトと併用し、幅方向のズレも抑える。
Q8.壁掛けテレビは安全?
A. 下地固定+適合ネジ+補助ワイヤで信頼性は高い。石こうボードのみは不可。必ず下地へ。
Q9.ロフトベッドはどうする?
A. はしご金具の緩み点検、寝返り防止柵、上段の物置化禁止。心配なら下段就寝へ切替。
Q10.固定用品の貼り替え時期は?
A. 粘着マットは1〜2年、ベルトはほつれや金具の緩みで交換。貼付面の脱脂を毎回徹底。
用語辞典(やさしい解説)
- 重心:物の重さの中心。高い位置にあるほど倒れやすい。
- 耐震ラッチ:揺れで自動ロックする扉金具。食器や物の飛び出しを防ぐ。
- L字金具:家具と壁を直角に固定する金具。**下地(柱/間柱)**に効かせると強い。
- 粘着マット:ゴム状の滑り止め。底面の摩擦を増やし移動距離を減らす。
- 飛散防止フィルム:ガラスが割れても破片が飛び散りにくくする透明フィルム。
- 下地:壁の石こうボードの裏の柱など。ネジがしっかり効く場所。
- 落下防止バー:棚前面に渡す棒。物の飛び出しを防ぐ。
- 台座プレート:粘着で貼る平らな土台。上から金具や吸着具を固定できる。
まとめ
震度5強では、高さ×重心×向きで転倒・移動の差がはっきり出ます。まずは寝室・出入口・ガラス前を片づけ、L金具・ベルト・粘着マットの三点固定を基本に、重い物は下・通路は空けるを徹底。貼付前の脱脂→養生、下地固定、通路の確保という三つの習慣が、次の強い揺れで命の通り道を守ります。今日の小さな固定が、明日の大きな被害を減らします。