非常時こそ「ふだんの食」が力を発揮します。一週間メニューの“実食訓練”は、備蓄食を実際に食べて回しながら、味・量・作業量・ごみ量を家族で検証し、合意形成まで完了させる運用の仕組みです。
本稿は、設計→買い出し→調理→振り返りを一気通貫で解説し、表・テンプレ・会議メモまでそのまま使える形に整理しました。目的は、非常時でも“いつものおいしさ”に近づけること、そして誰が作っても同じ手順で再現できることです。
要点先取り(まずここだけ)
訓練の目的を一文で共有する
家族の合言葉は**「食べて回して、次回を軽くする」。栄養と満足、調理手間、後片付けを同時に合格させるのがゴールです。難しい専門計算より、完食できたか/疲れず続けられたかで判断します。加えて“誰が担当でも同じ仕上がり”を目指し、手順はカード化**して冷蔵庫に貼ります。
成功判定の目安(家族で共有)
- 満腹感:食後2〜3時間は間食が要らない。
- 調理時間:朝15分/夜20分以内。
- 水量:1人1日飲用1L+調理0.5Lで収まる。
- ごみ量:1食あたり小袋1/4以下。
- 機嫌:小さな不満はあっても会話が保てる味。
頻度とスパンの目安
- 月1回×7日連続が理想(春夏秋冬で1巡)。難しければ3日×月2回から開始。
- 訓練モードを入れ替える:①湯せん中心 ②直火中心 ③電気なし ④加熱なし(冷食なし)。同じ献立でも制約で手順がどう変わるかを確認します。
一日の水と燃料の配分(例)
用途 | 1人あたり水量の目安 | 備考 |
---|---|---|
飲む | 1000ml | こまめに分けて飲む |
調理 | 500ml | 湯せん優先で節水 |
手口拭き・器拭き | 100ml | 湯拭き→仕上げ拭き |
合計 | 1600ml | 省水日でも1200mlは確保 |
役割の黄金比と安全
- 親(管理)6:子(実行)3:全員(評価)1。
- 配膳は子、火の管理は大人。調理中はまな板の色分け(生/加熱後)と手指の清潔を徹底。
- 持病・アレルギー・宗教上の配慮は献立表に赤字で常時表示。食べられない時の代替を同じ欄に記す。
実食訓練の設計:目的・基準・安全
目的設定テンプレ(チェック式)
- □ 調理時間:朝15分/夜20分以内
- □ 水使用量:1人1日 飲用1L+調理0.5L
- □ ごみ量:1食あたり小袋1/4以下
- □ 栄養:主食+たんぱく+野菜+果物or乳
- □ 再現性:誰が作っても同じ味・量に近づく
- □ 満足度:家族スコア平均3.5以上(5点満点)
道具の最小セット(家の常備箱)
- 鍋(深型)1、耐熱袋、湯せん用トング、紙皿・紙コップ、割りばし、布巾、温度確認用の中心温度計(簡易で可)、固形燃料と金属台、ライター、厚手手袋。
- 香り小袋(七味・レモン果汁・オイル少量)を数種。飽きの抑制に効きます。
タイムライン(前夜→翌朝→夜)
- 前夜(5分):在庫確認→翌日のメモ献立作成→レトルトや缶を前出し。
- 朝(15分):主食を温める/粉物は水戻し→汁物を先に仕上げ→片付けは湯拭き。
- 夜(20分):たんぱくと野菜を足す→湯せん同時進行→袋配膳で皿数を抑える。
- 週末(15分):振り返り会で点数化・差し替え決定→買い出し表に反映。
“二段調理”の型(同じ湯で回す)
- 湯を沸かす→飲み物(粉茶等)
- その湯でレトルト・パックご飯を湯せん
- 最後に汁物の粉末を溶く→器は湯拭きで再利用
安全・衛生の基準
- 汁物・カレーは中心までしっかり温める。
- 残り物は翌朝までに食べ切る。無理なら即廃棄し、鍋や器は熱湯か湯拭きで仕上げる。
- 手袋・マスクを用意し、生ごみは二重袋で密閉。におい移り防止に新聞紙で包む。
一週間メニューと調理動線:時短・省水・満足
1週間メニュー(電気・ガスが不安定な想定)
曜日 | 朝(主食+一品) | 昼(携帯しやすい) | 夜(温かい主菜+汁) | 栄養の要点 |
---|---|---|---|---|
月 | パックご飯+のり佃煮 | クラッカー+ツナ小袋 | さば味噌缶+粉末みそ汁+カットわかめ | 魚のたんぱくと海藻ミネラル |
火 | ロールパン+ピーナツ小袋 | おにぎり+とりそぼろ缶 | レトルトカレー+蒸し野菜 | 皿不要の袋配膳で省水 |
水 | 乾麺(うどん)+めんつゆ | ビスケット+ドライフルーツ | 豆カレー缶+ターメリックご飯 | 豆で食物繊維・鉄分補給 |
木 | パスタ+オイル缶詰 | ナッツ+羊かん | 鶏レトルト+湯せん野菜スープ | 鶏で高たんぱく、スープで水分 |
金 | コーンスープ+パン | シリアル+常温牛乳 | 焼き鳥缶親子丼風+味噌汁 | 卵代替で消化良し |
土 | もち+海苔+粉しょうゆ | バナナ+クラッカー | さけ缶ほぐし+豆腐汁 | もちで高カロリー確保 |
日 | カップ粥+梅 | エナジーバー | 肉じゃがレトルト+乾燥野菜戻し | 片付け優先の簡便構成 |
加熱なし版の置き換え例(停電・燃料節約)
- 朝:クラッカー+ピーナツ小袋+常温牛乳
- 昼:おにぎり(購入)+魚缶
- 夜:豆サラダ缶+常温トマトジュース+パン
調理動線(省水・省手数の型)
- 湯を先にわかす(飲み物→主食→汁の順)。
- 湯せん袋でレトルト・ご飯・おでんを同時温め。
- 紙皿+耐熱袋→湯拭きで皿洗いを最少化。
- 味変小袋(しょうゆ・マヨ・七味・レモン)で飽きを防ぐ。
- 配膳は袋のまま→食後は空気を抜いて固結びで小容量化。
家族別の小変更例
- 子ども:甘味を果物ゼリーに置き換え、汁物の塩分は薄め。
- 高齢者:軟らかめの主食(粥・うどん)と温かい飲み物を優先。
- アレルギー:原材料表示の写しを献立表と一緒に保管、避ける品は赤枠で明記。
栄養の穴埋めリスト
不足しがち | 置き換え・追加案 | 使い方 |
---|---|---|
たんぱく | 魚缶・豆缶・鶏レトルト | 主菜を交互に、汁物にもin |
野菜 | 乾燥野菜・トマトジュース | みそ汁・スープに一つかみ |
乳・果物 | ロングライフ牛乳・100%ジュース | 朝の1杯で不足を補う |
食物繊維 | オートミール・全粒粉クラッカー | 汁物やカレーに混ぜる |
家族合意形成:スコアリングと会議テンプレ
家族スコア表(1〜5点で評価)
項目 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
味の満足度 | |||||||
満腹感 | |||||||
調理の楽さ | |||||||
ごみの少なさ | |||||||
体調との相性 |
※4点以上=採用、3点=改善、2点以下=差し替え候補。
評価の工夫:子どもは顔マーク、高齢者は口頭、大人は数値で入力し、感じ方の違いを見える化します。
家族会議テンプレ(15分で完了)
- 最初の5分:スコア共有、最低点の理由だけを特定(味・量・温度・香り・見た目)。
- 次の7分:改善策を1つだけ決める(味付け・量・時間・器)。やらないことも1つ決める。
- 最後の3分:次週の差し替えメニューを1品選び、買い出し表へ反映。
合意の言い回しの型
- 「今回は甘め、次回は辛味を足す」
- 「汁を薄め、具材を増やす」
- 「朝に回して夜は別の主菜」
合意のルール化(冷蔵庫メモ)
- 不評の味付け禁止リストを貼り出す。
- 人気の組み合わせ(例:焼き鳥缶+卵+温飯)を常備化。
- アレルギー・持病の注意は赤字で明記。代替候補も同じ欄に書く。
在庫・買い出し・片付け運用(付録つき)
在庫の「前出し」循環
- 賞味期限の近い物を手前、新しい物を奥。
- 週末に7食分を前かごへ移して、そのまま実食。
- 食べた分だけ同数補充で常に回る。開封日は太字で記入。
棚ラベルの例
- 上段:主食(ご飯・パン・麺)
- 中段:主菜(魚・肉・豆)
- 下段:汁・野菜・果物・乳
- 側面:味変小袋/道具
買い出しリスト(7日×家族分の目安)
分類 | 推奨数 | 具体例 |
---|---|---|
主食 | 7×人数 | パックご飯・パン・乾麺・もち・粥 |
たんぱく | 7×人数 | 魚缶・鶏レトルト・豆缶・卵代替 |
野菜・汁 | 7×人数 | 粉末みそ汁・乾燥野菜・トマト缶 |
果物・乳 | 7×人数 | 100%ジュース・ロングライフ乳 |
調味・副菜 | 適量 | のり・ふりかけ・オイル缶詰 |
費用と置き場のめやす(家族4人・7日)
項目 | 目安 | 備考 |
---|---|---|
食材費 | 中価格帯で1.5〜2.5万円 | 主食多めで変動 |
置き場 | 中型段ボール2〜3箱 | 湿気を避ける |
回転頻度 | 月1回 | 実食訓練で消費→同数補充 |
片付け・ごみ削減の型
- 袋ごと温め→袋ごと配膳で皿を減らす。
- 紙コップ+ラップで洗い物最少。
- 油・汁は固める粉で可燃ごみへ。
- **三段ゴミ箱(可燃/資源/生)**で分け、生ごみは新聞紙で包む。
ミニQ&A(運用の悩み)
Q. ガス・電気が止まったら? → 湯せん対応のレトルト主体にし、固形燃料や小型コンロを1回分だけ使用。換気と見張りを徹底。
Q. 子どもが食べない献立がある。 → “一口ルール”+味変小袋(しょうゆ・マヨ・ケチャップ)で通過点を作る。
Q. 食物アレルギーが心配。 → 原材料欄を事前確認し、代替リスト(卵→豆製品、乳→豆乳・果汁)を冷蔵庫に常備メモ。
Q. 塩分が高くなりがち。 → 汁を薄める/具材を増やす。水分補給をこまめに。
用語ミニ辞典(平易な言い換え)
実食訓練=備蓄を実際に食べて試すこと。/ 前出し=古い在庫を手前に出し先に食べる方式。/ 湯せん=袋のままお湯で温める調理。/ 袋配膳=袋のまま器として使う出し方。洗い物が減る。/ 二段調理=同じ湯で飲み物→主食→汁の順に回す方法。
まとめ:食べて回して家族の合意へ
“実食訓練”は、味と量の納得を得て、買い出し・調理・後片付けを現実の制約で回す家族プロジェクトです。スコア表→会議テンプレ→前出し法の三点セットで、次の一週間をより軽く・うまく・早く。今日から月1回の7日連続、まずは3日版でも構いません。回し始めることが最大の一歩です。