家庭BCP(家庭版の事業継続計画)は、災害・停電・断水・通信障害が起きても暮らしを止めないための運用設計図だ。
本稿は、家族の人数や住まいの形に関わらず実装できるよう、水係・情報係・保健衛生係・物資係・安全係の5役を核に、平時の準備→発災直後(0〜3時間)→72時間→7日→30日の時間軸で迷わず動ける手順をまとめた。表・チェックリスト・声かけスクリプト・掲示用テンプレを豊富に収録。この記事1つで役割の割り当て・在庫の管理・訓練・見直しまで回せる。
1.家庭BCPの設計図:役割・時間軸・優先順位・想定シナリオ
1-1.5つの役割と目的(家族規模に応じて兼務可)
役割 | 主目的 | 主要タスク | 代替要員 | 子ども向け補助係 |
---|---|---|---|---|
水係 | 飲用・生活用水の確保と配分 | 必要量の算出、容器管理、浄水・煮沸、節水運用、給水所対応 | 物資係 | コップ配り・残量記録係 |
情報係 | 正確で速い情報の取得・共有 | ラジオ/広報/掲示/無線の確認、一斉連絡、避難判断、誤情報の是正 | 安全係 | 掲示の張り替え係 |
保健衛生係 | けが・体調管理と衛生維持 | 応急手当、トイレ運用、手洗い・消毒、睡眠と保温、発熱ゾーニング | 情報係 | 体温計・マスク配布係 |
物資係 | 食料・電源・燃料・日用品の在庫と配布 | 在庫表管理、回転備蓄、配布順、補給計画、充電日運用 | 水係 | おやつ/行動食配布係 |
安全係 | 住まい・移動の安全確保 | ガス遮断、漏水/火災点検、家具固定、避難ルート、被害記録 | 情報係 | ライト/笛の点検係 |
ポイント:最年少にも「名札つきの係」を与える(例:ライト係、掲示係)。参加感が上がり、声かけが通る。
1-2.時間軸での行動(平時→0〜3時間→3〜72時間→3〜7日→〜30日)
時相 | ねらい | 共通アクション | 各係の重点 |
---|---|---|---|
平時 | 役割の習熟と在庫の最適化 | 月1点検日、在庫の先入れ先出し、声出し訓練 | 水=容器洗浄 / 情報=通知設定 / 衛生=救急箱 / 物資=充電 / 安全=家具固定 |
0〜3時間 | けが防止・火の元・情報初期対応 | 安否→ガス遮断→家屋点検→一次連絡 | 水=飲用確保 / 情報=公式確認 / 衛生=止血保護 / 物資=ライト配布 / 安全=通路確保 |
3〜72時間 | 水・衛生・食の安定化 | 配給と節水、トイレ運用、睡眠・保温の確保 | 水=配分表 / 情報=誤情報遮断 / 衛生=ゾーニング / 物資=配布順序 / 安全=余震点検 |
3〜7日 | 生活再建の足がかり | 補給計画と役割見直し | 水=給水所当番 / 情報=連絡網更新 / 衛生=疲労対策 / 物資=買い足しリスト / 安全=被害記録整理 |
〜30日 | 長期化への適応 | 清掃・片付け・通院・学習/仕事の再開 | 各係で週次レビューと改善 |
1-3.優先順位の三段(命→衛生→生活再開)
- 第一段:命(安全確保・保温・水・灯り・連絡)
- 第二段:衛生(簡易トイレ・手指消毒・清掃・睡眠)
- 第三段:再開(現金・書類・通院・在宅勤務/学習)
1-4.想定シナリオ別の着眼点(地震・水害・停電・断水)
災害型 | 重点 | 初動の指差し呼称 |
---|---|---|
地震 | 頭部保護・余震・通路確保 | 「ガス遮断→通路確認→安否→情報」 |
水害 | 浸水高さ・電源位置・避難高 | 「通電遮断→持出袋→高所へ→連絡」 |
停電 | 電源の見える化・冷蔵庫開閉制限 | 「ライト→ブレーカー確認→情報→充電」 |
断水 | 水の配分・トイレ袋化 | 「飲用優先→湯せん調理→袋トイレ」 |
2.水係の実務:確保・保存・配分・節水・浄水・給水所運用
2-1.必要量の決め方と容器管理(家族構成別)
家族構成 | 飲用(2L/人/日) | 調理・清潔(1〜2L/人/日) | 7日合計の目安 | 容器プラン | 補足 |
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1人 | 14L | 7〜14L | 21〜28L | 2L×10〜14本+10Lタンク | 軽搬送を優先 |
2人 | 28L | 14〜28L | 42〜56L | 2L×20〜28本+20Lタンク | 役割分担で運搬 |
4人 | 56L | 28〜56L | 84〜112L | 2L×40〜56本+20L×2 | 子どもはコップ係 |
容器管理:ペットボトル=飲用、ポリタンク=生活用。口径・ふたの互換をそろえると運用が速い。注ぎ口・蛇口コックがあると無駄こぼれを減らせる。
2-2.確保と保存(塩素・遮光・低温・ラベル)
- 水道水:清潔容器+塩素残留で3〜7日が目安。充填日・場所をラベルに記入。
- 市販水:賞味期限に合わせ半年ごとの一斉入替。箱ごと保管場所を固定。
- 非常時採水:給水所・雨水・井戸はろ過→煮沸が前提(飲用は最終手段)。
2-3.配分と節水(用途別の優先度・声かけ)
用途 | 1人/日目安 | 節水のコツ | 代替 |
---|---|---|---|
飲用 | 2L | 一気飲みを避けこまめ補給 | 経口補水粉で少量高効率 |
調理 | 1〜2L | 湯せんで鍋の水を再利用 | 袋調理で鍋洗いゼロ |
清潔 | 0.5L | 体拭きは濡れ→乾拭き | ウェット/歯磨きシート |
トイレ | 3〜5L/回 | 汚物袋+凝固剤で削減 | 簡易トイレ運用 |
声かけ例:「飲む水が最優先。調理は湯せん、トイレは袋運用に切替えます」。
2-4.浄水の基本(煮沸→ろ過→薬剤)
1)煮沸1分を最優先(高地は延長)。
2)濁りは布/紙で粗ろ過→活性炭→携帯浄水器の順。
3)薬剤は濃度・作用時間を守り、におい残りは再度の湯せんで軽減。
2-5.給水所運用(並び方と持ち帰り)
- カート・リュック・ベルトで両手を空ける。
- 家族カードに世帯人数・弱者の有無を記入して提示。
- 受け取り後はすぐラベル(日付・量・用途)。こぼれ対策で注ぎ口を使う。
3.情報係の実務:受信→判断→共有→記録の一連化
3-1.受信ルートの多重化(停電・通信障害に強く)
情報源 | 平時の準備 | 非常時の運用 | 節電のコツ |
---|---|---|---|
ラジオ | 手回し/乾電池を玄関に常設 | 毎正時に主要局を確認 | 音量は最小限 |
スマホ | 通知整理、緊急速報ON、地図オフライン化 | 節電モードで要点のみ受信 | 画面明るさ最小、機内モード間欠 |
自治体 | 防災メール登録、避難所マップ保存 | 避難情報レベルで判断 | 重要文を紙へ転記 |
近隣 | 連絡網を紙で作成 | 声かけと掲示板の確認 | 伝言は短く要点 |
3-2.判断と共有(誤情報を避ける)
- 二つ以上の情報源で突き合わせ、一致したら共有。
- 家族には**「要点→行動→担当」の順で伝える(例:「○○地区は避難。Aは水、Bは情報**…」)。
- 誤情報に気づいたら出所・日時を添えて静かに訂正。
3-3.一斉連絡の型(テンプレ)
【一斉連絡】10/8 20:15
・自宅無事。停電。ガス遮断済み。
・明日朝まで在宅避難。水は残り56L。
・集合:玄関 21:00。ライト持参。
・担当:水=A、情報=B、物資=C、保健衛生=D、安全=E。
3-4.記録の残し方(後日の手続きに効く)
- 時刻・場所・被害状況・対応をメモ+写真で残す。
- 給水量・配布量は日次で集計。
- 後日の保険・罹災証明、学校/職場への説明に役立つ。
4.保健衛生係・物資係・安全係:運用の標準化と深掘り
4-1.保健衛生係(けが・発熱・トイレ・睡眠)
項目 | 標準手順 | 備考 |
---|---|---|
応急手当 | 止血→清拭→保護 | 三角巾・滅菌ガーゼ常備。破傷風歴の有無を把握 |
発熱 | 検温→隔離→水分 | マスク・手袋、換気徹底。記録は朝夕 |
トイレ | 汚物袋+凝固剤+消臭袋 | 分別保管と目隠しを用意。子どもは見張り係 |
睡眠 | 寒さ対策→耳栓→アイマスク | 交代制見張りで安心感向上 |
声かけ例:「体調はメモに残して回覧、発熱は別室で休もう」。
4-2.物資係(在庫・配布・補給・電源)
区分 | 最低ライン(7日分/人) | 配布順序 | 補足 |
---|---|---|---|
水 | 14L(飲用)+7〜14L(その他) | 乳幼児・高齢者→一般 | 粉末飲料で味変・補水 |
食 | 主食+たんぱく+塩分・糖分 | 期限の近い順 | 湯せん前提の袋メニューを準備 |
電源 | モバイル電源+乾電池 | 情報係優先 | 毎月の充電日を設定 |
燃料 | 固形燃料/ガス缶 | 換気・消火 | 屋内火気は厳重管理 |
在庫表は紙でも作り、停電でも運用可能にする。
4-3.安全係(住まい・移動・記録・片付け)
- 住まい:ガス遮断・ブレーカー確認・水漏れ確認。危険箇所は立入禁止テープで表示。
- 移動:二系統の避難経路(階段・外階段)を家族で確認。靴とライトをベッド足元に常備。
- 記録:被害写真・時間・場所をまとめ、保険・罹災証明に備える。
- 片付け:破片→可燃→不燃の順で分別、手袋・ゴーグルを着用。
5.役割が回り続ける仕組み:点検日・訓練・声かけ・掲示テンプレ
5-1.月例点検(15分ルーチン)
作業 | 担当 | 所要 | チェック項目 |
---|---|---|---|
水の入替 | 水係 | 5分 | 充填日ラベル、残量、容器の劣化 |
情報の更新 | 情報係 | 3分 | 通知設定、避難所マップ、ラジオ動作 |
衛生セット | 保健衛生係 | 3分 | トイレ袋・消毒・マスクの数 |
電池充電 | 物資係 | 2分 | モバ電満充電、乾電池の本数 |
危険箇所点検 | 安全係 | 2分 | 家具固定、避難路の障害物 |
5-2.四半期訓練(30分で型を作る)
- 安否→集合→役割宣言→行動を声出し。
- 暗闇移動(停電想定)でライトの位置・電池を確認。
- 給水所ルートを地図+徒歩で一度は確かめる。
- 湯せん袋調理を一度試す(火気と換気に注意)。
5-3.声かけスクリプト(誰でも読めば動ける)
- 「Aは水、Bは情報、Cは物資、Dは衛生、Eは安全。今から持ち場へ。10分後に玄関集合」
- 「水は飲用最優先、調理は湯せんで節水。トイレは袋運用に切替」
- 「誤情報は出所と時間を付けて訂正。発熱者は別室、換気を維持」
5-4.掲示テンプレ(A4に貼って使える)
【家族掲示】今日の担当
水=__ 情報=__ 衛生=__ 物資=__ 安全=__
集合:__:__ 玄関 合言葉:「声かけ→靴→ライト→持出袋」
残量:水__L/食__日分/電池__本
連絡先:近隣__/自治体__/学校__
Q&A(悩みを一気に解決)
Q1:家族が少なくて5役も回せない。
A:兼務で良い。水+物資、情報+安全の2コンボが回しやすい。最年少にはライト係を与えて参加度を高める。
Q2:在宅か避難所か迷う。
**A:家の安全(倒壊・火災・津波・土砂)>在宅の利点で判断。二つ以上の情報源で避難情報を確認し、移動手段・到達時間も合わせて考える。
Q3:水が足りない。
A:飲用最優先で配分し、調理は湯せん**、清潔は濡れタオル。トイレは汚物袋+凝固剤で削減。
Q4:高齢者・乳幼児がいて衛生が不安。
A:保健衛生係が手洗い・消毒・マスクの声かけ担当になる。オムツ・介護用品は7日分**を最低ラインで回転備蓄。
Q5:停電で連絡が取れない。
A:情報係はラジオ・掲示板・近隣の声**を優先し、紙の連絡先カードを各人が携帯。集合時間・場所を事前に決めておく。
Q6:役割が形骸化して続かない。
A:月1点検+四半期訓練を短時間(15〜30分)で回す。掲示テンプレに今日の担当**を書き、**成果(残量・達成)**を見える化。
Q7:マンションで給水所が遠い。
A:折りたたみ台車・リュック・ベルトで両手を空ける**。階段は右側通行、踊り場で休憩のルールを家族で統一。
用語辞典(やさしい言い換え)
家庭BCP:家庭版の事業継続計画。災害でも暮らしを止めない仕組み。
回転備蓄:使いながら補充して常に新しい状態を保つ方法。
ゾーニング:病気の人の場所を分け、他の人にうつりにくくする工夫。
先入れ先出し:先に入れた在庫から先に使う管理の基本。
一次連絡:発災直後の安否と状況の最初の報告。
袋調理(湯せん):食材を耐熱袋に入れ湯せんし、鍋を汚さず節水する調理法。
まとめ:役割の名札が、家族を動かす合図になる
「誰が、何を、いつ」を決めるだけで、家庭BCPは机上の計画から動く仕組みへ変わる。水係・情報係を中心に5役を割り当て、月1点検・四半期訓練・声かけスクリプトで反復すること。今日、名札・在庫表・点検日の三点を整えれば、あなたの家は止まらない暮らしに一歩近づく。